29 天使様と不本意な出会い
「メリークリスマス!」
そしてやってきたクリスマス。
学校は既に冬期休暇に入っており、恐らくみな思い思いの過ごし方をしているであろうこの日、樹と千歳は荷物を抱えて周の家に集合していた。
時刻は十三時頃。
テーブルの上には既に宅配を頼んだピザやジュースが並んでいる。こんな時間になったのは、予約していたといえどクリスマスの混雑には敵わなかったので遅れてしまったからである。
昼食にするには問題ない時間であるし、二人も昼を過ぎてからやってきたうえ、そう待ってもいないため、皆気にした様子はなかった。
「はいはいメリークリスマス」
「周ノリがわるい! もう一度」
「Merry Christmas」
「発音よく言ってるけどやっぱりノリ悪いね?」
元々テンションが高い千歳と一緒にしないで欲しかった。
樹はこれでもテンションはあげている方だと気付いているので千歳をなだめつつ、いつものややチャラいながらも爽やかな笑みを浮かべている。
「まあまあ。そんな事はいいだろ、とにかく食って遊んで寝ようぜ」
「うちで寝んな馬鹿」
「冗談だよ。寝るならちぃんちで寝るし」
「親が居ない内にしとけよ」
「えー、周ったら何すけべな事考えてるのー?」
にやにや笑いの千歳はスルーしておき、周は食器とコップを取りにキッチンに向かった。
千歳はつまらなそうに唇を尖らせたものの、手伝うーと言いながら周の後ろをついていく。
キッチンは、当然ながら綺麗に整理整頓されている。最早真昼のテリトリーであるため、彼女が使いやすいように各種道具や調味料が並べられていた。
「意外なまでに綺麗だね」
「そりゃどーも」
適当に流して食器棚から小分け用の小皿やらコップやらを取り出して千歳に半分ほど渡していると、千歳は食器棚をじーっと見つめていた。
「……なんだよ」
「べつにー?」
にまー、という笑みに何だかねっとりとしたものを感じたので背筋を震わせつつ、あくまで無視の方向を決め込む。
ものすごく彼女の中で多大なる誤解的な何かをされている気がしたが、口にはされていないのでそれが何かまでは分からないのだ。
ほんのり上機嫌になっている千歳に頬をひきつらせつつ、周と千歳は樹が待つリビングに戻った。
「しかしまー綺麗だねえ部屋。広くてゼータク」
部屋に置いたオーディオから流れるクリスマスっぽい音楽を聴きながら食事をあらかた摂り終えたあと、一息ついた千歳は三人しか居ないリビングをぐるりと見回して呟く。
広いのはここを借りている両親のお陰であるし、綺麗なのは真昼が掃除を手伝ってくれたからなのであまりコメント出来ず「そりゃどーも」とだけ返すに留めておいた。
「まあ一時期すごかったよなー。よく綺麗になったもんだ」
「うっせ」
「うんうん、女の匂いがするねー」
「何でそうなる」
部屋が綺麗になった、から何故女の存在に繋がるのか、周にはちっとも理解出来なかった。
「んー? 何となくかなあ。周の性格的にちょっと掃除の仕方が違うかなって。本の並べ方とかコードとか傷まないようにまとめてたりとかもあるんだけどさー。周の趣味じゃなさそうな食器幾つかあったんだよねー」
「……母さんのだし」
「ふーん?」
一応奥の方に仕舞っておいたものの、食器を取り出す時に千歳に見られていたらしい。
周の食器だけでは足りないので真昼がいくつか自宅から持ってきていたのだが、まさかそういった細かいところによくもわるくも大雑把な千歳が気付くとは思わなかった。
「ま、別にいいんだけどー? ねーいっくーん」
微妙に反応が遅れた周を意味深に見た千歳は、にっこりと笑って樹にもたれかかる。
こうしてくるのはいつもの事らしく、特に驚いた様子もなく千歳に手を伸ばして膝の間に座らせていた。そのまま彼女の体を包んでいるので、なんというか非常に直視しにくい。
「人んちであんまいちゃつくな」
「うらやましいー?」
「別に」
羨ましいというよりとにかくいたたまれなくなるので止めてほしいのだが、彼らはこれが通常運転なため注意もあまり効果がないだろう。
樹とくっついてご満悦そうな千歳は樹の胸に体を預けつつ、天井と樹の顔を見上げている。
「……今頃みんなこうしていちゃいちゃしてるのかなあ」
「血涙を流すやつらが居るのも忘れないでやってくれ」
みんなこうしている、なんて事はありはしないだろう。家族と過ごす人間も居れば友達と過ごす人間も居る。一人の人間だって居るだろう。
独り身を屈辱だと捉える人は結構に居るので、千歳の発言は外に出したら危ない気がした。
「男子ってそんなに恋人欲しいものなの?」
「そうなんじゃないのか。俺はそうでもないけど」
「そりゃ周が変わり者だからな気がするけどな」
「うっせ」
「まあクリスマス前ってみんな浮き足立ってるよねえ。特に独身男子。この間天使様のところに押し掛けてクリスマスの予約とろうとしてみんなばっさり切られてて屍の山が築かれてたよ。なんでも約束してる人が居るから無理です、だって」
「へえ」
その約束の相手は、自分なような気がする。
体のいい断る理由になっている気がしなくもないが、断る事で痛む真昼の良心を考えればいくらでも使ってくれて構わない。どうせ名前は出していないのだから問題ないだろう。
「その時の男子の絶望の顔がやばかった。失礼ながら笑った」
「笑ってやるなよ」
「だってさ、普段から関わりないのにイベントにかこつけて一緒に過ごしたいってそりゃ無理な話でしょ? その前から仲を築けなかった時点で出遅れてるんだしさ、仲良くないけどこれから仲深めよう一緒に過ごそうって都合がよすぎなんじゃないかなーって。あとそういう輩に限ってみんなでパーティーとか言いつつ二人きりになろうとするんだよ。女子からしたら怖いし」
そんなのについてく尻軽じゃないしなー、と舌を出してる千歳は、嫌なことを思い出したのか樹にくっついている。
千歳も真昼とは違ったベクトルでの美人なため、色々とあったのだろう。もてる女は人間関係に悩まされるのだな、とちょっと可哀想になった。
「まあ椎名も大変だな、色々誘われて」
「……周ってほんとに天使様に興味ないよね」
「まあな」
「お隣さんが周にとっての天使様だもんねえ」
「追い出すぞ」
「いやん」
しつこい、とほんのり強めに睨むとおどけた風に「こわーい」と樹にしがみつく。
「でもお隣さんにお世話になってる事は否定しないんだね」
ぐ、と言葉をつまらせると、千歳は満足したように笑った。
「睨まないでよー。ごめんって」
あまり反省していなさそうな声音で謝った千歳をもう一度睨めば「きゃー」なんて可愛らしい声をあげて樹とべったりして……それから、ふと樹の背後にあった窓に目を向けた。
そちらを見て固まったので何事かと周もつられて窓を見て、青空の背景にふわりと白いものが落ちていくのが見えた。
「……あ、いっくん見て! 雪だ!」
「おー、ホワイトクリスマスってやつかー」
十二月後半ともなれば、雪が降ってもおかしくはない。
晴れているのに雪が舞い降りるというのはやや珍しいが、恋人たちにとっては嬉しいものだろう。
まだ夜ではないが、気温的に恐らく夜までちらちらと降っていそうで、聖夜を雪化粧してくれるにちがいない。
さぞカップルが喜ぶんだろうなあ、と思いながら、身近なカップルが窓を開けてベランダに出るのを見守った周は「どうせしばらくそこでいちゃつくだろうし、温かいものでも準備しとくか」と立ち上がったところで――ベランダから、すっとんきょうな声が聞こえてきた。
「へ? な、何でここに」
「え、え?」
「あっ」
最後に聞こえてきた声は、最近聞きなれてきた、どこか甘さを感じる涼やかな声だった。
猛烈に、嫌な予感がする。
ベランダで二人が固まる気配を感じながら慌てて駆けつければ、ベランダでは丁度雪を見に出たらしい真昼が、柵越しに二人と出くわしているところだった。





