304 おいでませ天使様
放課後になればお返しが終わっていない男子達がそそくさとお目当ての相手に話しかけていく様が見られるようになった。優太は流石というか疲れた様子を全く見せず、まだ渡していない女子達にお返しを届けに教室を出ているので、そのバイタリティには感心を隠せない。
周はというと休み時間にチョコレートをもらった木戸や他の女子にはお返しをしているので、そのまま残らずにバイトに行くつもりだ。
「じゃあ真昼、また後で」
真昼は宣言通り一度家に帰って着替えてから周のバイト先に来るそうなので、真昼とは一旦ここでお別れだ。
声をかけると、自身の席に座っていた真昼が顔を上げる。
ほんのりと顔が赤らんでいるのは先程の周の言葉が効いているのだろうが、瞳は期待で揺れているのでこの後のバイト視察というお楽しみも大いに効いているのだろう。
「はい、ではまた後で。楽しみにしてます」
「程々で頼むぞー」
やっぱりうきうきわくわくは抑えられなかったらしく、立ち上がる勢いはいつもより強い。それでも品のある淑やかな動作は変わらないのは、真昼が如何に美しい所作を小雪に叩き込まれているのだと分かる。
そのまま周の横をすり抜けていく真昼に、小さな苦笑。
校門まで一緒に行かなくてもいいのかと思ったが、真昼曰くおしゃれには時間がかかるもので一分一秒が惜しい、との事なので、焦らず急いで帰路に就くのだろう。
まあ普段からお出かけ前は張り切るし髪とか服に拘ってたもんなあ、と気合の入れ方に納得した周は、紙袋を持ってバイト先に向かう。こちらはお返しの入っていた袋ではなく、バイト先からそのままデートに移行出来るように持参した私服である。
そのまま下駄箱まで向かうのだが、廊下を歩きながら窓ガラスに映る自分の髪型をちょいちょいといじっている事に気付いて、ひっそりと笑う。
(俺は俺で楽しみなんだろうなあ)
気恥ずかしさもあるが、真昼を喜ばせられる事、立派に働いている所(願望)を見せる事、その後のデートを心待ちにしている自分が居る。
期待に沿えればいいんだけどなあ、と真昼の浮き足立った様子を思い出して頬を緩めた周は、自分も足早になっている事を自覚しながらバイト先を目指した。
ホワイトデーで、とうとう真昼がやって来る。
とはいえ、仕事はいつも通りにあるしそもそもいつも通りのパフォーマンスを求められているので、周は覚悟を決めてからは平常心でバイトに挑んでいた。
「……とうとうこの日がやってきたんだな」
「何で宮本さんが意気込んでるんですか」
ここで意味が分からなかったのが、相談したとはいえ当事者ではない宮本が訳知り顔で頷いている。
「いや藤宮の彼女さん見てみたくて。いっつも隠してるし」
「そりゃあ好んで見せびらかしたい人間じゃないので」
「お前は好きなものを宝箱に仕舞いたがりそうだもんなあ」
「……そうですけど、出入り自由にはしますよ。俺の勝手な気持ちで彼女の自由を損ないたい訳じゃないので」
空いたテーブルが出たのでトレイと布巾を手にした際に小さく返せば「愛じゃん」とこれまた小さな笑い声が返ってきて、周は唇を結びながら片付けに向かった。
長居はしなかったらしく途中で回収される事もなく机の上に残された皿とカップをトレイに載せて布巾でさっとテーブルを拭く。
今日はホワイトデーだからかいつもより甘い物の注文が多く、この席ももれなくケーキセットの痕跡が残っている。店内もコーヒーの香りに混ざってほんのりと甘いものが香るのは、気のせいではないかもしれない。
ちらりと壁際の時計を見れば、働きだしてから数十分間経過している。
どんどん真昼がやってくる時間が近付いてきていると思うと落ち着かないが、客が周囲に居る手前表情を崩す訳にもいかない。
なるべく顔に出ないようにしながら皿を回収してきた周が宮本の横を通ると、レジ対応し終わったらしい宮本はからかうような笑みを周にだけ見える角度で見せた。
「ちなみに、さっきの話ですけど」
「うん?」
周の切り出しに不思議そうに首を傾げる宮本に、ささやかな仕返しとばかりに周は口を開く。
「そういう宮本さんはどうなんですか、隠したいんですか?」
「俺の箱の中に入ってないしそもそも収まる柄でもないな」
「ああ……」
「そこで納得するなむかつく」
大橋の性質上大人しくしているタイプではないし飛び出してぐいくいと相手を引っ張っていくのは想像に難くない。
ただそれよりも宮本の想いの実りは果たされていないのだと彼の言葉から悟ってしまって、ほんのり心苦しいものがあった。
そういうつもりで見た訳ではないものの哀れまれていると感じたらしい宮本は「ほら散れ散れ」と周しか居ないのに軽く手で払い除けられたので、周は苦笑いしながら皿をシンクの方まで運んだ。
今日の周はかなり耳や目に神経を使っている。
来店時のベルの音がすれば真っ先に視線を向けるのは周だ。
今日だけは、仕事はきっちりするが彼女が来るまで限定でだがなるべくフリーに動けるようにしてもらっている。協力してくれた糸巻を始め従業員達の厚意には感謝しきりである。
カランコロン、という懐かしくももう聞き慣れた音がして周が入り口に視線を滑らせて――それから「行ってきます」と口に出し、対応しようとした大橋に目線で謝りながら彼女の元へ向かった。
暦の上ではまだ春とはいえ寒かったのだろう、冷えてほんのりと頬と鼻を赤く染めた彼女は、奥からやってきた店員の姿に目を丸くして。
「いらっしゃいませ。何名様ですか」
いつも通りの、いや微笑みだけはいつもより熱を込めて柔らかく問いかければ、真昼は寒さではない要素で一気に頬を赤くした。
「い、一名です」
「かしこまりました。カウンター席とテーブル席空いておりますがどちらがよろしいですか?」
「……その、テーブル席で、お願いしてもいいですか」
「ではお席までご案内します」
たどたどしい返事に微笑ましさを感じながら、思ったよりも緊張のない自分に少しだけ誇らしく思いつつ真昼を店内に促す。
幸いな事に席は空いていたのでお望み通りテーブル席まで案内して「荷物はこちらのかごをご利用ください」と告げつつ真昼が座って落ち着くまで待った。
そわそわとやはり落ち着かない様子の真昼に口元が緩みそうになるのを堪えて、周は片手に持っていたメニューをそっと彼女の正面に来るように置いた。
「こちらメニューでございます。ご注文がお決まりになりましたら、テーブルのベルを鳴らしてお呼びください」
この喫茶店は糸巻個人が経営している形なのでメニューがそう多い訳でもない。基本的にシンプルなものが置いているが、そのどれも味に拘っているのでどれを選んでも真昼の口に合うだろう。
思考が目の前のメニューの方に移ったのを見計らって一礼し、一度お冷とおしぼりを取りに帰る。宮本からにんまりとした笑みを送られたが無視しておき、グラスに冷えた水を注いで個包装のおしぼりと共にトレイに載せて、真昼の元に戻った。
「こちらお冷とおしぼりになります」
「ありがとうございます。その、注文してもよろしいでしょうか」
「かしこまりました。ご注文お伺いします」
周が離れている間にオーダーを決めたらしい真昼のおずおずといった様子に微笑みを向けると、少し冷めて来たかと思った真昼の頬がまた赤くなった。
普段の顔とそんなに変わったものではないのにここまで反応してもらえるのは、相当ウェイター姿の補正が大きい。こちらを見る瞳は切なげで、恋しげだ。
周が離れると視線が自然と吸い寄せられていた所を見るに、取り敢えずは期待に応える第一段階は踏み越えた、と言ってもいいだろう。
「季節のケーキセットで、飲み物は周く……店員さんのおすすめはありますか?」
思い切り名前を言いかけた真昼が慌てて訂正しつつ上目遣いで伺ってくるが、周は動じず微笑みを絶やさないままメニューのセットドリンクの欄を手でそっと示す。
「お客様のお好みにもよりますが、季節のケーキと合わせるなら当店オリジナルブレンドをおすすめしております。こちら酸味と苦味のバランスの取れた配合となっておりまして、季節のケーキとも相性が良いです」
「では季節なケーキセットでドリンクはオリジナルブレンドでお願いします」
「ご注文を確認します。季節のケーキセット、ドリンクはオリジナルブレンドでお間違えないですか?」
「はい」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
伝票に書き込んだ注文内容を復唱した周は去り際ににこりと笑って「メニューお下げします」とメニューを回収しつつキッチンの方に向かう。
振り返りはしないが、視線が確実に周の背中に引っ付いている。
「オーダー入りました。季節のケーキセットとオリジナルブレンドを一で」
「りょーかい」
今キッチンを担当している水瀬の緩めな返事を受け取った所で、常連客に捕まっていたらしい宮本がトレイに空いた皿を載せて戻ってきた。
「あの子、藤宮の彼女さんでいいんだよな?」
「ええ、まあ」
周の率先した接客で気付いたらしく、通るついでに真昼の事を見たらしい宮本が確認するようにこちらに声をかけてくるので、周は席の空き具合と現在の注文を視界に捉えながら頷いた。
ちなみに今は比較的席も空いているので、よく見かける客が先程暇そうにしている(ように見えた)宮本に声をかけたのだろう。静かながら温かい雰囲気の喫茶店だからこそのやり取りがある。
(……常連客に知られたら後でからかわれるんだろうなあ)
周もすっかりこの喫茶店で働く事に慣れたし、よく来店する客や名前を知っている客も増えた。そのうち真昼もそこに仲間入りしそうなのが、周的には嬉しくも困る事だ。
「すっげー可愛いじゃん。正直ここまでとは思ってなかった」
「元々可愛いって言っていたと思いますけど。……からかわれるという点ではやっぱり見せたくなかったなと今思いました」
宮本が感心したように真昼を見た感想を伝えてくるが、周としては褒められた嬉しさとあまり人に見せたくなかったもどかしさが胸に渦巻いた。
今日の真昼の私服姿は、可愛いの一言が真っ先に来る。
気候的にはまだ冬と変わらないという事もあって店に入った際はしっかり厚いコートを羽織っていたが、コートを脱いだ真昼はアイボリーのケーブルニットに淡いくすみベージュピンクのマーマイドラインロングスカートと可愛らしさと大人っぽさを両立した格好になっている。
首元と耳元には周がクリスマスに送ったシンプルな花モチーフのネックレスとイヤリングが輝いていて、シンプル過ぎず品よく華やかな印象を与えていた。
手首に去年の大体今の時間帯に贈った、同じく花モチーフのブレスレットが彩りを添えていて、たっぷりとした髪をゆるく編み込みながら後ろに一つでまとめた姿は全体的にフェミニンさを出しつつも甘くなりすぎず落ち着いたものに纏まっていた。
その可愛らしい装いもそうだが、端整な顔立ちからこちらにむけるうっとりとした熱っぽく甘い眼差しと柔らかく綻んだ口元はあまりにも魅力的で、ある種の魔性の笑みと表現されるものだろう。
「ものすごい愛されているって分かるな」
「……知ってます」
「連れてくるの滅茶苦茶渋ると思ってたけど、あれだろ、自分のバイト姿見せたくないってのもあるけどこんなに可愛い彼女さんの姿を見せたくなかったのもあるだろ。こんだけ可愛いのに無自覚に可愛さを滲ませてたらそりゃ連れてきたくなくなるわ。この子のために頑張ろうってのも分かる」
うんうんと頷く宮本は、ちらりと真昼の方を見てから周をもう一度見る。
「彼女さんにこにこしてるな」
「ずっと来たがっていましたからね、存分に眺めているのかと」
今は注文の品を用意している所だし店員としてずっと構っていられる訳ではないので真昼は一人で待っているが、退屈した様子は皆無。むしろ存分に堪能していると言ってもよくて、周と視線が合うとはにかみながらにこっと微笑んてくるのでこちらの仕事の失敗を誘発しそうである。
「愛されてんなお前」
「知ってます。……痛感するのでなるべく呼びたくないんですよ」
「ああ、顔にやけそうだもんな」
「先輩うるさい」
宮本の言う通り、真昼の様子からも愛されている事をたっぷりと実感しているので、頬が熱さを訴えだしているのを必死に留めているし、勝手に緩みそうになるのも何とか堪えている。
「今日は藤宮の新しい顔たくさん眺められそうだなあ」
「こっち見ないでください」
「いや無理だろ」
「あれ、藤宮ちゃん照れてる? 何で何で?」
キッチン側の仕事をしていた大橋が出てきてこちらを見てぱちくり。
話を聞いていなかった大橋まで周の顔を見てそう表現したので、余程今周の顔は赤いのだろう。
「藤宮の彼女さんが来てるってよ」
「え、どの子どの子」
「ほら、奥の席の」
「え、あの可愛こちゃん? やだ藤宮ちゃん隅に置けないなー」
うりうり、と肘でつつこうとして真昼の視線がある事にも気付いた大橋はいつもより少し距離を取った。
こういう所で目端が利く大橋に感心していいのかからかわれた事を恥ずかしがればよいのか。
周が唇を結んで内心で悶えていると、大橋はうんうんと訳知り顔で頷く。
「そりゃあんな子が彼女だったら目移りなんてしないよね。お客さんにアプローチされててもガンスルーしてたし」
「え?」
「おいこら莉乃、気付いてなかったんだから言うな余計な心労かさませるな」
「え、あれ無意識スルーなの。こわ」
「……マジですか?」
「マジのマジだけど……そっちこそ本気?」
逆に困惑されて、周としては急に想定外の事実を叩き込まれて困惑していた。
周が話しかけられるのは基本的に周の祖父母前後の人が多いし若い女性からは店員以上の対応を求められた覚えはない、のだが。
しかしこの様子だとどうもそうではないらしい。
え、と二人を見ても難しい顔をしているし、わざわざ嘘をつく利点もないので、つまりはそういう事なのだろう。
「……本当に記憶にないんですけど」
「彼女さん意外に眼中になかったから全部営業スマイルと無意識の鉄壁ガードがオートで発動してたんだろ。言っておくけど藤宮は本当に何とも思ってなかったのは分かってるから、歯牙にもかけないというか客以外の印象も感情もなかったのは分かってるから」
「……俺今滅茶苦茶真昼に申し訳ない気持ちが。心配してもらってたから……」
「マジのマジで興味なかったもんなお前……」
周にとって客は客でそれ以外の感情を抱いていないし、常連客の顔は覚えていても一回来たきりの客の顔など覚えていない、というかそこまで顔を見ないので覚えるきっかけがないという方が近いのか。
記憶力がいい自覚がある分、全く記憶になかった事がショックだった。
(鈍感鈍感と真昼だけじゃなくて千歳や樹にまで言われてきたけど、否定出来ないぞこれ)
本当に意識していなかったせいで気付かずに真昼が心配するような事が起きていたと今知って、そこにショックと申し訳なさが一気に襲いかかって一瞬気が遠くなった周の背を、宮本が叩く。
「ほら、ケーキセットとコーヒー用意出来てるから行ってこい」
キッチンからこれ持って行ってと指示が出た、ケーキセットとコーヒーの入ったカップが載ったトレイを渡される。
まだバイト中なのに放心している場合ではない、と気合いを入れ直して改めてトレイを見ると、確かに真昼が注文した品もあるが、それともう一つ、注文にはない品があった。
「あれ、これ注文には」
「オーナーからのサービスだって。まあ、それお前の焼いたやつなんだけど。折角ならって」
「あ……後でオーナーにお礼言わないと」
「それはいいから行ってこい、ほらほら」
宮本に押されながら、今はキッチンに居るオーナーに感謝しつつしっかりとした足取りで真昼の元に歩み寄る。
コーヒーから漂うコーヒー独特の香りにナッツの香りが加わった、香ばしくも甘みのある香りが届いたのか、真昼はこちらを見上げたままへにゃりと相好を崩した。
「お待たせしました。こちらご注文の季節のケーキセットとオリジナルブレンドになります」
「あ、ありがとうございます……え、あの周くん、これ」
「こちらサービスの品になっています。……ホワイトデーの関係でサービス品として閉店後にみんなで焼いたんだ。この形は俺が作ったやつ」
本来はよろしくないのだが店員としての口調を一時中断して、いつもの口調に少しだけ戻る。
この喫茶店ではたまにある事だが、季節限定で何かしらのおまけがつく場合がある。ハロウィンならかぼちゃの焼き菓子、クリスマスならジンジャーブレッドマン、節分なら豆菓子、バレンタインデーならチョコレートが一粒、といった具合に希望すればおまけがもらえるようになっている。
ホワイトデーは、今回ポルボロンというスペインの伝統菓子を提供する事になった。
前日に早めに店を閉めてから残っていた従業員で作ったのだが、周りがハート型や丸型、周は四角型で抜いたので誰が作ったか分かるようなものになっている。
真昼のトレイに載った、ラッピングされたポルボロンは、四角の形をしていた。
「……周くんお菓子作れたんですね?」
「ケーキ食べただろ」
誕生日にケーキを作った事をお忘れか、とちょっぴりジト目で彼女を見ると慌てた様子でぶんぶんと首を振って否定する。
「そ、それはそうですけど、クッキー焼けるんだなって」
「ケーキが焼けるんだからクッキーも焼けます。ちゃんとレシピ理解した上でレシピ通りに作りましたー、俺は料理出来ますー」
どう考えても難易度的にケーキの方が上だし、元々料理は真昼監修の下普段から作っていてそこで上達しているので、レシピがあればそれなりに何とか作れるくらいにはなっている。そもそも作れる人間しか糸巻に作らせてもらえなかったが。
ころころと鈴を転がしたような声でおかしそうに笑う真昼は、周の不貞腐れたような視線にゆるりと瞳を細める。
「ふふ、その格好で普段通りの言葉遣いだとちょっとくすぐったいですね」
「大変失礼しました。それではどうぞごゆっくり」
「あ、ちょっといいですか?」
「何でしょうか」
幾ら時間帯的に人が少なくなっているとはいえあまり長話するのも悪いだろうと店員モードに切り替えた周に、真昼はそっと手を持ち上げた。
それからちょいちょいと、手招きするように指先を緩く鉤爪状にするような動作。
近くに寄れ、という事は何となく分かったので一本真昼との距離を詰めると、今度は少し上の位置から下に仰ぐ。それは、こちらにしゃがんで耳を寄せろ、という指示に見えた。
何か伝達事項があったかと内心で首を捻りながら真昼の促すままに軽く膝を追って座っている真昼の口元に頭を寄せると、ふわりと嗅ぎ慣れた甘い香りと、ほのかな温もりが、側に寄った。
「……すごく素敵です。いつものは違う爽やかな感じがしてとっても似合っています。格好いいですよ」
そうして落とされた言葉は、柔らかくてとろけるような甘いもので、スポンジが水を取り込むように、急速に耳の奥まで染み込んでいく。
脳の髄まで痺れさせるような甘美な響きの囁きに、一瞬くらり。
それからじわじわと熱まで滲み出てくるのだから、たまったものではない。
きゅ、と唇を結んで洩れ出そうな呻き声を堪えて立ち上がると、真昼は周の熱に満ちた顔を見て、満足げな色を宿した瞳を細めてはにかんだ。
(ああもう!)
今日は真昼の事を宮本や大橋が可愛いと褒めていたが、今は可愛いとかそういう問題ではなくて小悪魔のようにしか見えない。それも本人は周の心をかき乱そうとしている訳ではなさそうなのが、より質が悪かった。
「お仕事頑張ってくださいね」
「……ありがとうございます」
何とか震えそうになる声を抑えつけながら柔らかく礼を言った周が若干上体をふらつかせながらも真っ直ぐカウンターに戻ると、相変わらずのにやにや笑いの二人に出迎えられた。
「藤宮ちゃん顔赤いよ」
「ちょっと黙っててください」
「青春してるのう」
「宮本さんも黙って」
低い小声で唸りながら短く告げると、二人して仲良く愉快そうに笑った。





