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303 ホワイトデー当日

 ホワイトデー当日は、バレンタインデーの時より熱気も落ち着いたものになっていた。

 甘酸っぱい空気を纏う男子も居ればそもそももらっていなければ返す事もない、という事でホワイトデー何それ美味しいのといった素知らぬ態度の男子や、全てを恨んだような男子、悟りを開いたような男子など様々だ。


 周のクラスはというと女子の数人が全員に義理チョコを配っていたので割と和気藹々とした雰囲気に収まっている。お返しを持ってくるか来ないかはお任せと配った側が言っていたので持ってきていない男子も居るが、律儀にお返しを用意している男子達の方が荷物を見た感じ多そうだった。


 周も数人から義理チョコや友チョコをもらっているので、お返しのお菓子は用意している。一応もらった相手の好みをこの一年クラスで聞いた会話をうろ覚えながら記憶から引きずり出して選んだつもりだ。


「おはよう。バレンタインデーありがとうございました、これお返しです。確認なんだけど、アレルギーとかない?」


 いつ渡そうか悩んだものの、放課後一人一人に渡していたら誰か帰ってしまうかもしれないので、朝の授業前に手渡しに行く。真昼もこれは別になんとも思っていないらしく快く送り出してくれた。


 お返しが幾つか入った紙袋を手に提げながらちょうど教室にやってきた日比谷に念のため確認すると、日比谷は話しかけられた事を不思議がっていたがバレンタインデーの単語に得心行ったらしくぱっと顔を明るくした。


「ないよー、わざわざチョコウエハースにこんなご丁寧なお返しをありがとう」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました」


 義理とはいえ人から善意でものをもらえるというのは嬉しいので、有り難く勉強のお供にさせてもらった。

 ラッピングされたコンパクトなバタークッキーセットを手渡すと「やった、今日のおやつにしよ」と無邪気に喜んでもらえたのでほっとしつつ、同じように登校してきた傍らの小西に視線を滑らせる。


 彼女は視線が合うと穏やかな微笑みを浮かべる。

 その表情は少なくとも周の目には無理した様子とは受け取れないもので、周も周で小西を見て罪悪感で胸の痛みを覚えなかった事に安堵した。


「小西もチョコレートありがとう。美味しくいただきました」

「それならよかった」


 躊躇いも突っかかりもない、滑らかな返しは、いつも通りの小西の声。周も、いつも通りの声で、彼女に声をかける。


「これ、お返しです。アレルギーとかないなら、なんだけど」

「私もないから大丈夫だよ。本当にありがとうね」

「もらったからには返さないとな。味は保証する」

「藤宮君のオススメなら期待しちゃうね、後で食べるのを楽しみにします」


 控えめな微笑みもクラスでよく見かけるいつものもので、周も同じようにクラスメイトに向ける笑みを向けて、彼女にお返しを手渡す。


 昔、たまたま側で彼女達が話していた「抹茶味のおやつが好き」という会話を聞いたような気がしたので、周も好みでたまに買う抹茶の濃さがそれぞれ違う抹茶サブレのセットを選んだ。


 店でラッピングを頼んだが、ラッピングは中身が見えるようなものだったので何が入っているのか気付いたらしく、軽く目を見開いた小西がこちらを見るが、その瞳にはもう深い悲しみも熱もなくて、ただただ驚きだけが宿っていた。


 それもすぐに薄れて、嬉しそうに「ありがとう、抹茶好きなんだ。美味しくいただくね」と相好を崩して去っていく小西に、周はもう必要のない不安の残滓が消えていくのを感じながら、待っていた真昼の元に戻る。


 真昼はこちらを信頼してくれているので、周が見ている範囲では特に何も負の感情は見えない。

 向けられた感情も周がそれに対して抱えた罪悪感も、お互い飲み込んで消化したものだと理解しているのか、本当にいつもと変わらぬ笑顔を見せてくれる。


「全部渡し終わりましたか?」

「いや、何人かまだ登校してないから後で渡すつもり。木戸と千歳もまだ来てないし」

「そういえばそうですね、普段ならそろそろ来てもおかしくないですけど……」


 教室と廊下を繋ぐ扉に視線を向けると、タイミングがある意味良かったのか、丁度樹が教室に入ってくるのが見えた。

 本人も言っていたが何人かにもらっているのでお返しが入っていそうな袋を手にしている。そして今日は千歳は伴っていないようだった。


「はよー、お二人共早いね」

「おはようございます。確かに今日は普段より早かったかもしれませんね」

「おはよう。千歳は?」

「下駄箱までは一緒だったけど、着いて早々に手が冷えたから温かい飲み物買いたいーって自販機に出張しに行ったぞ。オレは渡すものがあったから先に教室に行っとくって上がってきた。カフェオレ買いに行くって言ってたから多分食堂側のやつなんじゃないか?」


 周の学校には自販機が幾つか設置されているが、千歳が最近よく飲んでいるお気に入りのカフェオレは周のクラスから地味に遠い場所に設置された販売機にしか置いていない。

 近い自動販売機なら教室に来る前にちょっと寄り道すれば買えるのだが、そちらに行くとなれば時間は少しかかるだろう。


 寒いのにわざわざよくそこまで行くなあ、と千歳の食への関心に少し感心しつつ寒さからかまだ鼻の赤い樹を見やると、樹は周の視線を気にした様子もなく、真昼の方に向き直る。


「あ、椎名さん椎名さん、ちょいいいかな?」

「どうかしましたか?」

「こっちこっち」


 何故か樹が真昼に手招きしながら周から離れた教室の角に向かうので、真昼も不思議そうにしながらも疑う事なく樹について行く。


 恐らくホワイトデーなのでお返しの事なのだろうが、わざわざ周から引き離す行動に移ったという事は、何かしら周には聞かれたくない、もしくは見られたくないような物がお返しの可能性が高い。


(何考えてんだあいつ)


 聞き耳を立てるのも悪いし遠目に見守るのだが、樹はにこやかな笑顔を浮かべて紙袋から真昼にお返しらしきものを手渡していた。

 手渡すだけなら別に周を遠ざける必要はないだろうに、と思っていたが、そこから樹はスマホを取り出した。


 お返しをもらった真昼は嬉しそうにしつつも相変わらずどこか訝るような眼差しを樹に向けたが、樹は非常に良い笑顔を浮かべている。


 その笑顔は、遠目に見ても周に嫌な予感に近いものをもたらすようなものだった。


「……の、居な……で聞いて……な? 椎名さんが喜ぶ……を、聞か……ると思う」


 途切れ途切れに何か真昼に告げてからスマホを仕舞う樹は、周が様子を窺っているのを理解していたのだろう、ぱちりと見事なウインクをこちらに向けて手をひらひらと振る。


 ほんのりと警戒していたのもお見通し、というか想定内だった事に地味な恥ずかしさを感じつつ、真昼が帰ってくるのを待つ。樹はそのまま他の女子にお返しを渡しに行ったので、周の方に寄ってくる事はなかった。


 とてとてといつもより速歩きで帰ってきた真昼の表情を見るが、普通にお返しが嬉しそう、という程度のもので、真昼本人から何があったのかは読み取れない。


「……樹からのお返しか?」

「はい。可愛い動物さんのアイシングクッキーいただきました」

「また真昼が好きそうなものを」


 真昼は何を言わずともお返しを周に見せてくれた。

 透明なフィルムでパッキングされたものは、動物の形を上手くデフォルメして捉えたクッキーだ。表面はぷっくりとした砂糖のクリームでデコレーションされており、つぶらな瞳や顔付きと動物の特徴をよく捉えた模様が描かれている。


 こういった可愛さに振った作品はアイシングの特性上甘さが強いのだが、可愛いものも甘い物も好んでいる真昼になら丁度いいだろう。


「好きですけど……その、ちょっと困っちゃいますね」 

「あまりにも可愛くて食べるのが勿体ない、だろ」

「ふふ、よくお分かりで」

「こういうの出来がよければよいほど食べるのが躊躇われるんだよなあ」

「でも美味しい内に食べるのも大切ですからね。うう……」

「まあそんなに気に入ってるなら樹も本望だろうよ。センスいいんだよなあこういう所」


 シンプルなお菓子をあげるという選択肢もあっただろうに、敢えてこういったチョイスをするのは、真昼の性格を理解した上でに違いない。

 実際真昼は無邪気に喜んで(半分悲しみと惜しみがあるが)いるので、樹の選択は間違っていない。


 大切に眺めている真昼を見てふんわりとヴェールに包まれたような温かい気持ちになるのは、真昼が嬉しそうにしているからなんだろうな、と幸せのお裾分けをしてもらった周は頬を緩める。


「で、それとは別に何かこそこそしてなかった?」


 それはそれとして、一応彼氏として聞いておいた。


 あまり追求する気はないし言わなくても怒るつもりはないと態度で示しながら軽く問いかけると、分かりやすく華奢な方が揺れた。


「……そんな事は」

「ない?」

「……決して周くんを裏切ったとかそういうのではないです」

「それは知ってる」


 真昼の性格を熟知している周だからこそ断言出来るが、真昼が周を裏切るなんて事はまずない。

 そもそも今は懐かしい天使様モードならともかく素の真昼は人が良すぎるというか周に隠し事が出来ないし、億が一くらいの確率で心変わりしたとしても正直に打ち明ける誠実さがあるので、まず疑う事はない。


 周が聞きたいのはそういう事ではなくて、何か変なものなり助言なりをもらっていないか、という事だ。


「こ、個人的に堪能したいものというか!」

「あーそういう事。写真か何かのデータ状のものな。まあそれなら好きにしてくれ」


 個人的に堪能したいもの、という時点でほぼほぼ答えが出てしまったので、周は納得してそれ以上の口出しはやめた。


「理解度が高すぎる気がするのですけど……」

「真昼が喜ぶものをって考えたら樹がそのへん思い付くだろうなと」


 真昼は親しい人相手なら手間を惜しまない性格なので、樹に渡したチョコレートは周程ではないだろうがとても美味しい一品だったのだろう。


 そんなものを渡されては、何だかんだ義理堅い樹の性格上、ただお返しをあげるのも味気ない、と思ったに違いない。あと大体樹は周限定愉快犯のような所もあるので、善意半分面白半分という所だろうか。


「……中身の確認しないのですか」

「んー、気にならないと言ったら嘘になるけど、かといって確認したいというまででは。プライベートな事だし、真昼も樹も信用してるから」


 幾ら恋人だからといって侵してはならない部分はある。お互いにプライベートは尊重するべきだし、気になるからと言ってあれこれ詮索するのは恋人以前に人として問題があるだろう。


 それに、真昼と樹の間でやり取りされている、という時点で特に不安がったり心配したりするようなものではないというのが確約されている。

 なら中身を詳らかにする必要もない。


 あっさり引き下がった周に、真昼は少し悩ましげに小さな唸り声を漏らす。


「……そこまで信頼してくれてるのは嬉しいです。その、別に隠さなきゃいけないという程でもないです。もらったものは音声データというか」

「音声データ?」

「私が周くん居なくて寂しい時に聞いたらいいよ、との事です」


 もじもじ、と身を縮める彼女は、何処か気恥ずかしそうで、視線を泳がせている。

 以前真昼は周と電話をしながら寝落ちした事があるが、どうやらかなり真昼は周の声が好きらしく、たまに寝る前の電話をねだられる程。


 それを何かしらで知ったか気付いたかした樹が、お返しのおまけ、というか寧ろ本命として周の声を録音して真昼に渡したのだろう。先に言ってほしい。


「……俺別に言ってくれたら真昼用に録音とかしたんだけどな」

「ホントですか!?」

「食い付きよすぎて樹の見立てがあまりにも正確だった事を痛感したぞ俺」

「う、だ、だって」

「さておき、まあ悪いもんではないだろう、多分。好きにしてくれ」

「……消さなくていいんですか?」

「流石にあいつも変な録音は渡してないだろ、信じてる。それに俺が指図出来るもんじゃないし、お返しの一つなんだから取っておいたらいい」


 それはそれとして後で樹の背中に平手を叩き込んでも許されそうな気がするが。


「真昼が少しでもそれで気分がよくなったなら、俺もだが樹も嬉しいと思うんじゃないかな。喜んでもらえて本望かと」

「周くん……」

「そこいちゃつかなーい、二人っきりの時にしなさーい」


 見つめ合った所で、周と真昼の間を割って入るように腕が一本差し込まれる。

 声で誰だかは分かっていたが遅れて登場した人に視線を向けると、カフェオレ片手に鼻を真っ赤にした千歳が呆れも隠さずに立っていた。


「千歳さん。おはようございます」

「おはよー。相変わらずだねえお二人さん、寒いのにポカポカになっちゃう」

「おはよう。カフェオレ飲んでる上に暖房付いてるからだろ」

「そういうマジレスおやめなさい」

「からかおうとするからだろ」


 ノリが悪いみたいな言い方をするが、好んでからかわれる趣味ではないので不必要なおふざけは必要ない。

 変な事を言うなと視線で制した周だったが、千歳のにやにや笑いが収まる気配は感じられなかった。


「いやー、別に止めなくてもよかったんだけどね? 周が周りに気付いて頬がポカポカになるのを見るのもまた一興だったしー」


 そう言われて、ここが教室でまだ一限目までに時間があるとはいえそれなりにクラスメイト達が居る事に気付いて、周はじわりと頬が熱くなったのを誤魔化すように唇をもごりと動かした。


「ちょっとポカったね」

「うるさい」


 それすら見抜かれていたらしく千歳に笑われたので、周は咳払いをして更に誤魔化しながら、紙袋からリボンで留められた十五センチ四方の缶を取り出す。


「ほら千歳、お返し」

「これはご丁寧にどうもどうも。ちなみに中身は?」

「開けてからのお楽しみ……と言いたい所だが別に過度な期待をされても困るので先に言っておくな。千歳お気に入りの店のホワイトデー限定クッキー缶だ。なんかスパイスをテーマにしたクッキーだそうな」


 千歳のチョコレートは嬉しいのか嬉しくないのかかなりの労力がかけられていたので、周もお返しは樹と相談の上それなりに悩んで選んだものだ。

 千歳は辛いものが好きだが甘いものも好きで、更に刺激があるものも好きというのはこの二年近い付き合いで理解していたので、辛いものは無理にしろ独特の風味があるものにした。

 事前に真昼にも聞いていて千歳はスパイス好きだと教えてもらったのでこのチョイスだったが、千歳の顔が華やいだので選択は成功したのだろう。


「え、めっちゃいいやつじゃん。私香辛料大好き」

「シナモンスティックかじろうとしてましたからね」

「何考えてんだ……あれ木の皮だぞ……」

「いけるかと思ったんだよ。まるかじりはあんまり食感がよくなかったね」

「そりゃそうだ。というか実践したのか……」

「何事もチャレンジ!」

「その意気やよしなんだが限度はあるからな」

「食べ過ぎは肝臓に悪いですし、香辛料の中には多量摂取してはいけないものがありますから気をつけてくださいね? というより何事も適量だと……」

「はーいままー」

「ま……っ、もう」


 怒らず柔らかく窘める真昼に何を見出したのか、千歳が素直に、それでいてからかうように返事を返して真昼が困惑と照れが混ざった顔でため息をついている。


 真昼は特に千歳相手だと世話焼きな所が分かりやすく出ているので、千歳的にはその部分も真昼への評価に加わった結果、先程の台詞が出てきたのだろう。


 むぅ、と可愛らしく唇に力を入れている真昼を千歳は気にした様子もなく、あっけらかんと笑っている。


「そういえばゆーちゃんはクラスに……あー、まだ帰ってきてないの。お返し行脚始めてたからね」


 千歳の言葉に教室を見回してみるが、優太の姿は見当たらない。


 優太の性格上部活がない日は教室には早めにやってきている筈で、今日は曜日的に部活がない事を知っている周としては登校してない事が意外だったが……ホワイトデーという事を思い出して居ないのもおかしくはないか、と納得してしまった。


「律儀に返してるのすごいというかよく持ってこられたなほんと。大変そう」


 お返しは恐らく一律というか性格上差を付ける事はしないだろうが、それでも量が量なので、お返しが仮にクッキー一枚でも持ってくる事すら大変であるだろう。優太がクラスに来る時にどれだけの荷物を抱えているのか心配になる。


「えらいよねえ。そういう誠実さとまめさもモテる秘訣って事かな」

「秘訣っていうか要素だろ。そういうのは秘してないで常に滲み出てるから評価されてるもんだ」


 優太がモテるのは外見が優れているから、という同級生をたまに見かけるが、周はそれだけならああはならないだろう、と思う。


 確かに優太は同性の周から見ても整った顔立ちだと思うし、雑誌の表紙を飾ってもおかしくない甘いフェイスと陸上で鍛えられたしなやかな体つきは女性を魅了してもおかしくない。


 だがそれ以上に人柄の部分で人気になっている、と確信がある。

 友人になってから改めて思うが、優太は非常に人当たりがよく、少なくとも周から見た範囲では裏表がない、性格的にも攻撃性が欠片も見当たらない温厚で気遣いの上手いフレンドリーな人間だ。


 ただ顔が良くても他人を攻撃したり協調性がなかったり態度が悪かったりすれば、モテの度合いは著しく下がり観賞用という位置に落ち着くだろう。周が見た限りでは、割とそういう所で現実的な女子が多い。


 逆を言えば、絶えず好かれる優太は、そのお眼鏡に適う人柄だという事だ。

 そして現在進行系で一人一人にお返ししに自分から足を運んでいるそのまめさも、モテる要因の一つではないか。


「ほんと周はゆーちゃんへの評価バリ高だよね」

「いや実際非の打ち所がないだろ……見習うべき所はたくさんあると思う」


 周の性格的に、ああなりたいという訳ではないし、ああはなれないが、優太の良い所は積極的に見習っていきたいと思える。

 温厚な所や他者に対する態度、誠実さ、苦しくてもひたむきに努力する所など、見習うべき所は多くある。


「そういう他者の長所を褒めて見習おうとする素直さが、周くんの好ましい所の一つだと私は思いますけどね。あと誠実さとまめさは引けを取ってないかと」

「むしろ一人に集中してる分、その一人にとっては、ねえ。周って好きな相手にはびっくりするぐらい愛情たっぷりで真摯だもんねえ」

「からかうのやめろ」

「褒めてまーす」

「その通りですよ周くん」

「……あのさあ」

「あ、照れてツッコミも反論も出来なくなった」

「目を逸らして誤魔化し始めましたね、そういう所が可愛いです」


 今真昼はどちらの味方かと問われたら確実に千歳の味方だろう。

 恋人だというのに周をからかっている、というよりは愛でている真昼に、周は呻きたくなるのをこらえながらじっとりとした眼差しで見つめる。


「真昼、後で覚えていてくれ」

「えっ私だけ」


 今日のデートが終わって家に帰ったら、真昼がギブアップ宣言をするまでじっくりたっぷり甘やかしてでろでろに溶かしてやろう、と心に決めた。


「良かったね、ねちっこく愛情伝えてくれると思うよ。愛されてますねえ」

「……千歳」

「きゃー睨まれちゃった」


 楽しそうな悲鳴という矛盾した声を上げつつ真昼に笑いかけている千歳に反省した様子は見られない。


「千歳は後々に借りを返すわ」

「私側の負債な気がしてきたよそれ」

「反省しろ」

「そうですよ千歳さん」

「真昼もな」

「うう……」


 個人的にしつこかったのは千歳だが真昼もノリノリだったので、同罪とまではいかないが真昼にも是非反省して欲しい所である。

 周の色々な顔を見たいらしい真昼がこちらを翻弄してくるのはある意味いつもの事なのだが、度が過ぎれば反撃される事を真昼には身を以て知ってもらおうと思った。


 怒られたと思ったらしい真昼がしゅんとしているので、真昼の横髪を指先で軽く払って、露わになった耳元にそっと唇を寄せる。


「真昼、帰ったら覚悟しておいてくれ」


 千歳にも聞こえないように声をかなり絞って、ゆっくりと染み込ませるように囁くと、バッと顔を上げて真っ赤な顔であわあわとこちらを見上げるも、周はそれ以上を口にしないで少しだけ口の端を吊り上げてみせた。


 帰った後何をされるか想像して真昼は顔を火照らせているが、周は具体的に何をするかまでは言っていない。真昼が勝手に想像して恥ずかしがっているだけ。

 家に着くまで悶々とする事になるのが、真昼への罰になるだろう。


「いちゃつくねー」


 一気に林檎やトマトか何かのように頬を熟れさせて大人しくなった真昼に千歳のにやにや笑いが飛んできたが、じろりと睨めば「きゃーおっかない、くわばらくわばら」と人を災厄呼ばわり。


 ため息をつきながら、親指に中指をかける形で輪を作って中指に力を込めている所を敢えて翳して見せる周に、千歳はきゃっきゃと楽しそうな声を上げてお返しが一段落したらしい樹の所に逃げていくのであった。

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1話からゆっくり読まさせていただきました! 読んでる間にお話更新されてて嬉しい!
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