280 友人達とのお祝い
「改めまして、まひるん誕生日おめでとー!」
学校では真昼の誕生日を大っぴらにしないためにも大きな声は控えていたらしく、千歳は周の家に来た途端実に明るい声で拳を天に掲げながらはしゃいでいた。
その様子を微笑ましそうに、穏やかに見守るのは木戸と門脇。元気だなあとうっすら苦笑しながらも柔らかい笑みを真昼に向けるのは樹だ。
本日は部屋の飾り付けを手伝ってもらった面々を招待しての、誕生日会の二次会といっていいだろう。
「お誕生日おめでとう椎名さん」
「ありがとうございます、皆さん」
誕生日そのものをどうでもいいものだと切り捨てていた真昼はもう居ない。浮かんだ表情は安堵と淡い歓喜。
仲の良い人達に祝われて喜んでいる姿を見て、周も純粋に真昼が誕生を喜べるようになってよかったと内心で安心してしまった。
「うふふ、これでまひるんも私と同い年だー。年下だったもんねえ」
「傍から見たら元々真昼の方が大人びてるけどな」
「私の言動に何かご不満でも?」
「なんでもないですー」
「……ちぃはなあ」
「はいそこ、何か言いたい事でも?」
「なんでもないでーす」
彼氏である樹からしても千歳の言動には少し思う所はあるのだろう、ただそれを口にすると矛先が確実に自分に向くとも理解しているらしい樹はへらりと笑うだけでそれ以上は続けなかった。
「さて、昨日はたくさん周にお祝いしてもらったと思うので、本日は我々からお祝いさせていただきますとも」
「私はもう皆さんから充分お祝いしてもらったというか……飾り付けも皆さんでしてくださったのでしょう? すごく素敵でした」
「んふふ、まひるんの好みについては周にも負けないくらいには把握してますので」
「むしろそっち方面に詳しいのは千歳の方だろ。俺はやっぱり真昼がこういうの好むんだろうなってのは分かるけどピンポイントに喜ぶものをすぐには思いつけないからさ。いつも助かってる」
勿論、真昼の好みは周も理解しているが、それが「これ!」と決め付けられる程かと言われればノーだ。
そもそも好みが分かっていたとしても、その好みの中から一番のものを拾い上げたり、その好みの一つ一つを上手く組み合わせるような能力は、持ち合わせていない。千歳のようなセンスはないし同性ならではのチョイスには負ける。
こと真昼の好みについては抜群のセンスなので、その点について千歳の能力は疑うべくもない。
「ふふん、もっと頼りたまえ敬いたまえ」
「ははー」
「二人ったら」
ここは素直に頭を下げておこうとひれ伏すポーズを取った周の後頭部に真昼の困ったような、それでいておかしそうに軽やかな笑い混じりの声が落ちてくる。
「という訳で私からはこちら。いつもまひるんが使ってるスキンケア用品の限定パッケージ版です。圧倒的可愛さ」
「千歳さん、ありがとうございます。よく覚えてますね」
「そりゃ何回もお泊りしてますので〜。羨ましいか周」
「何でドヤ顔してくるんだよ……別に俺も真昼が使ってるものくらい知ってるし」
真昼は、自分磨きに余念がない女性だ。スキンケアについても一家言あるようで、長年色んなものを試してきて、今は自分にあったものを見つけ出して継続使用しているそうだ。
真昼が泊まる際に使っているのを何度か見ているので、周としては覚えているのも当たり前であった。
「あらあら」
「まあまあ」
別に特にそういった意図は全くなかったのだが、スキンケアの内容を知っているという事は、と連想したらしく樹と千歳が仲良く笑顔を向けてくるので、周は頬をひくつかせながら瞳を細めて彼らを捉える。
「そのにやにややめろ。お前らが想像する事は何もない」
「あらー」
「……ちーちゃんも赤澤くんも懲りないよねえ」
「ほんとね。藤宮がからかいすぎると照れて怒るのは分かってるのにな」
「分かってるなら止めてくれてもいいんだぞ、門脇と木戸」
「止めてもやると思うよ?」
「それはそう」
彼らが親しみを込めてこちらを弄ってくるのはいつもの事だし、悪意もなにもないこちらも冗談として受け取っているのだが、それはそれとしてからかわれ続けるのも面白くないのでか、傍から観察している二人にもストッパーになってもらいたいものである。
真昼はというと千歳からもらったプレゼントの箱を撫でながらにこにこと頬を緩めているので、千歳を止める気はなさそうだ。言っても止まらない、と分かっていそうなのもあるが。
「よく手に入れましたね……これネットで抽選販売だったと思うのですけど」
「そこはまあ私の運のよさですよ」
「苦労したでしょうに……本当にありがとうございます」
「いえいえ。ほんとはリップとかも可愛いかなとか思ったんだけど好みの色もあるしそこは周に買ってもらった方が嬉しいかなって。むちゅむちゅしてもらうために」
「千歳さん!?」
「じょーだんじょーだん」
「ちぃはからかいすぎるなよ、そこの守護者が指を構えるぞ」
「指だけで何が出来ると」
「デコピンは出来るだろうなあ、試す?」
「え、遠慮しときまーす」
親指の腹に中指を引っ掛ける形で丸を作りつつ中指に力を入れている姿を見せると、千歳は若干口の端を震わせながら首を振った。
その姿にウケたらしい樹がお腹に手を当てて笑いだしたので、お前はもっと彼女を制御しろという忠告で睨んだものの効果はなくむしろ更なる笑いを引き出したらしい。
こいつめ、と送った冷たい眼差しも何のその、ひとしきり笑った樹は瞳の端に滲んだ涙を拭って、側に置いていたトートバッグからラッピングされた箱を取り出す。
そのまま両手で丁寧に真昼に差し出すので、あまりの変わりように当の真昼が若干動揺しているのが見えた。
「オレと優太からはこちらです。ご査収ください」
「そ、そこまで仰々しくしないでも……門脇さんまでありがとうございます」
「いえいえ、お祝いさせてもらえる機会をいただけて光栄だよ」
「中身は周が確認しておく?」
「何だ、不埒なモンでも入れたってのか……と思ったけど門脇と共同ならありえないな」
ないとは思いたいし何だかんだ常識人ではあるので変なものを入れるとは思ってないが、それはそれとして千歳と組むと万が一、くらいの確率で真昼の背中を押そうとするよからぬものを入れる可能性があるかもしれない。
ただ今回は門脇と相談した、との事なのでまず安心である。
「オレへの信頼ィ」
「自分の今までの言動を振り返ってくれ」
「……そこまでじゃ、ないよな?」
「あはは、うーん」
「そこで優太は庇ってくれてもいいんだぜ」
「椎名さんに対しては無礼はしないと思うよ」
「そうだな、真昼相手にはしないだろうな。安心した」
「この扱いの差よ」
「うんうんそうだな」
「優太ってたまにオレに辛辣だよな」
何だかんだ昔から仲がいいらしく軽いやり取りも良くする二人だからこそのやり取りだろう。
門脇は普段はにこにこと笑って温厚で誠実さの塊みたいな男なのだが、こういうのを見ると彼も年相応のお茶目さのある男なんだなというのをしみじみと感じてしまう。たまにこちらもからかわれるのは、門脇に親しいと認められているという事なのだと思いたい。
「ちなみに中身は、あー」
「何で言いよどんだんだ」
「いやプレゼントに相応しいかは分からないなって。二人で相談したんだけどね」
彼女ならともかく友人女性に贈るとなるとそれなりに悩んだらしく、二人してほんのりと渋い顔、というより苦笑いに近いものを浮かべているので、余程プレゼント選びに難航したのだろう。
周としては二人のセンスは疑っていないのだが、あまりに二人が微妙な顔をしているので少し心配してしまう。
「……何にしたの?」
「ちょっといい出汁セットを」
「じ、実用的……」
千歳の思わずといった声に、周も確かに非常に実用的だ、という感想を抱いた。
「砥石を欲しがっていたって聞いたから、流石に砥石は無理だし多分料理関係で実用的なのがいいよね……って。これなら藤宮にもお得だし」
「ちょっ、周くん砥石の事言ったんですか!?」
流石にこれは女子高校生の欲しがるものではないと自覚していたらしい真昼が情報漏洩者にすがりついてくるので、その当人である周は「ご、ごめんごめん」と恥じらいからほんのり頬を染めた真昼に情けない声で謝罪を繰り返す。
人に言われたくない、というものではないらしいが大々的に言うのも嫌らしい真昼がジト目でこちらを睨む、というより鋭さ的には強く見上げてくる程度のものだが不満を向けてくるので、周は宥めるように肩をポンポンと叩く。
「でも砥石は欲しいんだよな」
「欲しくない人居ますか?」
「私はそこまで専門的なものはまだ早いなーって感じかな」
「私もー」
「俺はそもそも料理にそこまで意欲を持ってないから……」
「オレ的には適度に切れればいいかなって」
「み、味方が……」
この中で料理を趣味としている人は居ないので真昼の意見に賛同する人は現れず、そんなぁと言わんばかりに眉を下げている真昼に、周は慰めるように優しく頭を撫でる。
「真昼、大丈夫だ俺が居る。それはそれとして俺は宝の持ち腐れなんで必要ないけど」
包丁の研ぎの大事さは分かるが、周には使いこなせないので簡易研ぎ器でいいや派なので全面的に味方は出来ない。
あくまで周視点ではあるが分かりやすくむくれた真昼の可愛さに頬がにやけそうになるのを堪えていたら、周が何を我慢しているのか分かったらしい木戸がにこにこしているので気恥ずかしさにそっぽを向いた。
「まあ、そんな訳で使いやすくて気兼ねなく使える実用品且つ消耗品が無難かなって事でいいお出汁を取れるセットを。これで藤宮の胃を更に鷲掴みにしてください」
「俺掴まれすぎて胃が捩じ切られるんじゃないかな」
「ふふ、その時は責任持って面倒見ますので」
「わお、愛だねえ」
その言葉に肯定も否定もせずにただほんのり恥ずかしげに微笑む真昼に、周は胸の奥をつま先で擽られるようなむず痒さを感じて視線がさまよう。
それが恥ずかしさと嬉しさの中間を行ったり来たりしているが故のもどかしさだとは理解していたので口に出す事はしなかったものの、唇の動きには出ていたのか「藤宮くん、ここ学校じゃないし別に素直になってもいいと思うけど」と揶揄の色は一切ない声が木戸から飛んでくる。
「……余計な事は言わなくてよろしい」
「あははごめんごめん。藤宮くん、すごくもどかしそうにしてたからさあ」
「素直じゃないなあ周も」
「だまらっしゃい」
「こういうトコこういうトコ」
「黙ってくれ」
「いやん言葉が強くなってる」
「あはは、みんな考えてますねえ。私は……というか叔母様となんだけど一緒に決めたよ。誕生日プレゼントで悩んでこちらになります」
通常運転の樹を笑顔でスルーしている木戸の馴染みように感心していると、木戸はバッグから可愛らしい封筒を取り出した。
今までとは趣旨の違うプレゼントにぱちりと大きく瞬きをする真昼に、木戸は茶目っ気たっぷりのウインクも一つ真昼に贈っていた。
「アフタヌーンティーのペアチケット。バトラーがサービスしてくれる所です。叔母様のツテで入手させていただきました」
「糸巻さん顔広すぎないか」
「私も思う。怖いよねここまでくると。相談した結果がこうだよ」
直接関わりのない糸巻にまで祝福してもらって、真昼も恐縮なのか少し戸惑う様子を隠せていない。
瞳にはそんなに気遣ってもらっていいのだろうか、という気持ちがありありと出ているのだが、木戸もそれに気付いているらしく「私のお友達だし藤宮くんの事も気に入ってるみたいだから」と半分本人も困りながらフォローを入れていた。
「藤宮くんも甘い物嫌いじゃないだろうし、接客の時の立ち振る舞いとか態度が参考になるかもねーって。ちなみにここのホテル提供されるもの全部滅茶苦茶美味しいから椎名さんにも参考になるものがあるかと思って」
「ありがとうございます……糸巻さんもまだご挨拶にも行けてないのに」
「藤宮くんが呼んでくれるまで我慢なんでしょ? 叔母様もそのあたりは理解してるから安心して」
「うっ、なるべく早く慣れます」
遠回しにチクリとされても仕方ないのは理解しているので、周としては頭を下げるしかない。
一応接客には慣れてきているし大分バイトそのものに馴染んできてはいるものの、やはり失敗する事もあるし情けない姿を先輩や茅野に晒している。
出来る事ならちゃんと一人前になった姿を見てほしい、というのは周の我儘であり見栄であるのだが、彼女に立派な姿を見せたいという気持ちは譲れなかった。
「早くしてくれよなー、オレも見たい」
「私も私も」
「お前ら茶化しにくるだろ!」
「やだねー疑り深いんだから」
「信用できねえ……」
樹と千歳を連れてくると十中八九、どころか九割九分九厘くらいはからかってくるので、出来る事なら二人をバイト先に訪問なんて阻止したい所である。
「……早く、周くんのカッコいい姿、見せてくださいね?」
「善処します」
仕方ないのだが真昼にまでそこはかとなく急かされているので、待たせ過ぎも良くないと周はもっとバイトに力を入れようと心に決めた。
にこにこ、とほんのり圧がある真昼に千歳がけらけらと笑ったので横目で見れば、千歳は全く悪びれずに舌をぺろりと見せてくるので周はそっぽを向いて千歳のからかいを流した。
「皆さん本当にありがとうございます。私のためにこんなに……本当に恵まれていると痛感します」
もらったプレゼントを抱えてはにかむ真昼は、純粋に喜びで表情が満たされている。
昨日たくさん泣いたからか少し耐性が出来ているらしく涙をこぼしはしなかったが、それでもいつもより瑞々しさが溢れそうなカラメル色が目立っていた。
「真昼はもう少し強欲になってもいいと思うんだけどなあ」
「そうそう。駆け引きのためのわがままは大いにありだと思うよまひるん」
「……変な事を吹き込まれそうな気がするが、それはそれとして真昼はやっぱりもっと欲張ってもいいし甘えてくれていいからな」
真昼を知る誰もが認めるのは、彼女は自分から人に何かを欲しがったりねだったりする事のない、控えめで何でも我慢しがちなタイプだ、という事だ。
本人は自分が我儘だ、なんて評する事があるが、真昼の我儘など可愛いものであるしそれが我儘なら世の中強欲人間だらけだと断言出来る。
本人の性質上一人で何でもこなしてきたしこなせる器量があるからこそ頼る事が苦手な節があるので、彼氏としてもっと甘えてもらえるように周としては努力していくつもりだ。
「さすれば周が甘やかしてくれるでしょう。絶対」
「……か、考えておきます。それに、昨日はたくさん、甘やかしてもらったので」
「へー。その話詳しく。ほら私達以外誰も居ないしさあ」
「おいこら」
別に何かやましい事があった訳ではないが、それはそれとして二人で過ごした時の出来事をあれこれ聞かれるのは流石に気恥ずかしいものがある。
文化祭後のお泊りについては細かく話していないとは信じているが、千歳の誘導に真昼が逃げられるか危ういので今度話が洩れていないか真昼に聞くべきだろう。
周が止めるものの、千歳は清々しいまでの軽やかな笑顔で真昼ににじり寄っている。
真昼は困ったような、それでも拒否は感じない曖昧な笑みのまま千歳に抱きつかれてそのまま少し離れた位置まで誘導されていくので、彼氏としては言わんこっちゃないと額に手を当てた。
嬉しい事は人と共有したいタイプの真昼だ、本当に秘密にしたい事以外は親しい相手なら押されれば話してしまうので、何を喋るのか不安なのだが……ふと、真昼から一番離れた位置で座っていた門脇が少し悩ましげに眉を下げていたのが、見えた。
「門脇、どうかしたか?」
小さな声で尋ねれば、自分でどんな表情をしていたのか気付いたらしくより困ったような笑みになる。
「いや、改めて思うんだけど、俺ここに呼ばれてよかったの?」
「そこで遠慮するのが門脇くんの慎ましさというか。でもこの場でお口に出しちゃうのはよくないなー」
小さな声だったが木戸にも聞こえていたらしく、木戸はめっ、と嗜めるように、しかし怒りや憤りは一切ない優しい眼差しを門脇に向ける。
「ごめん」
「そういう申し訳無さそうな顔した方がよくないからな?」
「ぶっちゃけ私の方が門脇くんより椎名さんとの付き合い短いから、門脇くんの台詞は本来私のものなんだよなー」
「でも木戸は気負ったり不安がったりはしてないよな」
「んー、椎名さんは私の事割と認めてくれてるのかなあと態度で感じるのですこく不安までは。椎名さん、内側に入るとすごく分かりやすいし」
気負いなく、自然体でにっこり笑ってみせる木戸からは、自分の発言を欠片も疑っていないのが見える。
趣味は人間観察、と言っている木戸は、筋肉だけ見ているのかと思いきやきっちりそういう機微まで把握しているようで、周としては理解者が増えて嬉しい分色々な所が見透かされていてこそばゆさもあった。
「木戸さんってそういう所割と自信家だよね」
「自信家っていうか、好意的な態度だと感じてるし友達だって感じてるもん。あと椎名さん私がそーちゃんラブなの理解してくれてるから、変に疑うとかもないし安心してくれてるんじゃないかなあ」
「なるほど」
「なんでそこで納得するんだよ門脇は」
「いやねえ」
「いやねえ」
「なんなんだ」
「ほら、文化祭で割と藤宮くんってこう、きゃっきゃされてたじゃん?」
「きゃっきゃ……?」
「あの人よくなーい? 的なサムシング」
「隣にモテの権化みたいなやつが居るから素直に頷けないんだけど」
模擬喫茶店での声の多さは群を抜いて門脇を褒めるものが多かった。周も全く褒められていないとは言わないが、門脇への熱烈なラブコールにかき消される程度のものだし、甘いものを含んだようなものではない。
だというのに、木戸は「ちっちっち」と分かってないなあと言わんばかりの生ぬるい眼差しで立てた人差し指を横に振る。
「藤宮くん、ジャンルが違うのジャンルが」
「ジャンル」
「門脇くんはこう、爽やか王子様系優しい好青年のトップ層だけど」
「俺、それに頷かないと駄目かなあ」
「門脇くんはここで頷いてください。それで、藤宮くんはぱっと見人嫌いでダウナークール系だったのに文化祭で百点満点のスマイル無料しちゃったからその寒暖差が作用したというか」
「何言ってるんだ」
「これは本気です! 自称目立たない藤宮くんが文化祭でバッチリ決めた姿でにっこりしたもんだから、今まで知らなかった藤宮くんのギャップにときめいた人も一定数居るという訳です」
「門脇、わかる?」
「うーん」
「なんでそこは同意してくれないのー!」
「ま、まあ、藤宮は自分が思うよりは今結構見られてるって事は確かだと思うよ。椎名さん抜きで、藤宮が。そこが椎名さんはひやひやする点だった、というか現在進行形でそうだと思うし、そういう懸念点がないってのは友好的な関係を結ぶに当たって大きなアドバンテージになっている、という事じゃないかな」
「そゆ事です。門脇くんは言語化がお上手」
はなまるあげちゃう、と満面の笑みで拍手する木戸は、呆れと困惑が半々の周に屈託ない表情を見せる。
「まあそういう点を考慮して、椎名さんはお友達として仲良くなってくれたんじゃないかなぁと思う訳です」
「それが正しいかどうかは置いておくとして、木戸の言いたい事は分かったけど……それが全部じゃないと思うけどな」
「全部じゃない?」
「まあ仮にそういう点があるとしても、多分真昼は木戸が普通にいい人で好きだから仲良くなったと思うけどな」
「ふへ?」
周から出た言葉が意外だったのか、気の抜けた緩い声が木戸の口から洩れた。
何でそこで木戸が首を傾げるのか、周が首を傾げたいくらいなのだが、本気で分かってなさそうな木戸にどう説明したものか、と少し考えた後、ゆっくりと口を開く。
「いやほら、木戸って面倒見いいし、いつも人当たりがよくてにこにこしてるし、人が困ってたら手を差し伸べるタイプだろ。よく人を見てるし、助けが必要な時とない時見極めてから過不足なくしてる感じがするっていうか」
真昼は、下手をすれば周より根深い人見知りだ。
表面上完璧なコミュニケーションは取れるし人好きするような振る舞いも出来るが、殻の内側には易々と入れない人間なのだ。千歳が強引に突破出来たのは周の知り合いだったから、という点が少なからずある。
周が親しくなれたの自体奇跡以外の何者でもないのだが、それはさておき、とにかく真昼自身はあまり人を寄せ付けない気質だ。
それは天使様をやめた今でも緩和されているが変わらず、前よりもクラスメイトと打ち解けたとはいえ本音を口にする程でもなかったのだが……木戸の柔らかく穏やか且つ世話焼きな気質が、真昼のセンサーに引っかかったのだろう。
「裏表がなくて、いつも笑顔で、程よく距離を取りつつさり気なく気遣ってくれて。好きな事になるとちょっと勢いつきすぎるけど、裏を返せばそれだけ夢中になれる一途さがあるって事だし、他人に迷惑はかけない範疇でやってるだろ。そういう所が真昼からしてみたら好ましいと思うだろうし、仲良くなりたいなって思ったんだと、思う」
基本的に穏やかで常識人な人が好みらしい真昼からすれば、木戸は条件にぴったり当てはまるのではないだろうか。
勿論好みだから云々ではなくて、木戸と接してその人柄を好ましいと思ったから交流を続けているのだと分かる。でなければ真昼が家に招かないだろう。周の家であるが、真昼的には最早自宅も同然で、そこに入れてもいいと思っているのだから心を許していると分かりやすい。
「真昼は俺の交友関係の狭さを少し心配してる節があるけど、俺からしてみたら真昼の方が心許せる友達が少ないからさ。木戸みたいな子が真昼と仲良くなってくれるのは、嬉しいし、俺も木戸と仲良く出来るのは嬉しいよ」
思った事そのままを口にしただけなのだが、全て聞き終えた木戸が非常に何かを言いたそうにへちゃりと眉を下げてこちらを見てくるので、何なんだと今度は門脇を見たら、彼は隠しきれない、呆れとも感心とも取れる表情で肩を竦めた。
意味が分からなかった。
「……それ真正面から言えるのすごいよね。照れちゃう。そういう事なんのてらいもなく言えちゃうの、椎名さんが惚れ込むのも分かるなって思うし、椎名さんが心配しちゃうんだろうけど」
「それは同感だね」
「何でそこで門脇も同意するんだよ」
「いやねえ」
「いやねえ」
「あのなあ」
この二人そこまで接点はなかったように思えるが、何故か今日は意気投合したと言わんばかりの息の合い方をしていて周が困惑する程である。
「いやほら、藤宮って仲良くなったやつには滅茶苦茶素直じゃん?」
「素直とか言われても。むしろ捻くれてる側だぞ」
「認識が歪んでますねえ」
「ますねえ」
「あのなあ」
「んー、藤宮くん、他意がないのは分かりきってるんだけど、こう、たまにどストレートに投げてくるからさあ。言い方は悪いんだけど、その意図がなくても、あらぬ所で被弾する子が現れる場合がなきにしもあらずで」
「……つまり?」
「知らない間に他の女の子に好かれる事がまあありえるよね、彼女としては本人が自覚なくてヒヤヒヤしてますよって話」
「……俺にぃ?」
「あっこいつ信じてないぞ」
どうやら黙って話を聞いていたらしい樹が耐えきれなくなったのかツッコミを入れてくるので、周が視線をそちらに向けると真昼と千歳も話が終わったのか側にやってきていた。
「周くんの魅力は今日来た皆さんが認めてる事だと思います」
「多分それ真昼の欲目百パーセントくらい入ってる」
話に入ってきた真昼の言葉に胡乱な顔をしてしまったのだが、真昼がこちらを見て、周は反射的に居住まいを正した。
真昼は、とてもいい笑顔だった。
「周くん」
「はい」
「その自身の見積もりの低さについては後々色々とお話したいですが今は置いておきます。……周くんは、今自分磨きを続けて、少なくとも前よりは自分に誇れる人になったのでしょう?」
「はい」
「今の周くんを認めているのに、無闇矢鱈に称賛を否定するのはよくない事です」
「肝に命じます」
真昼の言い分は理解出来るので反論を考える事はないのだが、それはそれとしてやっぱり過大評価なのでは、と思わなくもない。
ただ、それすら見透かしたように真昼が美しく微笑んだので、身震いして要らない思考を追い払った。
「ほんとに椎名さんには型なしというか弱いな」
「おだまり」
真昼に弱いのは当の周が一番自覚しているので、わざわざ樹に言われるまでもないし、言われると腹立たしいので自分が悪いとは分かりつつも樹に鋭めの声を刺すと、彼は彼で分かってますよと言わんばかりに手をひらひらと振った。
「まあ、周くんが……その、他の女性に目を向けるとは、思ってません。周くんは、私の事だけを見てくれるので」
「ひゅーひゅー」
「そこ茶化さない」
「はい」
ぴしゃりと千歳の冷やかしを切り捨てた真昼に、少しだけ小気味良さを感じてしまったのは悪くないだろう。
「……それはそれとして、その、他の子から言い寄られてるのはいい気分じゃないので、気をつけてくれたら、私が安心するというか……身勝手ですけど」
「真昼が不安がるのにわざわざ進んで近付く訳ないだろ? 距離には気を付けます」
やはり真昼もそこの所を心配しての言動だったのだと改めて認識したので、こちらも改めて真昼の不安を取り除くべく、揺るぎない自信の下言い切ってみせる。
真昼以外の女性に靡くなんてまず有り得ないし、真昼の愛情を確認したいからなんて理由で他の女性を求めるなんてもっと有り得ない。試し行動をする程、周は愚かでも考えなしでもない。
やきもちをやかれるのが全く嬉しくないと言えば嘘になるが、やきもちをやくという事は真昼を不安にさせる事で、それを進んでやるなんて彼氏として論外だろう。
「というか、俺と真昼が付き合ってるのって周知の事実だろうに、言い寄るのとかあり得るの?」
振り返れば恥ずかしくなるのであまり積極的に思い出す事はないのだが、周と真昼が結ばれるきっかけになったのは体育祭の借り物競争だ。
競技中、観衆が見守る中で大切な人宣言されたのだから、恐らく全校生徒に知れ渡っている筈である。
その上で牽制込みでしっかりと真昼の隣に堂々と立つようになったし、あまり認めたくはないが樹達曰く「いちゃいちゃしている」そうなので、客観的に見て最早他人が入り込めるような隙なんてないのではないだろうか。
「まひるん今でも好きだって言われる事はあるよ、大分減ってはいるけど。周にもあり得るんじゃないの?」
「む。だけど今の所は俺にはないからなあ」
木戸の言う事に完全に納得がいかないのはここのせいでもある。
真昼からは褒められるし樹達からも変わったと言われるが、では所謂モテ期が訪れたのかと言えば間違いなく否だ。真昼以外周を好きと言う女性には今の所出くわしていない。
確かに文化祭の時に多少よく思われた声が聞こえたが、その後は何ともないし、クラスメイト達も変わらぬ接し方をしてくれている。
故に褒められてもイマイチピンとこないのでその度に首を捻るのだが、千歳の「分かってないなあ」というため息混じりの声に思考を中断させられた。
「あれだよね、周にはまひるんみたいなこう、みんなから好かれるってのはないけど……こう、なんというか」
「極一部から本気を向けられそうではあるよな」
「想像出来ないし、そもそも仮にあったとしても俺は受け入れるつもりはないけど」
「まあ、つまり気をつけてくれって事だね。周が余所見するとかは全く心配してないけど」
真昼以外を見るつもりは全くないし好意を向けられても応えられないから困る、と眉を軽く寄せた周に、千歳はからかうでも笑うでも呆れるでもなく、ただ静かに注意してくるので、周は神妙な面持ちで頷くしかなかった。