53 天使様との約束
スーパーで頼まれた材料を買って帰れば、既に真昼は周の家でソファに座って待っていた。
結構見かける光景でありいつも通りではあるのだが、違うとすれば真昼がクッションを抱えてソファの上で膝を抱えている。
子供が拗ねたような時に取る体勢に見えるのだが、拗ねているというよりは恥じらっているといった表情で、可愛らしさに周も色々と目のやり場に困る。
ロングスカートで助かった、と周は微妙に目をそらしつつ一度冷蔵庫に材料を入れに行ってリビングに戻ると、こちらを窺う真昼が居る。
隣に座りつつ横を見たら、微妙に真昼が視線をそらしていた。
「真昼、昨日はありがとな。うまかった」
「……それはよかったです」
おそらく昨日の事を気にしてるのだろう、とは分かっているもののお礼は言っておくべきなので素直に伝えると、真昼もこちらを見つつもぞりとクッションに半分ほど顔を埋めた。
「お返しは何がいい?」
「別にお返しを目的にした訳じゃないですし」
「それは分かってるけどさ、やっぱり誠意には誠意を返すべきだろ? もらいっぱなしなのは男が廃るというか」
もらった分は返すべきという信条の周としては、あんなに美味しいものをわざわざ作ってもらったのだから、相応のものは返すべきと譲るつもりはない。
男子にはまずあげていないらしいし、周の好みに合わせて作ってくれたようなので、手間がかかっている筈だ。
「……私は、周くんからたくさんもらってますから」
「むしろ俺の方がもらってばっかりだと思うけどな。いつも料理作ってもらってるし、世話ばっかさせてるだろ」
「それは私が好んでしている事ですので。……周くんは、多分こうしてあげたって自覚はないのです。でも、私はそれを受け取っていますから、いいのです」
周としては、真昼に何か与えた、なんて事はないと思っている。むしろもらいっぱなしだから返したいくらいなのだが、真昼にとってはそうではないようだ。
「でもそれはそれ、これはこれだ。……まあ、なんか好きそうなもの考えとくわ」
たとえ周が無意識のうちに何か与えていたとしても、それとホワイトデーのお返しはまた別だろう。
バレンタインデーにチョコレートをもらったのだからホワイトデーには返す、というのは一種の礼儀であり欠かせない。
譲るつもりはないぞ、とじっと真昼を見たら「……はい」と微妙に視線をさまよわせながらも頷いてくれた。
「とりあえず、何贈るかとかはあと一ヶ月くらい猶予はあるしな。なんか気に入りそうなもの見付けられるといいんだが」
「……余裕ありますか? 来週から学年末考査で終わって少しすれば終業式ですし」
真昼がほんのり呆れたように指摘するが、確かに来週から学年末考査が始まる。
今日は学校中がバレンタインの余韻が残っていたが、そろそろ試験前のぴりぴりとしたムードに移行するだろう。
周としては、特に焦る事でもなかったりするのだが。
「考査は普段通りにすれば間違いなく進級出来るし、今更焦るもんでもない。真昼も同じだろう」
「そうですね、余裕のある取り組みは大切ですから」
普段から予習復習をきっちりこなして勉強については真面目に取り組んでいるので、試験に困る事はほぼない。
慌てて勉強せずともいつも通りの成績を維持出来ると思っているし、実際そうしてきた。精々テスト前はいつもより少し長く机に向かう程度だ。
真昼はそもそも授業内容を先取りしているらしいし同じように予習復習を欠かさないタイプなので、焦りすら見えない。むしろ彼女的には早く日程が終わる試験の方が楽なのではないか。
「ま、あんま期待せずに待っててくれ」
「……はい。周くんがくれたもの、全部大切にします」
「そんな大袈裟な」
「くまさんも、ちゃんと大切にしてます」
どうやら誕生日に送ったくまのぬいぐるみも大切にしてくれているらしい。
キーケースは真昼が使っているのを見た事があったし綺麗に使ってくれているようだった。ではくまのぬいぐるみはどうなのかと不安もあったが……真昼の様子からして、結構気に入っているようだ。
くまさん、なんて可愛らしい呼び方をした真昼につい口許が緩みそうになったものの、睨まれそうだったのでなんとかこらえておく。
今年もこんな風に一緒に居るなら、次の誕生日はどんなものをあげようか……待ち遠しかった。
真昼には「それはよかった」と返して笑えば、ふと真昼はこちらをじっと凝視する。
「……そういえば、私周くんの誕生日知りません」
「ああ、俺のか? 俺は十一月八日だな」
そういえば教えた事はなかったな、と誕生日を告げると、真昼の瞳がすぅ……っと細まる。
数ヶ月一緒に居るので分かるようになってきたが、この表情は、ほんのり怒っている時のものだ。
「……ねえ周くん」
「ん?」
「その頃、私達とっくに知り合ってましたよね?」
「そうだな」
「何で言わなかったのですか」
「聞かれなかったからなあ。お前だって言ってなかっただろ、学生証見て気付いたくらいだし」
「う」
「そもそも、あの頃ここまで仲良くなかっただろ。誕生日言ったところでなに言ってんだこいつってなるし」
俺誕生日なんだ、なんて真昼に言ってみても、おそらくあの頃の真昼は「そうですか」としか返さなかっただろう。
周としても、物を要求しているようで嫌だったし、そんな恥知らずでもない。
言う必要もなければ言える信頼関係でもなかったので言わなかっただけだ。
「……でも」
「別に気にしなくていいぞ?」
「……じゃあ、今年の誕生日は、ちゃんと祝います」
真昼としては気が済まなかったのか、周の方を向いてきゅっと服の袖を握って宣言していた。
されっぱなしでは気に食わないのだろう。自分の時より真面目に祝う気満々の眼差しに、周は苦笑になりきれなかった笑みを浮かべる。
どうしても、そう言ってくれるのが嬉しくて……つい、普通に喜びの笑顔を浮かべてしまった。
結局、真昼も周と同じ事を……これから先も、隣に居てくれるつもりなのだと考えていた事が、何より嬉しかった。
「そんな先まで一緒に居る約束をしてくれるんだな」
思わずこぼれた言葉に、真昼が透き通るようなカラメル色の瞳を丸くして――それから、一瞬で顔を赤く染めて、手にしていたクッションでぽすんと先程まで握っていた袖の辺りを叩く。
面と向かって言われた事が恥ずかしかったらしい。
照れ隠しなのは明確な八つ当たりをされて、周は微笑ましさにまた口許が緩みそうになった。
「……別に、周くんは、嫌いじゃないです、し……一緒に居て、落ち着くから、いいです」
「そっか、ありがとな」
「……別に、他意とかはないです」
「それくらい分かってるから」
念押しされたので頷いてみせたら、何故か微妙に不服そうな顔をされた。
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