表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
270/310

270 久々(?)の対面

 今日は三者面談という事でバイトは当然休みを入れており、三者面談が終わった後は志保子を伴って自宅に帰った。


 いつもの事ではあるが、真昼は周宅で時間を過ごす事が大半であり、今日ももれなくリビングで周の帰宅を待っていたらしく、解錠音で帰宅に気付いたらしく玄関まで小走りでやってきていた。


 これに志保子が驚かなくなっている辺り、志保子にも当たり前の日常に思われているようである。


 そう思われている事に不満を抱けばいいのか恥ずかしがればいいのか、最早分からなかったがあまりに普通の事として突っ込まれすらしなかったので、もう諦めるしかないのだろう。


「志保子さん、こちらに来ていたのですね」


 文化祭の時にも会っていたものの、色々と沢山の出来事が目白押しの日々を送っていたために久し振りという感覚は拭えないのか、真昼はまるで年一の帰省くらいの勢いで志保子に笑顔を向けている。


 これより更に勢いがすごいのが志保子で「んまぁ真昼ちゃん、元気そうねえ」とうきうきした様子でひしっと真昼に抱きついていた。


 真昼が照れ臭そうながらも幸せそうに受け入れているので周からとやかく言う事はないが、息子と顔を合わせた時より余程感動の再会をやっている事が恒例行事となりつつあるのは内心で突っ込んでおきたい。


 暫く二人で楽しそうにくっついていたが、周の呆れた眼差しに気付いたらしい志保子の「周が嫉妬しちゃうからこの辺にしておくわね」と勘違いにも程がある事を口にしたので、更にその眼差しを強めておいた。


「今日は周くんの面談のために?」

「そうねえ。流石にこの時期の三者面談になるとどうしてもね。もう二年生の後半に入ったんだし、先生にも周伝いにそこはかとなく来てくださいねって圧かけられてたもの」


 周の学校で一人暮らしをしている生徒は珍しいものの学校側は理解してくれているので、三者面談期間の際に親の不在をとやかく言われる事はなかったのだが……受験が迫りつつあるこの時期に一度も親と教師が連携出来ないのはよろしくない、という事でなるべく次は連れてくるようにと頼まれていた。


 周としても毎回親抜きなのは気まずいし先生が受験関連で苦心しているのも分かっているので、今回ばかりは両親にきっちり頼む事になったのだ。


「修斗さんはお仕事ですか?」

「そうよー。ちょっと繁忙期で休暇が取れそうになかったの。折角なら四者面談とかでもよかったのだけど」

「俺に対する圧迫面接みたいになるからやめてくれ。普通の面談の時点で居た堪れないんだぞ俺達側は」

「ふふ、あるあるね。周も今のうちに気まずさを味わっておきなさい、こんな事もう卒業したらないんだし」


 三者面談という学生が大体共通で通る地味な恥ずかしさと圧迫感を覚えるイベントは、親側からしてみれば実にあっさりと通り過ぎるものらしい。志保子が特別あっさりしているだけなのかもしれないが。


 親側に立って楽しんでいる気がしなくもない志保子に深いため息をプレゼントして、廊下に上がってコートを脱いだ。




 もう十一月も半ばという事で寒さも増しておりホットドリンクが美味しい季節で、真昼の淹れてくれた紅茶は体に染み渡る程に美味しかった。

 ソファ席を二人に明け渡した周は床であぐらをかきながらちびちびと紅茶を飲みつつ、相変わらず実の息子より仲睦まじそうに話している二人を見上げた。


「真昼ちゃんは明日三者面談なのよね」


 早速軽く地雷を踏みに行った志保子に危うくむせそうになったが、過剰反応しても真昼を刺激するだけなので軽く喉を鳴らすだけになんとか留める。

 見上げた真昼は、いつもと変わらない微笑みをたたえている。 


「三者というか二者なのは確定していますけどね。私両親には知らせてませんから三者面談にはならないんですよね」


 三者面談の知らせをもらった後も特に触れる事なく過ごしてきたが、案の定というべきか、親には知らせの一つ出していないようだった。

 真昼の家庭事情をある程度知っている志保子は、あまりに平静と変わりない真昼の表情を見て、志保子もいつもの表情のまま「うーん」とあまり悩ましくなさそうな唸り声を一つ。 


「つまり私がついていく余地があると」

「母さん」


 なんかとんでもない事を言い出していて、流石の周も腰を持ち上げるのだが、志保子は冗談など一切なしの大真面目な顔で「だって三者だって三者、であって誰が来るとは指定されてないもの。つまり保護者ならオッケーでは?」とさも名案だと言わんばかりの声音で続けている。


「それに実質私の娘だから進路を聞いていて損はないと思うの。私、保護者と変わりないと思うのよねえ」

「大真面目に何を言い出すんだ。絶対担任から突っ込まれるぞ」

「じゃあ修斗さんにお願いしたらパっと見バレないのでは?」

「父さん休み取れないって言ってただろ。つーかそういう問題じゃない。あと真昼の意思を置き去りにするな、そういう将来の事を話す場で急に親しいとはいえ部外者がはいったら真昼も萎縮するかもしれないだろ」

あ、それもそうね。私ったら勝手に話進めちゃって」

「いえ、お気持ちは嬉しいですよ!」

「母さんに気を使わなくてもいいんだぞ」

「気を使っているとかじゃなくて、本当にその、ありがたいというか、嬉しいのですよ。これは、本心です」


 ゆるりと首を振った真昼に嘘をついた様子はなくて、志保子の申し出については不快や困惑の感情を抱いていないようだ。 


 ただ素直に喜んでいる、とも言い切れないのは、真昼の形作る表情が羨望や憧憬の色を滲ませながらも何処か諦念のようなものを感じ取れるからだ。

 そうであればどれだけよかったか、と、真昼は何も言っていないのにそんな言葉が聞こえてきた気がして。


「ただ、どうしても家庭のお話になっちゃいますから先生から遠慮するようにと言われると思うので、折角来てくださったとしても徒労になるというか……」 


 しかしすぐにいつもの微笑みに戻った真昼は、断られて残念そうに肩を落としている志保子にの掌を握って志保子の顔を覗き込む。

 もう、一瞬だけちらついた、甘くも苦い感情の色は真昼から読み取る事は出来なかった。


「その、お気持ちだけ受け取らせてください。志保子さんに、む、娘と思っていただけるのは、嬉しいので」

「あらー、もう事実上娘みたいなものだし」

「母さん」

「ふふ、周も照れてる照れてる」

「怒るぞ」


 真昼の僅かな変化に気付いているのかいないのか定かではないが、少なくとも正面から追求するような真似をしなかった志保子が周を巻き込んで空気を変えたので、周はそれにすぐに乗っかって志保子を軽く睨み付けた。

 その周の態度を楽しそうに見つめた志保子が真昼に対して「照れ隠しよねえ」と茶目っ気たっぷりに囁きかけては屈託ない笑顔を見せている。 


「こういう所は可愛いのよ、分かりやすいもの。ねえ真昼ちゃん」

「いつも周くんは可愛いですよ」

「真昼」

「あら、私はいつも周くんの事、格好良くて可愛いなって思ってますよ?」


 可愛いが女性にとって褒め言葉の一種だとは理解しているし恐らく愛おしい、という意味での可愛いなのだろうが、普段の真昼を見るに本当に可愛いと思われている可能性が全くない訳ではないので、割とその評価は聞き捨てならなかった。


 格好いいだけで評価を構成してほしくはあるが、情けない部分を見せてきた自覚もあるのでその部分を見て可愛いと思われているのなら非常に悔しいので、文句は言葉にはしないものの恨みがましげに視線を送る事くらいは許されるだろう。

 正面切って真昼の評価に不満を言えない周の姿に志保子は相変わらずのニヤニヤ笑いを披露している。


「まあ。親に見せない可愛い一面を真昼ちゃんは見ているものね。周も真昼ちゃんにだけは素直になるんでしょうねえ」

「ふふ、周くんはいつも素直だと思いますけど」

「そうだといいんだけどねえ。周ったら私に対してはあんまり素直な所見せてくれないもの。昔はあんなに素直で可愛かったのに」

「やはり年頃の男の子はお母様には素直になれないのだと思いますよ。照れ臭さが勝つみたいですし。周くんは言葉がちょっと強くなるだけで優しいのは変わらないから素敵ですよね、言い過ぎた時はシュンとしてますもの」

「そうなのよねえ、もうツンツンしたいお年頃よねえ。まあ中身は昔から全然変わらないから、私としてはその点心配してないんだけど」

「何でいつも俺んちがアウェーになるんだ……」


 実家に帰った時もアウェーだったというのに、自宅でもアウェーになるとは予想出来る筈がない。

 志保子と一緒になると真昼は完全な仲間ではなくしれっと敵側に回るので油断出来ないのだが、今回も真昼は志保子と結託して周のHPを削りにかかっていた。


「あら、それは私が居る場所が私のフィールドになるからじゃないの?」

「母さんは黙っていような。ほんとこのやろう」

「こういう所よ、真昼ちゃん。照れ隠し可愛いわよね」


 言葉だけなんだから、と志保子が笑うと真昼もつられて笑ってくるので、周のHPゲージは瀕死のゾーンにまで到達していた。


「ふふ、お二人は仲がいいですね」

「これを仲良しとは言わないんだぞ真昼……」


 精神的に一気にやつれた気がする周に、真昼は小さく喉を鳴らして笑いながら「傍から見た時の評価ですよ」と周に可愛らしくウインクしてみせるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件5』 7月15日頃発売です!
表紙絵
― 新着の感想 ―
[一言] そうなんですよ、周くんって可愛くてカッコイイんですよ!
[良い点] アレ? 更にもう1話? ご馳走さまです! ありがとうございます!! 周は親しい人には、すぐムキになって、格好良さに拘る子供気質だから、真昼の言う「可愛い」って評価も頷けます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ