262 可愛い小うさぎな天使様
周が入浴を終えてリビングに戻ると、居なくなっていた真昼が帰ってきていた。
既に寝間着に着替えていて、本日は前に買った淡いピンクのうさぎのきぐるみ型パジャマを着ている。周にもお揃いとは言わないが猫のきぐるみパジャマがあるものの、真昼が今日着てくるとは思っていなかったため、周は普通の寝間着を身に着けていた。
普段は背中に流している髪は両耳の下辺りで緩く結ばれていて、フードを被っている姿はオフの姿といった感じで非常に愛らしく感じる。
以前のお泊りの際には露出がやや多めなネグリジェやらベビードールやら、周の理性をわざと揺さぶるような服装だったので、今回は安心出来そうだ。
「……似合うなあ。真昼っぽい」
「それはどういう意味でですか」
「こう、小さくてふわふわしていて可愛い所とか、寂しがりな所がよく似て……」
実際のうさぎの生態からすれば違うのだが、イメージ的にはちんまりとしていて柔らかくてふわふわ、愛らしくて寂しがりや、といったものがあるので、実は結構な寂しがりやな真昼にはピッタリと言えよう。
一応褒めているつもりなのだが、真昼には不服だったらしい。
むぅ、という顔で周を見上げてから、湿った髪を見て更に眉を寄せる。
「周くんが私の事をどう考えているのかは分かりましたけど、それより……周くんって私が居る時わざと髪を乾かさないようにしてません?」
何で髪をドライヤーで乾かさないのですか、と周の髪を摘みながら咎めてくる真昼に、やっぱり気付くよなあ、とほんのり苦笑いを浮かべてしまう。
真昼が居ない時は、きっちりと髪を乾かすようにしている。真昼が居て、手が空いていそうな時だけ、たまに髪をタオルで拭く程度に留めて真昼に乾かしてもらっていた。
迷惑になるのは分かっているので、本当にたまにする、程度の細やかな甘え方だ。真昼に触ってもらうのが、構ってもらえるのが、嬉しくてつい、してしまう。
我ながら子供っぽいな、とは思うのだが、やめられないでいた。
「気のせい……って言いたい所だが、わざとやりました。真昼にしてほしかった」
「もう……いいんですけどね、楽しいですし。周くんなりに甘えたいのでしょうから」
そこまで見透かされているのは複雑であるのだが、真昼が擽ったそうに笑う姿にまあいいかと気が抜けてしまう。
いらっしゃい、と促されるままにソファに座ると、真昼は仕方ないなあといった眼差しで、しかし喜びは隠しきれていないので口元を緩めながら、ドライヤーの電源を入れた。
家に置いているのは静音仕様のドライヤーなので、控え目な駆動音が響き、真昼の手より温かい風が吹き付けてくる。
一応水分自体は粗方タオルで取っているので、後は仕上げに水分を飛ばすくらいなものなのだが、真昼は丁寧に温風を当てながら「ちゃんと手入れは怠ってないですね、よろしい」と髪の触り心地を確かめながら呟いていた。
真昼が真昼本人のためとはいえ周が肌を触る時に滑らかな方がいいだろう、としっかり手入れをするのと同じように、周も真昼が触る時に触り心地がいい方が喜ぶだろう、と思って手入れはそれなりにしている。
お陰でさらさらつやつやを維持出来ているので、髪を乾かす時に引っかかりにくくなり苦労しなくなっていた。
「……周くん、やっぱり髪質は元からいいんですよねえ」
「両親譲りだな。柔らかくて細いタイプだから絡まりやすくもあるんだけど」
「その分さらつやになりやすいのでいいじゃないですか。ヘアケア用品プレゼントとかでもよかったかもしれませんねえ」
更にうるうるのつやつやに、と言いながら乾かし終えた真昼は、どこからともなく櫛を取り出して空気を含んでふわふわした髪をさっと整える。
そうすれば真昼が好むいつもの髪型が出来上がった。今では学校生活ではセットするようになった、昔で言う例の男スタイルの髪型も好きであるそうだが、こちらの方が落ち着くそうだ。
「もっとつやつやになった方が嬉しいなら自前でもっといいやつ揃えるけど」
「う、嬉しいというか……触り心地がよくて、髪を梳かす時に楽しいなって」
「じゃあ門脇辺りにオススメの聞いとくか。真昼が喜んでくれるなら俺も嬉しいし」
それに、もっと普段から触れてくれるようになるだろう。そちらの方が実はメインなのは、言わないでおく。
自分磨きで真昼が喜ぶなら磨く甲斐があるし、自信にも繋がるからいい事だろう……と思っていたら、真昼が櫛をテーブルに置いて二の腕にぐりぐりと額を押し付けてくる。
慣れてきた照れ隠しにひっそりと笑いながら、頭が揺れる度にぴこぴこと動くフードの耳を見て更に頬を緩める。
「そこのうさぎさんは耳が四つともピンク色だな」
「うるさいです。……周くんも折角ならきぐるみがよかったです。私だけうさぎですし」
「猫がうさぎに毛づくろいされる事になるな」
「可愛いじゃないですか」
「……可愛いのは真昼だけでいいんだけど」
捕食者と被食者の関係になりかねない猫とうさぎが仲睦まじくする事自体は微笑ましいと思うが、周が猫になっても可愛げがない気がしてならない。
最近は昔に比べて体つきもしっかりしてきたし、少しずつ顔から幼さも抜けてきている。可愛げはだいぶ前に置いてきているのに可愛いと言う真昼の感覚には異議を唱えるが、個人の感性なので仕方なくもある。
少し頬の赤らみも収まってきたのか、周を見上げて何故か周に可愛さを見出してくる真昼に、わざと前触れもなく唇を奪った。
ぱちり、と瞬きを繰り返した後頬をまた紅潮させる真昼だが、抵抗は一切ない。むしろ喜んでいるのか、周が抱き寄せると好きにしてと言わんばかりに体から力を抜いている。
艶めく唇をやわやわと食みながら、閉じた桜貝を丁寧にゆっくりゆっくりと開かせれば、真昼は抗議するでもなく素直に受け入れてくれた。
最近では少しづつではあるが、自ら周を受け入れて同じように返してくれるようになって、実に可愛らしい。
微かにこぼれたか細い声を独り占めしながら、可愛い小うさぎが震えながらも狼を受け入れてくれる事に胸を躍らせる。
周もこういった口づけは慣れている訳ではないし正直熱が溢れて暴走しそうになっているが、がっつくと真昼が怯えてしまう事はお泊りの際に経験済みなので、出来うる限り優しく深く口づけた。
「……猫じゃなくて、狼のきぐるみ買ってくればよかったです」
どちらともなく静かに唇を離してから暫くして、荒れた呼吸を整えながらほんのりと恨めしげに呟いた真昼に、周は内心で口づけによる羞恥が暴れるのを抑え込みながら、口元に弧を描かせる。
「そうしたら可愛いのは小うさぎの真昼だけだったのにな」
「いじわる」
真昼はむぅ、と先程よりも潤いの強くなった唇を尖らせて、今度は周の腕に拗ねた事を主張するように頭突きをしてくる。
「……こういう所は可愛げなくなってませんか」
「元からない」
「嘘です、だってあんなにも初心っぽさが」
「うるさい」
初めて付き合ったのだから初心でも仕方ないだろう。
今は恋人らしい行為をするに伴う羞恥や緊張を何とか表面上誤魔化せるようにはなったが、最初は不慣れであって当然だ。
そういった初々しさが可愛さなら、その可愛さは真昼にだけあればいい。余裕のない姿なんて、好きな人には見せたくないのだ。
「……また今度度肝を抜くような事をしなくては。周くんにしてやられてばかりですので」
小さく余計な事を呟いている真昼には、それ以上企みを口にさせまいと唇をもう一度塞いで、周は甘い唇をしっかりと堪能した。
活動報告の方に天使様グッズについての第二弾の事が書いてありますのでよろしければご覧くださいませ!
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