290 二人の決意
「お二人共、変わりましたね」
新年初の登校日、相変わらず授業が初日からあったが、樹も千歳も普段ならこぼすような文句を言わなかった。むしろ進んで授業に取り組んですらおり、事情を知らない優太が困惑する程だった。
どうやらあれから二人でしっかり話し合って、未来を見据えて生きていく事にしたようだ。授業態度はその一環だろう。
昼休憩もご飯を食べたと思ったら二人で教科書とにらめっこをしており、事情を知る真昼ですら困惑と感心が半々の様子を見せる。
「そうだな。……いいんじゃないのか、鬱屈としてるよりはずっと」
少なくとも、塞ぎ込むよりは、今の二人の方がずっとよい状態だと断言出来る。
「そうですね。それに、二人の将来のためにも、よい事だと思いますよ。教える側としても、気持ちが前向きになった方が飲み込みがよくなりますから」
「何か楽しそうだな」
「楽しいというか、千歳さんが目標を見つけた事が嬉しいのです。……いやいややっては、身に付くものも身に付きませんから。それに、友人として、お二人の仲のお手伝いが出来るのなら喜ばしい限りです」
勉強面では一番頼られる事になるであろう真昼だがそれを負担とすら思っていなそうで、寧ろ嬉しそうに微笑みを柔らかいものにするものだから、二人からしてみればよい友達を持ったものだろうなあ、と周も笑う。
周も真昼も視線の先には、いつもの明るさはそのままに、二人で真面目に机に向かっている姿があった。
時折千歳が教科書を睨みつけて解せぬという顔をするのが、笑ってはいけないのだがやっぱりちょっと面白かった。
「まあ、ちょっとスパルタで詰め込まないと大変そうだけど」
「そこは甘やかすつもりはありませんから」
「……うん、その点は心配してない。心配なのは千歳のキャパだな」
真昼が甘やかすつもりがないといった事は本当に甘やかす事はない。
彼女は教え込むと決めたら笑顔でビシバシ指導する。その時の精神状態や体調に合わせてある程度加減はしてくれるが、目標達成するまで真昼は笑顔の圧を鞭と飴のように使い分ける。それがその人のためになると分かっているからだ。
今の千歳の基礎学力的に指導の全てを受け入れる余裕があるだろうか、と成績を知っている身としてはちょっと心配になるのだが、真昼はそう不安でもないようで信頼の眼差しを千歳に向けている。
「大丈夫だと思いますけどね。千歳さん、要領自体はいいですから。今までやる気が上手く出力されていなかったというか詰まっていただけで、もう心配はないでしょう」
「つまりもうまひるーんと泣き付く事はなくなりそう、と」
「いえ、それは」
「まひるーん! 助けて!」
言い淀んだ所で千歳の席から泣き声のような悲鳴と共に救助を求める声が届いたので、真昼は苦笑しつつも「それとこれとは別ですから」と言って頼られた事が嬉しいらしく席を立つ。
「まあ、すぐにすぐ身に付く訳じゃないよな」
「そうですね、継続あるのみ、です」
ちょっと真面目に取り組んだだけで身に付けば苦労はしないよな、としみじみしつつ、その努力は素晴らしいものだし手助けも厭わないつもりなので周も一緒に二人の元に向かうのであった。