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294 放課後のこと

 バレンタインデーはある意味放課後からが本番だった。


 今日は部活に出る予定はない、というか出たら出たで部活全体に支障が出そうだから今日は部活は出なくていいと監督から待機命令が出たらしい門脇は、放課後案の定囲まれていた。


 授業が終わるのを手ぐすね引いて待っていたらしい女子生徒達、それも上履きを見るに学年問わず集まった彼女達にプレゼント攻撃を受ける様は、この学校の伝説になりそうな程に派手な光景だった。


 その様子を周達は遠巻きに眺めていた。


 薄情者と言うなかれ。今彼女達の間に割って入ったら恐らく、否、確実に恨まれるし今後の学生生活に支障が出てきそうだ。


 それに、彼女達の好意自体は確かなものなのだから、他人が邪魔をしていいものではないだろう。


 そんな訳で、周達は全員人だかりが落ち着くのを待つしかなかった。


「お疲れ様」


 一時間弱かけて、ようやく人の波は引いていって、こんもり、いやどっさりと気合の入ったラッピングの施された好意の形が残された机と、人が居なくなったお陰で隠す事もないと疲弊も露な門脇の姿が見えた。


 朝の混雑があったのでまだマシな方なのだが、それでも朝以上に人が入れ代わり立ち代わりの状態だったので、あまりの門脇の人気っぷりに彼を昔から知る筈の樹が普通に引いていた。


「……待っててくれたんだね」

「や、待つしかないというか。取り込み中だったからな」

「滅茶苦茶疲弊してるのが分かりますねー、お疲れ様だわほんと」

「ありがとう。……今日一日近寄ろうとしなかったよね君達」


 ジト、と若干重さと湿度を感じる眼差しが周達に向けられたが、周達は顔を見合わせて。


「いや、うん、だってなあ」

「むりむり。私刺されたくない。視線がやばいのよあれ」

「ごめんなさい。彼女達の好意に邪魔を入れたくはなくて」

「人の恋路を邪魔したら馬に蹴られそうだからな。あとあの人垣を掻き分けて近付く勇気は流石に俺にはなかったよ。ごめん」

「そこ謝らないでよ……」


 この場に居る全員から首を振られて、門脇はくたびれた様子で椅子の背もたれに身を預けた。


 女子生徒達の愛情は少し机にぶつかるだけで崩壊しそうな山を築き上げているが、まだロッカーにも朝方の大混雑の証が詰まっているので、どう考えても彼の身に物理的に余る量だった。


「門脇さん、これ持って帰れるんですか?」

「……多分」

「ちなみにちゃんと持ち帰る算段はつけてるんだよな?」

「い、一応ちゃんと袋は用意してきたよ。腕の面積が足りるかはちょっと怪しいけど」


 去年を踏まえて今年は持ち帰るためのグッズを持ってきたらしい。


 が、まとめる袋は足りるかもしれないがそれを提げる腕がどう考えても足りなそうな辺り、今年も見積もりは甘いように思える。門脇にはどうしようもない事ではあるが。


 ちなみに、千歳と樹は門脇と中学も一緒で家も比較的近いので持ち帰りを手伝うつもりらしい。だからこそ、この時間まで門脇の周りが落ち着くのを待っていたようだ。


 去年放って帰ったら後で悄気られた、とは樹の談である。


「こんなに沢山あるもんねえ……いやー、ほんとごめんねゆーちゃん。私今からそこに一つ増やすから」


 数が多いと言いながらもしっかり用意していた千歳が、机のギリギリ空いているスペースに自分が用意したらしいバレンタインデーの贈り物をぽんと置く。


 よく知った友人から貰えるチョコレートは別枠で嬉しいのか、端整な顔を緩めた門脇に、多分それ他の女子に見せたらイチコロなんだろうな、とこっそり考えてしまう。


 ただ、すぐにそんな思考は飛んでいき、周の視線は机の上に置かれたチョコレートに釘付けになっていた。


 ラッピングは周がもらったものとは違うが、中身は?


「わ。ありがとう白河さん」

「千歳、お前まさか」

「大丈夫、周のと違ってゆーちゃんのは普通のオンリーだから」

「そこは俺のも普通のオンリーにしてくれたら嬉しかったな!」


 どうやら門脇にあげたものは特別製チョコレート特別抜きバージョンらしく、友人の胃が守られた事を喜べばいいのか、自分だけ変な特別扱いをされている事を嘆けばよいのか。


「まーた照れちゃってえ、このこのぉ」

「照れじゃなくて火照りなんだわ。想像で動悸がしてるんだわ」

「大丈夫、少なくはしておいたよ少なくは。レア枠だから」

「その言葉信じるぞほんとに」

「え、何入ってるの……?」


 具体的な中身を話していた時に門脇は居なかったので、千歳のお茶目なアイデアの末の産物が如何にギリギリを狙っていたのか、知らないのだろう。


「大丈夫、ゆーちゃんのは平気だから!」

「藤宮が平気じゃなさそうなんだよなあ」

「純粋に気遣ってくれるのは門脇だけか……」


 千歳はいけるいけると突っ走り、樹は死なば諸共精神。


 頼みの綱の真昼はストッパーになったはいいものの、危ない所にいかないように止めはするが千歳の自由意志を極力尊重してチョコレートそのものを作るのは止めてくれない。


 そんな中、何も知らないながら気遣わしげな視線を向けてくる門脇に、後で本日の労いも込めてジュースを奢ろうと決めた。


 真昼はというと、門脇が落ち着いた頃を見計らってそっとバッグから落ち着いた色合いのラッピングが施された箱を二つ、取り出した。


 一つは門脇に、もう一つは樹に。


「私からも門脇さんと赤澤さんに。お二人には極力人が減ってから渡そうと思っていたので遅くなりました」

「あー……嫉妬ばしばしだもんね。主に二人に」


 周と付き合っている事が広く知られているので誤解はないだろうが、それはそれとして真昼から友チョコを贈られるという事が妬みを引き起こしかねない。周囲の男子からしてみれば、真昼のチョコレートは義理であろうが二重に垂涎のものだろう。


「俺にもくれるの?」

「いつもお世話になってますから、普段からありがとうの意味を込めて。それに、周くんもお世話になってますもの」

「……おかんというか」

「待っていっくん、それ以上言うと周が照れ隠しに怒ってまひるんがしばらくフリーズするから」

「そうだな」

「何を言おうとしたのか聞かないでおくけどからかうのだけはやめろ」


 何となく何を言おうとしたのか想像はつくが、それを口にすれば自覚があるんじゃないかとからかわれる未来が見えていた。


「本心からなんだよなあ」


 そう言いつつも口元がひくひくと震えているので、間違いなく愉快だとは思っているだろう。

 つつくと余計な事を言うだろう樹にわざとらしく深くため息をついて、周はバッグを手に取る。


「え、何拗ねた?」

「ちげーよ。ジュース買ってくるの。疲れてる門脇のリフレッシュも兼ねて」

「え、じゃあ私オレンジジュース」

「オレサイダー」

「お前らなあ……」


 門脇用にと言ったのにしれっと買いに行かせようとする二人に半眼になれば「お金はちゃんと出すからー」とねだってきたので、仕方なしに承諾して残る二人に視線を投げる。


「門脇と真昼は何がいい?」

「え、いいの?」

「いいのいいの。ほら、何にする?」

「じゃあコーヒーで。ありがとうな」


 それぞれ選ぶものに個性が出てるなと思いつつ希望を口にしていない真昼を見ると、少し困ったような表情を見せた。


「真昼は?」

「私もついていきましょうか? 量が多くなってしまいますし」

「バッグあるから大丈夫だよ。あと」

「あと?」

「……多分、この量を袋に仕舞うの大変だと思うから、手伝った方がいいかもしれない」


 これ、というのは門脇に捧げられた、たくさんの甘い想い。


 一人で対処するには些か、いやかなり量が多いし、ロッカーにまだある事を考えたら早く撤収準備をしないと日が暮れてしまうだろう。


 贈り物に勝手に触る訳にはいかないが、門脇もこれを一人でどうにかしようとするのは流石に無理だと最初から悟っているらしく若干遠い所を見て現実逃避をしていた。


「ごめん、指示くれると助かります。俺はこういうの仕舞うの上手くないから……」

「そ、そうですね、この量は……すごいというか何というか」

「まひるんがドン引きする量ってすごいよね」


 改めて門脇の人気っぷりを目の当たりにしてたじろいでいる真昼に苦笑して、さっさと自販機に行って注文の品を手に入れようと周は静かに教室を出る。 


 バレンタインデーという事で、授業が終わって一時間以上経とうとも人の気配はちらちらとある。陸上部はないらしいが部活の生徒も居るので、遠くから生徒達の呼び声がふんわりと響いていた。


 通りがかりにちらりと教室を見れば見知らぬ男女二人の影が重なっている所が見えて、気まずさに急いで目を逸らしつつ静かに、足早に自販機に向かう。


「藤宮君」


 その途中で、声をかけられた。

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[一言] やっぱり来るよなぁ、さぁ、どう乗り切るかな
[気になる点] 誠と一哉は優太を助けてくれないんですか。
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