33 天使様とクリスマス
長くなりそうだったので分けました。
翌日家にやって来た真昼は、少しそわそわした様子だった。
よくある休日に異性の家に遊びに来た時の緊張……な訳もなく、真昼たっての希望でゲームをする事になったため、その興奮が漏れている、といった所だろう。
なんでもテレビゲームなんて初めてらしい。その点では世間知らずのお嬢様と言ってもいいだろう。
「先にお昼ご飯作っちゃいますね」
「ん。堅焼きで頼むぞ」
「分かってますって」
注文の多い客に機嫌を悪くした様子はなく、エプロンを翻してさっさとキッチンに向かって昼ご飯の準備をしだす真昼は、おそらく上機嫌であろう。
そんなに楽しみにしていたのか、と思うと妙に気恥ずかしいというか、くすぐったい。
(まあ、ゲームを楽しみにしてるってだけなんだけどな)
決して、こうして二人きりで遊ぶ事が楽しみ、という事ではない。
束ねた髪がゆらゆらと揺れるのを見ながら、周はそっと苦笑をこぼした。
「……どうやって操作するのですか?」
昼食後、二人でテレビの前のソファに座ってテレビ画面を見つめていた。
何のゲームがしたいのかと聞いてみたら種類すらもよく分かっていなかったので、有名な国民的2Dゲームを起動してコントローラーを渡してみたのだが……やはりどうしていいのか分からずあたふたしていた。
「えーとだな、まあ移動はこのスティック、ジャンプはこのボタンで……」
基本的には冷静沈着なあの真昼がめちゃくちゃ戸惑いながらコントローラーとテレビを交互に見ながら操作していて、なんだかとてもほっこりとしてしまった。
慣れていないとはいえ、こんなにものんびりとしたプレイははじめてである。
避けもせずに敵に突撃してお陀仏になるのを何回も繰り返していると、天使様も苦手な事はあるんだなあというのを実感出来た。
「……勝てません」
「ステージクリアはおろか最初の敵すら倒せてないからな」
「うるさいです」
「まあ慣れだ慣れ。こんなの体で覚えていけ」
何事も挑戦だ、と言い聞かせると、真昼は素直にゲームに戻っている。
娯楽であるゲームに真剣な表情で挑んでいる真昼を見ていると微笑ましさすら覚えて、つい、笑みが浮かぶ。
ただまあ、あまりに初手で負け続けているため、いつまで経っても進まない画面に段々と笑いより不安が勝ってきたのだが。
彼女がこちらを見てくる。
表情にむすっ、と効果音がつきそうなのは気のせいか。
「あーほら、ここはこうしてだな」
流石にこのままだとやる気に関わるので、周は彼女が握るコントローラーに手を添えて一時的に周がお手本という事でプレイしてみせる。
周もこのゲームは幾度となくクリアしているので、彼女がつまる場所も難なく突破出来る。
というか真昼が下手くそすぎるだけで、普通の人間はここではひっかからないのだが……それは黙っておいた。
「ほら、この敵は一定速度で不規則に移動するが、こっちを視認するとキャラクターに向かって速度を上げて近付くんだ。タイミング見計らって跳んで……」
小さな手に重ねるようにしてコントローラーを握って操作、分かりやすく説明しながらお手本を見せる。
画面では、周が説明した通りにキャラクターが動き、敵を避けていく。
なんて事のない動きなのだが、失敗し続けた真昼には新鮮だったらしく「おー」と感嘆の声を漏らしていた。
長い睫毛に縁取られた瞳がぱちりと開かれ、表情も明るくなる。
距離が近い故に下睫毛まで長いんだな、なんて新たな発見をしつつ、喜んでいる真昼を眺めて、小さく笑った。
端整な横顔を眺めていると、視線に気付いたのか真昼がこちらを向く。
彼女の手にあったコントローラーに触れるように近付いていたため、思ったよりも距離が近い。
というか、二の腕と手が触れ合っているし、なんなら彼女の吐息がほんのりと肌を撫でるくらいには、近かった。お陰で、真昼の温もりと甘い香りが直に伝わってくる。
「ごめん」
ほぼ真昼の手を包んでいた事に気づいて体ごと慌てて離すと、真昼はぱちりと大きく瞬いた後今更ながらに近かった事に気付いたらしく視線がさ迷い始めた。
「いえ……別に。こちらこそ、すみません」
うっすらと色づき始めた頬を見て、やってしまったと後悔が襲う。
あまり、真昼は接触が好きではない。いくら大分慣れてきたとはいえ、手を握られるというのは不愉快かもしれない。
やや恥ずかしそうにしているものの、嫌悪感がないとも限らないだろう。
「ほんとごめん」
「あの、そこまで気にしてないですよ?」
「嫌じゃないのか」
「……びっくりはしましたけど、嫌とは。知らない人ではないですし」
寛大な天使様はどうやら無礼を許してくれるようだった。
あっさり水に流してくれた真昼に安堵しつつ、ゲームを再開する。
今度こそ真昼にゲームを進ませようと画面を見て……やっぱり倒されている真昼の姿に、周はどうしたら彼女がゲームが上手くなるのか真面目に悩んだ。
結果的に一面をひいひい言いながらも何とかクリアしたところで、一旦このゲームは止める事になった。
ずぶの初心者に死に覚えをさせ続けると、やる気に著しく関わってくる。他のゲームに目を向けてもらって、ストレスを抜こうという魂胆だ。
「真昼、傾いてる」
という訳で次は現実世界でも馴染みがありそうなレースゲームをプレイさせてみたのだが……真昼の体が傾いている。
このゲームはジャイロ操作は必要としていないし、コントローラーにもジャイロセンサーなどついていない。
体を傾ける必要は全くないのだが……本人は無意識なのか、コントローラーを持った状態で左右に揺れていた。
本人は、ゲームに集中しているのか、返事はない。
先程のゲームとは違い、車を操るゲームであり車に乗る機会がある現代人には馴染みやすかったらしい。学習した甲斐もあるのだろうが、つたない運転ながらもプレイ自体は出来ていた。
大真面目な表情でゆらゆらと揺れながら頑張って車を動かしている。
(なんだこれ可愛い)
振り子のようにふらふらしている真昼が、妙に可愛らしい。大真面目に、そして一生懸命にやっているから、余計に可愛く見えるのだろう。
大きなカーブを曲がれば、自然と真昼の体も大きく傾く。
ぽてん、と周の腿の上に体が倒れてきた時は、もう周も笑いをこらえるのに必死だった。
「……別に、体は傾けなくてもいいんだぞ?」
「わ、わざとじゃないです」
「うん知ってる。でも傾いてたから」
唇がぷるぷると震えるのをなんとか抑えつつ、真昼を起こしてやる。
やはりというか、柔らかくて軽い。小柄なのはもちろんなのだが、折れてしまわないか心配なくらいには細くて、触る事をためらうほどだ。
周に起こされた真昼は、羞恥からか頬を染めて震えている。
それがまた小動物のようで可愛らしく、とうとう耐えきれなくなって笑ってしまった。
「ば、馬鹿にしてませんか」
「いやいや。微笑ましいなと」
「それが馬鹿にしてるんです」
「俺が真面目にやってるやつを馬鹿にしてると?」
「そうは思いませんけど……」
「だろ? 単に可愛かったなと」
「……その可愛いは確実に子供っぽくて微笑ましいの意です」
どこか拗ねたような響きの言葉で、あまりからかいすぎても不機嫌になってしまいそうなのでこの辺で感想を述べるのはやめておく。
内心でいくら思おうが顔に出なければ問題ないので、心の中でひっそりと思っておくようにしよう。
ほんのり不服そうな表情を浮かべている真昼に小さく笑えば、ぷいとそっぽを向かれた。
ブクマ1万件ありがとうございます(´∀`*)





