266 友人たちのお祝い
「……知らない間に周くんが人気者になってます」
用事を済ませて教室にやってきた真昼は、クラスメイトから口々に祝われている周を見て嬉しさと驚きが半々と言った表情を浮かべた。
普段ならこんなに囲まれる事はないので真昼が驚くのも無理ないが、これは人気者というよりただ純粋にクラスメイトの面々が優しくて祝ってくれているだけである。
「あ、椎名さんおはよー。藤宮君は取らないから安心してね」
「そ、そこを心配した訳ではないですよ。皆さんに囲まれていたから驚いただけで」
「まあ周が取り囲まれるってまひるんとの交際報告の時くらいだからねえ。私もびっくり」
一緒にやってきた千歳も今の周の周囲の騒がしさを見て目を丸くしていたが、視線が合うとにやにやとからかうような笑みを浮かべた。
「前の周が見たらびっくりするだろうねえ」
「まあ絶句すると思う」
自分でも昔の自分は陰鬱な空気を背負っていたと思うので、今の周とはかけ離れている。前の周なら今の自分のようなタイプは苦手だったかもしれない。
ただ、周は今の自分は割と嫌いではない。
一番愛しい人の隣に立つためにきちんと努力出来るようになったし、自分を卑下する事はなくなったとは言わないが少なくなった。心の余裕が出来た、というのが一番たとえとして正しいだろうか。
恋が人を変える、というのは紛れもない事実だと身をもって体感している周は、過去の自分を思い出して恥ずかしさとほろ苦さと懐かしさを感じた。
それを飲み込んで、ただ薄く笑うと千歳は「余裕が出来ましたなあ」と楽しそうに声を弾ませる。
「好きな人が出来ると変わるって好事例だよねえ、周って」
「うるさい。悪いか」
「うんにゃ、いいと思うよ? 前が悪いって訳じゃないけど、今の方が周自身が楽しそうだもん」
よく笑ってる、と千歳は自身の両頬にぴこぴこと人差し指を当てて主張してくるので思わず周は頬を押さえる。ちらりと真昼を見れば、衝撃が抜けたらしく柔らかな笑顔で頷いた。
「前よりもずっと穏やかに笑うようになりましたよ。ねえ」
「そうだね、眼差しがもう違うもん。椎名さんを見る時ほど顕著じゃないけどさ」
「椎名さん相手にしたらそりゃあ当たり前にでれでれになるんじゃないかな。こんだけ溺愛してるんだし」
「むしろ最近は天使様よりデレてるまであるぞ」
「……それは分かったからあんまり見ないでくれ。真昼に対して甘い自覚はある」
真昼相手だと顔から力が抜けてつい緩い表情になりがちで気を付けているのだが、やはりクラスメイトにはよく見られているのだろう。同意の声が男女問わずちらほら聞こえる。
改めての指摘に気恥ずかしさが胸の奥からじわじわとのぼってきて唇の辺りにむず痒さを覚え始めた辺りで千歳が「まあこれくらいにしておかないと周が不貞腐れちゃうね」と掌を叩いて場の空気を変える。
それなら最初から言ってくるなよ、とは思いもしたが、千歳なりに周を祝うつもりがあったのだろう。へらりと笑って鞄からラッピングされた箱を取り出した。
「という訳で一日遅れですが私といっくんの方からもプレゼント!」
「……ほんと、真昼と一緒になって企んだり気を使ったりとありがとう」
「うふふ。そりゃあまひるんの唯一無二の親友ですからー。可愛い友達の企みには乗るっきゃないのですよ。はいどーぞ」
いつもよりハイテンションな弾んだ声と共に手渡してきた箱は、思ったよりも重かった。
樹と千歳が二人で選んだとあれば基本的に外れはない。もちろん余程の事がない限りは嬉しい。二人共センスがいいので選んだ物に不安はないのだが、地味にある重量に思わず何だこれはという眼差しになってしまった。
「……一応聞いておくけど中身は?」
「やん、それ今聞いちゃう? 別に言ってもいいけどぉ」
ちらりと真昼の方を見る辺り急に不安が湧いてくる。
「おいなんだその意味深な言い回しは」
「あはは。冗談冗談。別に危ないものじゃないよ、中身は入浴剤とバスソルトのセットだよ。まひるんが好きな匂いのやつとめっちゃ代謝にいいと評判のやつ。二人で使えるかなって」
「……何で二人で使う前提なんだよ。普通に一人で使う」
中身は普通にありがたいものだったが、余計な一言が入っていたので眉の間が狭まってしまう。
多少のスキンシップはしているものの現状清いお付き合いをしている身として、周囲に二人で入浴する仲だと思われるのは困る。していないとは言わないが、水着やタオルを身に着けてのものだし、お泊りの度にしているものでもない。
誤解されるだろうが、と眦を吊り上げた周に、千歳は「えー」と不満げな声を上げるので頬をつねりたくなったが、何とか堪える。
「あらぬ誤解を招くからやめろ」
「これがへたれというやつで」
「樹は黙ってろ」
「へいへい。……別に黙らなくてもお前らがお熱い事は知られている気がしなくも……いてっ、分かったから」
近付いてきた樹の腰に拳をぐりぐりと押し当てると、地味に硬い感触が返ってくるので微妙に負けた感覚になりながらも樹を黙らせる事には成功したので周は深くため息をついた。
「プレゼントは純粋に嬉しいし二人の気持ちも嬉しいけど、余計な事は言うな」
そう言って羞恥で熱を持ちそうな頬を何とかセーブしつつ、プレゼントを大切に抱えて自分の席に戻った周に、樹が腰にわざとらしく手を当てつつついてくる。
「なあ周」
一度輪から抜けた周に、樹は軽く耳元に顔を近付ける。
「何だよ」
「オレ、別に一緒に入れ、とは言ってないんだけどなあ。お泊りでも順番に入浴する事前提な筈なんだが」
「……うるさい」
「めちゃくちゃ小声で囁いたんだけど!?」
自爆したのだと後から気づかされて唇を噛みながらそっぽを向くと、樹はけらけらと軽やかな笑い声を上げて周の背中をいたずらするように叩いた。
活動報告に7/15発売の5巻の口絵と特典情報記載していますのでよろしければご覧いただければ幸いです!
私からはイラストがすごい、とだけ。水着……ウッ。





