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04 天使様のおかゆと事情


「……とにかく、今日は安静にする事。水分補給はしっかりしてください。あと汗拭くならこっちを。洗面器にお水入れてますから、濡らして絞って拭いてくださいね」


 食後、真昼はせっせと未開封のスポーツドリンクや水を張った洗面器とタオル、予備の冷感シートを用意してサイドテーブルに置いていた。


 流石に顔見知り程度の異性の家に泊まる訳にもいかないだろうし、周としてもそれは居たたまれないので、その行動はありがたかった。


 じっと周が見つめる中、真昼は不備がないか確認している。


(……義務感でやってるわりにはまめまめしいよな)


 口はシビアで淡々としているのに、やっている事は甲斐甲斐しい真昼に、なんというか周も段々慣れてきて苦笑が浮かんだ。


(関わるのはこれっきりだろうに、ご丁寧な事で)


 恐らく、もう彼女と関わる事もないだろう。たまたま縁で看病してもらっただけなのだから。


 そう、もう彼女と接触する事はないのだから、一つ、気になった事を聞いてもよいだろう。

 薬も効いてきたのか、倦怠感はあまり薄れていないが熱はすこし引いたように思える。思考が寝る前より覚めていた。


「なあ、聞いてもいいか」

「なんですか」


 必要なものをセッティングした真昼がこちらに顔を向ける。


「なんで雨の中ブランコ漕いでたんだ。彼氏と揉めたりとかか」


 気になっていたのは、そもそも看病してもらうきっかけになった、昨日の事だ。


 雨の中ブランコでゆらゆらとしていた真昼は、どうしてあそこに居たのか。

 どこか、迷子の子供のような眼差しをしていた彼女が気になったからこそああして傘を押し付けたのだ。

 しかし、あんな表情をする理由が分からない。


 誰かを待っていたようにも思えたから、当てずっぽうで付き合っている男がいて揉めたんじゃないか、という安直な予想だったのだが、真昼は呆れたようにこちらを見ている。


「生憎と、彼氏なんて居ませんし作る予定もありません」

「は? 何で?」

「逆に何故私が交際している前提なのですか」

「あれだけモテてればそりゃ一人や二人居るかと」


 こうしてやり取りをしている周にとっては、割と人間味に溢れたちょっと気の強い普通の少女なのだが、周囲にとっては違うだろう。


 清楚可憐で大人しく謙虚な美少女。天使と称されるほどの端整な美貌は目を惹くし、見とれてしまいそうになる。

 それでいて首席をキープしてスポーツも万能に出来て、おまけに今日知ったが料理もおそらく上手い。それはさぞ人気にもなるだろう。


 言い寄られているのはチラッと見たことがあるし、級友の結構な数が真昼に好意を持っているのも知っている。


 だからこそ、より取りみどりの状態で誰とも交際していないなんて、思わなかった。


 そういった意味での一人や二人という表現なのだが、その言葉を聞いた瞬間、真昼の表情が強張って、それから歪んだ。


「居ませんし、何人も交際するほど節度のない人間になった覚えはありません。絶対に、ありえないです」


 ゾッとするほど冷えた瞳で、淡々と否定する真昼に、周はすぐに何かしらの地雷を踏んだのだと理解した。

 風邪を引いているせいなのかもしれないが、一瞬悪寒がした。心なしか、部屋が肌寒く感じる。


「ごめん、そういうつもりじゃなかった。謝る」

「……いえ、こちらこそ熱くなってすみません」


 ただ、頭を下げればすぐに冷えた空気は霧散した。

 熱くなったというよりは空気が吹雪いてたようにも思えるのだが、敢えて指摘はしなかった。


「……とにかく、あの時のはそういった類いのではなく、ただ頭を冷やしたかったからです。……心配してくれたあなたに風邪を引かせたのは申し訳なく思っていますが」

「いいよ。別に、俺が勝手にした事だし。実際、俺が勝手にしただけだから、罪悪感とか抱かれても困る。椎名と関わるのもこれっきりだし」


 やはりというか罪悪感で看病したらしい真昼は、周の言葉の後半を聞くにしたがって瞬きをしてどこか不思議そうに周を見ていた。

 関わるのがこれっきり、というのが気になったのだろう。


「特に接点ないし当然だろ。いくらお前が学年一の美人だの才女だの天使だの言われてるからって、どうこうするつもりはないよ。恩に着せたり、あわよくばー、とか考えてると思ったか?」


 ちょっと気まずそうに目をそらした真昼に、やっぱりかと苦笑が浮かぶ。


 これは、本人が自意識過剰というよりは、実際にそういう事があったのだろう。


 美少女に恩を売って関わりを持とうとする、というのはあり得る手法である。

 そういう事を幾度か経験しているらしい真昼が、あの雨の日に警戒したのも頷ける話だ。自衛のためなのだから、責められた事ではない。


「めんどくさいだろ、お前だって。好きでもない男に構われるの」

「それはそうですが」

「やっぱりか」


 本人が肯定した事が、ちょっと面白かった。

 大人しく優等生で愛らしい天使と騒がれる彼女も、やはり好き嫌いはあるし煩わしく思う事もある。少しだけ親近感が湧く。


 真昼としては失言だったようで、その失言を引き出した周をほんのりと恨みがましげに見ていた。

 それが何より、真昼がちゃんと感情のある人なのだと証明している。


「別にいいと思うぞ? むしろ安心した。天使も人並みにそういうのは迷惑なんだなって」

「……止めてくださいその呼び方」


 どうやら天使と呼ばれているのは恥ずかしいらしく、不服そうな眼差しが継続している。

 それも面白くて、周はまた笑った。


「まあ、だから用事もないのに、わざわざ関わる事はないよ」


 そう言い切れば、真昼は少しだけ驚いたように目を丸くして、それからほんのりと苦笑を浮かべた。



 ぺこりと頭を下げて帰っていった真昼の事を思い出しながら、周はベッドでぼんやりと天井を見上げる。

 薬は効いていたものの、やはりというか体はまだだるいし気を抜けばすぐに睡魔に引きずられるだろう。


 瞳を閉じて、今日あった事を思い返す。


 天使(毒舌系)に看病された、なんて誰に言っても信じてくれないだろうし、言う事でもない。

 今日あった事は、周と真昼だけの秘密だ。


 秘密、というと妙にくすぐったく感じてしまう。ただ面倒だから他人に言わない方がいい、という判断なのに。


 翌日からは、顔見知りの他人。


 そう言い聞かせて、周はゆっくりと意識を沈めた。


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