49 天使様とお友逹の悩み
二月に入ってようやく真昼の「謎の男、彼氏疑惑」も収まりを見せてきた。
あれから周が外で真昼と会う事がなかった、というのも大きいだろう。迎えに行った時にうっかり燃料を投下してしまったものの、そのまま音沙汰もなければ一応の鎮火にまではたどり着いた。
それでも「恋人ではないが真昼とかなり親しい男」という認識は根付いてしまったらしく、真昼がその男を想っているという事実無根の噂も流れたりしたが……本人がにこやかに、そして追及を許さない笑顔で否定したようで、何とかそちらも収まりつつあった。
その様子を廊下で目撃していたらしい千歳から「有無を言わさない威圧感があった」と聞いたので、余程嫌だったのだろう。
まあそれは当然ではあるが、そこまで全力で否定されると感情としてはほんのり悲しいものがある。ただ、仕方がないとも思っていた。
向こうとしては恋愛感情抜きにただ親しみを感じてくれているのに邪推されれば、そりゃあ怒りたくもなるだろう。
周としては苦笑いを浮かべるしかなかった。
「二月と言えば?」
「学年末考査」
「ねえ、何で華の男子高校生がそんなしみったれた発想になるの?」
放課後周の家にやってきた、というか押しかけてきた千歳は、周の返答に呆れを隠していなかった。
なにやら相談があるとかなんとかでやってきたのだが、気のせいか真昼と遊ぶためにいる気がしなくもない。
ちなみに真昼はキッチンでお茶を淹れているため、リビングには周と千歳しか居ない。
「男子高校生に華があるかは知らんが、 学生なら当然の発想だと思うんだが……」
「青春してる男子高校生ならバレンタインって言う筈でしょ?」
「青春してないので分からんな」
「またまたー」
噂は真実でないと分かっている筈なのににやにやとこちらを見てくるので、周は一度睨んでおく。
それでも千歳の笑みは止まらないので、もう諦めるしかない。
「で、相談って言うのは?」
千歳がわざわざ周の家に来た理由だが、樹を除いて周と真昼に相談があるとの事。
「んー。いっくんにあげるチョコレートどうしようかなって。中学の時はね、ふつーに溶かして固めたものあげてたんだけどさ、やっぱ高校生だしもっとおしゃれなの作りたいなーって」
「それなら椎名の意見だけで充分だろ」
料理の出来ない周にチョコレートどうしようと言われても、分からないと答えるしかないのだ。精々樹の好みを答えるくらいだが、そんなもの千歳の方が付き合いが長いので分かりきっているだろう。
「まひるんにも聞くけどさ、周も一応男だからねー。男の意見を聞いておこうかと」
「一応じゃねえよれっきとした男だよ」
「男なら女の子と二人きりの時手を出すと思うよ」
「あのなあ。そういうのは交際中に合意を得てするもんであって、そもそも俺らはそういう関係ですらないから」
「周ってそういうところ育ちがいいというか良識的だよねえ」
良識的と評されたが、普通の考えだと周は思っている。
確かに男は好きでもない女性と行為に及ぶことは出来るが、出来るとするはまた違うのだ。それも、無理矢理、というのはまずあり得ない。
真昼に対してそういった欲求がわかないと言えば嘘になる。外見も内面も魅力的な女性が側に居れば、当然男特有の欲求も多少なりと湧くのは仕方のない事だと思っていた。
それでも何かしよう、なんて愚かな考えはまず浮かばない。
真昼には、泣かせたくない、嫌われたくない、大切にしたい――そういう感情が、真っ先に来るのだから。
あと、何かすれば社会的にも急所的にも大打撃を与えると宣言されているのに、その場の欲で手出しするほど愚かではない。恐らく彼女は遠慮なくする。
「まあそれが周のいいところというかまひるんの信頼を得るに至ったところというか」
真昼の事をまひるんと可愛らしい響きのあだ名をつけて呼んでいる千歳。真昼はキッチンで聞いているのに否定しないという事は、本人は渋々か快くかは分からないがあだ名には納得しているのだろう。
まあ、天使様と面と向かって言われるよりは、真昼的にもマシらしい。
「たまに男なのか疑う」
「男だって言ってんだろ。こんな骨ばって凹凸もくそもない女が居るか」
「草食系というやつか……周はもう少しガツガツしてもいいと思うよ?」
「俺の見かけでガツガツしてても気持ち悪いだろ」
「例の男スタイルになればいいじゃん。てか見たい」
樹と千歳には真昼の噂の相手が周という事はとっくの昔に理解されている上に先日認めてしまったので、今更隠しはしなかった。
ただ、わざわざその姿を見せようとは思わないし面倒くさいのだ。
「その言い方はやめろ。というかそもそも嫌だ」
「減るもんじゃないのにー」
「神経とワックスがすり減る」
「倹約家め!」
けちー! と頬を膨らませている千歳をスルーしていたら、苦笑を浮かべた真昼がキッチンから戻ってくる。
トレイには千歳の要望でミルクティーの入ったカップが載っていた。
ソファ前に置いてある折り畳みテーブルに三人分置いた所で、周はソファから立ち上がって近場のクッションと共に床に座る。
真昼に「座っとけ」と目線で促せば、少し申し訳なさそうにしつつも先程まで周が座っていた場所にちょこんと腰かけた。
「そんな噂になるくらいなんだったら学校でもすればもてるのに」
「嫌だよ。面倒確定だし、そもそもモテたいとは思わん」
「えー、折角大イベントのバレンタインがあるのに。周ってバレンタインのチョコレート欲しいと思わないの? ほら、例えばだけどモテモテな門脇君とかはめっちゃ貰いそうじゃん? 羨ましくないの?」
「え、嫌だよ糖尿病になるわ」
おそらく王子様こと門脇は大量のチョコレートを贈られるだろうが、全部食べていたら体に贅肉がつく事間違いなしだろう。
「そもそも、お返しとか考えたら鬱になるぞ。推定でも義理本命込みで二桁半ばはもらいそうなのに三倍返しって、高校生の財布的に厳しくないか」
「ちゃんと三倍返しする前提なのえらい。お返しとかは気にしなくていいから私もあげるねー。どんなのがいい?」
「甘いものは好きでも嫌いでもないしな……あんま甘くないやつかな」
「分かった色々仕込んどくね」
「異物混入させんなよ」
「大丈夫食べられるものだから」
「あのな」
何を入れるつもりなのか分からないが、無難に美味しいものを贈るつもりはないようである。
「まひるんは誰にあげるの?」
「クラスの交友のある女の子ですね」
「男の子にはあげないの?」
「……あげると、義理でも大変な事になりますので……」
「あー」
沸き立つ男子たちが容易に想像出来た。そこから不毛な争いをするのも想像に難くない。
普通の男子からすれば天使様からのチョコレートをもらえるのは最早神の贈り物と思ってる節があるので、あげればとんでもない騒ぎになるだろう。おそるべきは真昼の人気か、男子の思い込み力か。
まああげないのが無難だよな、と苦笑しながら納得する。
「千歳さんにもあげますね」
「わーいまひるんすきっ。私もあげるねー、周にあげるのとは違うちゃんとしたやつ」
「おいこら」
破顔して真昼にぎゅっとくっついている千歳。
セクハラでない手付きなのでほっとしつつも、聞き捨てならないと千歳にじろりと強い視線を向ければ、へらっと気の抜けたような笑みが浮かんだ。
「冗談だよー。周にもちゃんと食べられるやつあげるよ?」
「それ食べられるとおいしいは違うやつな気がする……」
確実に何か仕込む気満々の千歳に額を押さえれば、にんまりと愉快げなのも隠そうともせず「楽しみにしといてね」と周に笑いかけるのだった。
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