47 天使様とお友達
『ねーねー周、天使様借りていい?』
千歳から電話がかかってきたのは、夕食後だった。
普段ならばアプリのメッセージでやり取りをするのだが、何故か知らないが電話をかけてきたうえ、周に真昼の事を聞いてくるのだから意味が分からない。
借りていいと言われても周のものではないし、時間をもらうなら本人に聞くべきだろう。
「俺に聞くなよ。椎名に聞け」
『今周の横に居る?』
「……居るけど」
『じゃあ明日放課後一緒にあそぼー? って聞いてみて』
「自分で聞け」
連絡先聞いてないのかこいつ、と思ったが、クリスマスの時は千歳が真昼に構うのに一生懸命でそんな暇なかったな、と思い出す。
それで、確実に連絡先を知っていて頻繁に側に居る周に連絡を取ったのだろう。
千歳の考えは理解出来たが、こちらは伝書鳩ではないんだぞと言いたい。
とりあえず本人と会話した方が良いだろうという事で、隣で不思議そうにしている真昼に手渡して「千歳が話があるって」と告げ、ソファの背もたれに体を預ける。
真昼は困惑しているようだったが、素直に受け取ってスマホを耳に当てていた。
「お電話代わりました。……え、明日ですか? は、はい、特に予定はないですけど……」
おそらく千歳の弾丸トークに押されているんだろうな、と真昼が困っている様子を見ながら苦笑。
嫌がっている気配はない。ただひたすらに唐突な申し出に驚いていて、どうしたものかとおろおろしている、といったところだろう。
ちらりとこちらを見てくるので「俺はお前の判断に任せるよ。俺じゃなくてお前と遊びたがってるんだし」とだけ返しておく。
一応たまに真昼も友人と遊んだりはしているらしいが、ほんの数時間で帰ってきて食事の準備の方を優先している。
たまには彼女も息抜きとかをするべきだと思った。千歳の押しが息抜きになるかはさておき。
「は、はい。……あの、でしたら誘いをお受けしようと思うのですが……」
周の一言に決心がついたのか、電話の向こうの千歳にそう告げると「やったー!」という声がこちらにも聞こえてきて真昼が反射的にスマホを耳から離していた。
テンション高すぎだ、と呆れつつ笑えば、真昼とも視線が合う。
彼女も困ったような、それでいてほんのりと安堵と喜びの見える小さな笑みが浮かんでいた。
声が収まったところでまたスマホに耳を当てて会話を再開している。
その様子が微笑ましかったので、周は小さく笑って彼女を見守った。
「ありがとうございます。お返ししますね」
通話を切ったところでスマホを丁寧に返却された。
どうやら話はまとまったらしく、明日千歳につれられてどこかに行くらしい。
「急だったろ。千歳は大体そうだ」
「ま、まあ驚きはしましたね」
「悪いやつじゃないんだよ。ちょっと強引なだけで」
ちょっとどころではないような気がしているものの、マイルドに評した。決して悪い子ではないのだが、少々押しが強いだけなのだ。
真昼もそれは分かっているのか苦笑しているが、嫌そうではないのでよかった、と思う。自分の親友と言って差し支えない男の彼女と気が合わない、というのはよくある事とはいえ少し悲しいものだ。
「明日はこっち気にせず楽しんでこいよ」
「はい」
「……ああそうだ」
「はい?」
楽しんでほしいが、一つ注意しておかなければならない事があった。
「セクハラされたら遠慮なく殴っていいからな。あいつ、うちの母さんに似て可愛いもの綺麗なもの好きだし、お前みたいな美人相手だとすげえ触りたがるから」
一応前回は止めたが、本当に千歳は可愛いもの好きだ。
真昼の誕生日の際はその慧眼を頼ったが、真昼と二人きりにさせるのはほんのりと不安がある。
真昼はこれぞ美少女といった風貌の少女だ。町を歩くだけで人目を惹くくらいには可愛らしく麗しい。
ナンパにも注意してほしいが、千歳の魔の手からも注意が必要なのだ。
「まあ嫌がったらしてこないとは思うが、中途半端な拒み方だと調子に乗ってべたべたするから気を付けて……ってどうした」
「……なんでもないです」
きゅっと唇を閉じる様子が見えたので首をかしげたが、真昼は何を思ったのかは口に出さず静かに視線をそらした。
真昼が千歳と遊ぶことになった日は、周もさっさと家に帰って久々に静かな時間を過ごしていた。
最近は真昼が割と側にいるので、こうした一人の時間は休日程度。
それも真昼が昼食を作ってくれると申し出てくれた時には甘えているので、一人で過ごす事が少なくなったのだ。
もちろん、それは嫌ではない……というか心地よさすら覚えているのだが、たまにはこうして一人の空間もよいものだった。
少しだけ、隣が寒い気がするが。
(何だかんだ真昼もすっかりうちに馴染んだんだよなあ)
もう居るのが当たり前といった感覚なのだが、実際は関わるようになって数ヵ月しか経っていない。
それなのに何年も共に過ごしてきたような距離感になっているような気がするのは、余程相性がよかったのだろう。
過度に干渉せず同じ空気を味わう程度といった距離感が、周には心地よかった。
困った事に、手放したくないと思えるくらいには。
(我ながら単純なもんだ)
明確な好意と言い切るには熱はなく、かといってただの隣人兼友達と言うにはあまりにも独占欲がありすぎる。
友達以上の好意はあり、それでいて恋愛対象としてはまだ小さな灯火でしかない。それを自覚して、何とも言えないむず痒さを感じる。
これ以上真昼に好意の天秤を傾けると、おそらく後戻りは出来ない。
なので、周はわずかに灯った熱を胸にしまい込んで、覆い隠す。
好意を向けられたところで、真昼は困るだけだろう。
彼女は彼女でそれなりに好意を向けてくれているが、恋愛感情由来のものではまずないと思っている。というより、こんな世話のやける駄目男を好きになる事なんてあり得るのだろうか。
彼女は自分を肯定してくれたが、それでもやっぱり好きになってくれるなんてまずないと思うので、方向性の違うものを向けても関係がぎこちなくなるだけだ。
胸の中でもどかしさに蠢く感情を押さえ付けて、周はそっと窓の方を見る。
冬なので日も暮れるのは早く、空はすっかり闇色の帳が降りている。
まだ十八時過ぎではあるが、感覚的には夜と言ってもよいだろう。
千歳の事なので夜遅くまで連れ歩くというのはまずないが、それでもこの暗さで見目整った女子高生二人を歩かせるというのは些か不安だろう。
『いつ頃終わる?』
スマホを肌身離さず持っている千歳にメッセージを送れば、すぐさま『もうすぐバイバイするよん』との返事があった。
千歳も放課後に長く遊ぶつもりはなかったのでほっとしつつ、更にいつ頃駅につくかと聞いておき、周はソファから立ち上がって洗面所に向かう。
(こないだのワックスまだ残ってるよな)
あまり気乗りはしなかったが、真昼と外で会うつもりなら仕方がない。
基本的に自分ではしたがらないが、両親から自分を魅せる術は一通り叩き込まれている。あの時の髪型くらいは再現出来るだろう。
鏡を見れば、いつもの根暗そうな自分が映っている。
その野暮ったくて垢抜けない自分を自らの手で変えるべく、周はワックスを手にとった。
長くなりそうなので半分に分けました。





