264 翌朝のおはなし
朝起きると、腕の中で真昼がこちらを見上げている事に気付いた。
寝起きのまだ働ききっていない頭でどうしてここに居るんだ、と混乱したが、そういえば昨日泊まっていったのだと思い出して納得する。
どうやら今日は前回のお泊りのように懐から抜け出さず、周の起床を待っていたようだ。
周が目覚めた事に気付いたらしい真昼は、周の腕の中で収まりのいい場所を見つけるようにもぞりと動いた後、はにかみを向けてくる。
「おはようございます、周くん」
「……はよ。いつから起きてたの」
「十分くらい前ですかね。もう少しぬくぬくしながら周くんの寝顔を堪能してからご飯作ろうかなって」
「……寝顔見て楽しい?」
「それは勿論。私の活力になりますよ?」
お陰で今日も朝から元気一杯です、と言葉通り満足げで生き生きとした顔をしている真昼に、何とも言えないくすぐったさを感じて誤魔化すように真昼を抱き締める。
急に包まれて驚いたらしい真昼は、周が小さく「俺にも活力ちょうだい」と囁くとすぐに大人しくなって、周を受け入れるように背中に手を回してきた。
真昼がゆっくりしているという事はまだ時間に余裕があるという事なので、これ幸いと柔らかさと温もりと爽やかさのある甘い香りを堪能する周に、真昼は「また甘えん坊ですねえ」と笑っている。
誰がそうさせたのやら、と言いたかったものの、そんなのは真昼も分かりきっているだろうから何も言わず、周がすり寄るのも好きにさせていた。
あまりに幸せな朝のひとときに、ついつい瞼が勝手に降りそうになる。
真昼は呼吸が寝息に変わりそうな事に気付いたのか、周の背をぽんぽんと叩く。
「周くん、寝ないでくださいよ」
「……このままサボりたい欲がむくむくしてる」
「優等生の周くんの台詞とは思えませんねえ。そんなにお布団から出たくないですか? これがお布団の魔力というものでしょうか」
「どちらかといえば真昼の魔力かな」
真昼の存在は布団よりも強烈な誘惑をしてくるので、放っておくとこのまま真昼も犠牲にして学校をサボってしまいそうだ。
存在が誘惑になりつつある真昼は、周の言葉にそっとため息をついてからすり抜けるようにして周の腕の中から出る。
「では私が離れたら魔力の支配からも解放されるでしょう。ほら、起きて身支度しましょう」
「……分かってるけどさあ」
「私は何でもかんでも甘やかす訳ではありませんよ。ほら、起きて顔を洗ってしゃっきりなさい」
甘やかす時は甘やかすが切り替えはしっかりつけてくる真昼は、周が布団にくるまろうとするのを見越して毛布を剥ぎ取ってくる。
そこまでしなくても出るつもりではあったのだが、真昼が楽しそうに周を起こそうとしてくるので、つい苦笑してしまった。
(将来こういう風に起こされるのも悪くないよなあ)
一応、周は時間通りに起きようと思えば起きられるタイプではあるが、構ってもらえるなら真昼が困らない程度に早めの時間でこうして戯れるのもよい、と思ってしまう。
迷惑をかけるつもりはないが、真昼が周の世話を焼く事が好きそうなので、ちょこっとくらい頼って甘えてもいいだろう。
そんな事をひっそりと思いながら、肌寒さを覚えつつも起き上がってベッドから降り、着替えを取り出す。
「着替え、どうする? 俺が先に洗面所行ってこようか?」
「……そうしてください。覗いちゃ駄目ですよ」
「誰が覗くか。そういうのは許可をもらって見るべきでは?」
幾ら恋人とはいえ、まだ清い身同士であるし同棲もしていないのに、着替えを見ようとは思わない。プライバシーの問題があるし、やはり今は恥ずかしさの方が圧倒的に強い。
周は別に真昼に着替えを見られても真昼が照れて縮こまるだけだが、真昼の場合はそうはいかない。お互いに死にかけそうな気がする。
「み、見たいのですか」
「……見たくないと言えば嘘になるけど、真昼の気分を害するような事はしたくないし朝から元気になっても困るだろ」
「そ、そうですけど……」
「という訳でそういうのはいいよ。何でもかんでもお互いの事を見せるのは違うだろうし」
勿論男なので知りたいとは思うが、それは今すべき事ではない。お互いの同意の上で見るべきだと思うし、そもそも学校のある朝っぱらからする事でもない。
それくらいは弁えている、と肩を竦めて部屋を出ようとする周に、真昼の「周くんのそういう所が長所であり悩ましい所なんですよね……」と微妙に呆れたような声が背中に届いた。
着替えの後、昨日言っていた通りだし巻きに鮭の西京焼き、作り置きの小鉢のおかず数品に味噌汁、白ご飯と朝からしっかりめの朝ごはんを食べた周は、歯磨きを済ませて学校に行く準備をしていた。
元々前日に教科書等の準備は済ませてあるのでネクタイを締めてブレザーを羽織るだけなのだが、少しだけ思う所があってネクタイを手にしたまま止まっていた。
「どうかしましたか?」
悩むように固まっていた周に気付いたのか不思議そうに声をかけてくる真昼に、周は少し躊躇いを覚えながらも手にしたネクタイと、隠し持っていたネクタイピンをそっと真昼の方に差し出す。
昨日もらった、誕生日プレゼントのネクタイピン。
どうせなら、初めて身に着ける時は、贈ってくれた本人に手ずから着けてもらいたかった。
「ネクタイ、結んでくれるか?」
躊躇いがちに問いかけると、真昼はぱちくりと大きく瞬きを繰り返したものの、意図を理解したらしくすぐに花咲くような笑顔を浮かべて「はい」と頷いた。
どこか恭しい動作でネクタイとピンを受け取った後、真昼はソファに座った周の前に中腰で立ってネクタイを首に巻く。
自分で身に着けるのと人のネクタイを巻くのでは勝手が違う筈なのだが、苦もなさそうに周のネクタイを締めた真昼は、そっと花の透かし彫りが美しいネクタイピンを、厳かともいえる丁重な動作でネクタイに着ける。
式典以外で身に着ける事のあまりないネクタイピンであるが、真昼が周のために選んでくれたお陰なのか、妙にしっくりときた。
「……似合う?」
「私が周くんに見立てたものですので、当然」
揺るぎない自信をもって笑う真昼に、周も自然と頬が緩む。
「真昼の目は確かだからな。様になってるならよかった」
「ばっちりです。小物にも抜かりないのがお洒落には大切ですよ」
「お洒落したいというか真昼からもらったものが似合っているかどうかってだけだったのに」
「似合ってますのでご安心を」
多少真昼は周を過大評価する節はあるが、こういった見目の評価については客観的なものをくれるので、問題はないらしい。
ブレザーの合わせ目から僅かに覗く、程度の見え方になるが、こういった細かなお洒落も雰囲気には大事になってくるだろう。
真昼が選んでくれたものを身に着けていると、何がなくとも嬉しくなるし、自然と背筋が伸びる。真昼の隣に相応しくあるべきだ、という気持ちがそうさせるのだろうか。
「……本当に、周くんは自信を持つとハッとなるくらいに格好良いですよね」
ブレザーを羽織りながら軽くシャツを整えていた周に、小さな声で真昼が呟く。
「自信がなかった時は?」
「可愛いが強かったですね。格好良いもありましたけど」
「まあ言いたい事は色々あるがいいだろう。今は格好良いんだろう?」
「はい、とっても」
「……真昼の隣に立っても問題ないくらい?」
隣に立つ事自体は、躊躇いなどない。
ただ、時折自分はその場所に居て不釣り合いだと思われていないかと疑問に思う事はある。他人からどう思われていようと場所を退くつもりはないが、やはり気になるものは気になるのだ。
自分磨きは継続して続けているが、それが成果として現れているかどうか。
真昼の答えは分かっているのだが思わず聞いてしまった周に、真昼は「まったく」と仕方なさそうに笑って、周の頬を撫でる。
「大丈夫ですよ、周くんは内面も外見も格好良いですよ。誰にも文句言わせるつもりはないですけど、私個人の感情を抜いても、素敵な人です」
「そっか、ならいい。……学校、行こうか」
「はい」
立ち上がって手を差し出すと、真昼は躊躇いもなくその手を握る。
いつでも真昼は周に素直な気持ちをくれるからこそ、周は背筋を伸ばして隣に立てるし、その手を握って歩いていける。
ここまで自分が変われたのは、真昼のお陰だ。
(手放してなんかやれないなあ)
絶対に自分が幸せにして手放さない、と改めて誓いながら、周は真昼に柔らかく微笑んで共に家を出た。
『お隣の天使様にいつの間に駄目人間にされていた件4』本日発売ですー!
一部地域では既に店頭に並んでいる所もありましたが、今日が一応正式な発売日となっております。
かなりの量書き下ろしましたのでよろしければ手にとっていただけると嬉しいです(*'ω'*)
店舗特典や特装版につきましては活動報告を参照いただければ幸いです。
それでは今後とも『お隣の天使様にいつの間に駄目人間にされていた件』をよろしくお願いいたします!





