258 バイトの合間に友人と息抜き
周はバイトを始めているが、バイトがない日は全て真昼と過ごしているかといえばそうではない。
真昼には真昼の生活があるし、一人になりたい、もしくは別の人と過ごしたい時もある。最近真昼が周に隠れて何やら企んでいるので、そのお陰もありバイト休みの平日の放課後は家で夕食までゆっくり過ごしたり樹達と遊んだりしていた。
「本当にオレ達と遊んでていいんですかねえ新婚さん。奥さん拗ねない?」
樹に誘われて門脇も連れて三人でコーヒーチェーン店の新商品を味見しに来たのだが、テイクアウトして駅近くの公園で味見をし始めた所で樹がそんな事を言い出す。
「誰が新婚だ誰が。そもそも別に俺個人の時間なんだから遊ぶ事は問題ないだろ。異性ならともかく同性の友人、それも単なる遊びなんだから」
「やだ、オレとはただの遊びだっていうの……!?」
「遊びに誘っておいて何を……そもそもそういう意味での遊びの関係にはなった事がないしあり得ない」
パートナーに浮気されたかのようなわざとらしい言い分を口にしながらくねくねと体をしならせる樹に白けた目を向けると、急に素に戻った樹は何故か訳知り顔で頷いていた。
「そりゃああんだけアツアツな二人に割って入れる訳がないんだよなあ」
「お前には千歳が居るし俺にはお前が要らん」
「ひどい」
「まあ樹居るとお邪魔虫だからねえ」
「優太も辛辣すぎない?」
さりげなく冷たい事を言っている門脇は、新しく期間限定で発売され出したフローズンシェイクを飲みつつ素知らぬ顔で樹の言葉を流している。
十一月に入ってめっきり寒くなっているのによく冷たいものを外で飲もうと思ったな、と思いながら、周は頼んだホット抹茶ラテをすする。
味方が居ないと踏んだらしい樹はこれまたわざとらしい仕草でさめざめと泣く振りをたっぷり十秒ほど披露した後、けろりとした様子で期間限定のスイートポテトラテを豪快に飲んでいた。
「まあ、いいとして。オレ達と遊ぶのはいいけど、お前疲れてないの?」
「これくらいで疲れてるなら門脇なんか常時へとへとだと思うんだけど」
「んー、部活はちゃんと休みはしっかり取らせるようになってるし、接客みたいな精神的なストレスがある訳じゃないからそんなでもないよ? そもそも好きで走ってる訳だし。藤宮はバイトにストレスとかないの?」
「俺は特に。まああんまり接客が好きって訳じゃないけど、客の年齢層が高くて落ち着いてる人が多いし、バイトの先輩達も優しいし丁寧に教えてくれるから自分の至らなさにストレスはあるかもしれないけど環境にはないな」
まだバイトを始めて一ヶ月も経っていないが、木戸にバイトを紹介してもらってよかったと心の底から思っている。
接客業は将来的にも役に立つだろうし、人柄の良い人達がバイト仲間というのはありがたい。
正直な所バイトが上手く行くかの半分は仕事仲間によるものだと思っているので、穏やかな人達の居る職場を紹介してもらって頭が下がる思いだ。
また今度何かお礼でもしよう、と誓いつつ、紙カップを円を描くように揺らして肩を竦める。
「俺にはもったいないくらいのいい職場だと思うよ」
「それならよかった。やっぱり職場環境は働く上で大事だからね、使い捨てられるような職場だと嫌だし」
「そんな職場の場合はすぐにやめるぞ流石に。アルバイトだからって選ぶ権利くらいあるよ。自分の心身の方が大事だし、そういう職場は多分真昼が嫌がる」
「愛されてるねえ」
「……今のは関係ないと思うんだけど」
それが言いたかっただけなのでは、と門脇を見るものの、門脇はにこやかに笑みを浮かべるだけなのでむず痒さを覚えつつそっぽを向いた。
「そういや周が働いてるのは喫茶店なんだよな?」
「ああ、どちらかといえば富裕層向けのだけど。飲食物全部美味いからそりゃこんだけ取るよなって感じ」
「ちなみに周はナンパとかされないの? よくありそうなやつ」
「お前の中の喫茶店のイメージはどうなってんだ……されないよ。落ち着いたご婦人方には可愛いねえと褒めてもらえるけど、あれは多分拙さが可愛いという意味だし孫を見るような目だから」
不慣れな新人店員に生暖かい、もとい穏やかな微笑みを浮かべて見守るご婦人方や紳士方はかなり多い。若い人は今の所あまり入店してこないので、そういったナンパの類は発生していない。
そもそも周より他に気が良くて格好のいい店員は居るので、ナンパ目的の人が居たとしてもそちらに行くだろう。
周にあるのは、精々祖母の年代のご婦人から「孫を紹介したいくらいだわぁ」とのんびり言われるくらいだ。勿論彼女が居るので丁重にお断りしているが。
「藤宮はこう、年上にはウケがよさそうだよね。基本的には物腰穏やかで所作も丁寧だから」
「接客なのに雑な動きする訳ないだろ……。まあ、客層的には俺みたいな静かで地味めの方が話しかけやすくていいんじゃないかな。よく話しかけられるから」
「それはモテているのでは」
「お話相手としてな。それも男女年齢関係なく。ゆったりとした空気だから店員も手が空いてる時はお客さんと話す事もままあるからなあ」
よくあるコーヒーチェーンのような雰囲気ではなく、穏やかな空気が流れた落ち着いた空間だからこそだろう。そもそも常連客がたくさん居てそれぞれ落ち着いた人達だからこそ、ゆったりとした空気で話すような空間になっている。
「有閑ご婦人方に人気の周を想像すると面白いな」
「お前なあ……そういうのじゃないから。相手方に失礼だろ。変な妄想はやめろ」
「割とありそうなのがちょっと怖いよね」
「門脇まで……」
お前もか、と呆れた視線を向ける周ではあるが、門脇が思ったよりも真面目な顔をしていたので「ないから」ときっぱりと言い切っておく。
そもそも明確に好きで将来を約束したにも等しい彼女が居るのに、他の女性になびく訳がない。目もくれない自信がある。向こうも周がそんな風に勘違いする事は望まないだろう。
全く……とため息をついた周に樹は肩を竦めて、それから腕に付けていた時計をちらりと見る。
「ん、まあそろそろかな」
「何がだよ」
「お前をお借りしてる時間的な問題?」
「あのなあ……」
確かに周は真昼のものではあるが、真昼はそういった形で専有するタイプではないし周と同性の友達相手に悋気も起こさないだろう、と思ったのだが、門脇も「ああ、そうだね」と同調するのだから困惑してしまう。
「まだ十七時過ぎとはいえ日が暮れるのも早くなってるし、寒さも増してるからそろそろ解散する? どちらにせよ、帰って色々とする事あるだろうし」
「それはまあ……」
「じゃあ解散にしようぜ。寒いし」
あっさりと解散する事に決めた樹が早く立ち去りたげに公園の出入り口に体を向けるが、思い直したように周の方に振り返る。
「なあ周」
「何だよ」
「また明日色々と言いたい事とか聞きたい事あるから覚悟しておけよ」
急に意味の分からない事をにんまりと笑いながら言って去っていく樹に呆気に取られていると、門脇も苦笑しながら「俺からも。また明日、ね」と告げて立ち去っていく。
微妙に置き去りにされた感を覚えて複雑な気持ちになりながら、周は何なんだと首を傾げて帰路に就いた。