252 同僚への挨拶
「ごめんなさいね、出迎えられなくて」
茅野に連れられて軽食を作るためのスペースである厨房に案内されて器具の場所や説明を受けていた周は、後から厨房にやってきた糸巻に申し訳なさそうな顔で謝られた。
「今日だとは覚えていたのだけど……総司くんが一緒だからと安心しちゃって。改めていらっしゃい藤宮くん。制服もサイズが合っているようで何よりですね。彩香さんの見立て通りでよかった」
「彩香の目は間違いないけどそれがそもそもおかしいんだよなあ」
茅野が小さく呟いた事に少し笑いそうになったものの、堪えて糸巻に軽く頭を下げる。
「今日からお世話になります。よろしくお願いします」
「こちらこそお世話になりますからよろしくお願いしますね。……ええと、他の子達と顔合わせはしたかしら」
「宮本さんは顔だけみた状態で大橋さんはまだですね。さっきカウンターの奥でコーヒー淹れていたから顔も合わせてないと思います」
「じゃあとりあえず顔合わせからしてもらいましょうか。今はお客様の注文もないみたいですし、丁度いいでしょう。今後一緒に働く方々ですもの」
おっとりと微笑んだ糸巻は「総司くん、ちょっとフロアで宮本さん達と交代しておいて」と茅野に指示を出し、ゆったりとした動作で出入り口からフロアに居る店員達を呼ぶ。
茅野は元気づけるように周の背中を軽く叩いた後、フロアに出ていった。
厨房に入れ替わるように入ってきたのは、先程茅野と会話を交わしていた宮本という男性と、緩いウェーブのかかったミディアムヘアと女性では滅多に見ないような高めの身長が特徴的な二十代前半の女性だった。千歳よりも拳一つ分くらいは頭の位置が高い
茅野が言っていた事を考えれば、恐らく彼女が大橋という名前なのだろう。
「あっ、さっき茅野ちゃんが連れてきた子だー。バイトの子増えるって言ってたもんね。よろしくよろしくー」
へらっと笑った女性は、緩い笑みのまま周に近寄って興味深そうに周の周りを回りながら観察してくる。
そんな女性に、宮本は呆れも隠そうとせずにため息をついて、女性の首根っこを掴んで周から離した。
急な接近に固まっていた周に、宮本は首根っこを掴んだまま爽やかな笑顔を浮かべる。
「ごめんねびっくりしたでしょ。俺は宮本大地。これは大橋莉乃。何か困った事があったら頼ってほしいな」
「あたしの事これって言わないでよ。困ってる事があったらって言うけど今莉乃ちゃん困ってますー掴まれて困ってますー」
「じゃあちゃんと挨拶して。話はそこからだよ」
不満げな顔をする大橋に、宮本は咎めるように告げた後仕方なさそうに大橋の服から手を離した。
シャツの襟がよれたのを直しながら、大橋は改めて周に向き直って人懐っこそうな笑みを口元にたたえる。
「ごめんねーびっくりさせちゃって。あたしは大橋莉乃。いつでも頼ってくれたまえ後輩くん」
「ええと、宮本さんと大橋さんですね。俺は藤宮周です」
「ほむほむ、藤宮ちゃんね。了解了解」
「……よくちゃん付けするやつなんで、大目に見てやってね藤宮君」
「ま、まあ好きに呼んでいただければ……」
呼び方程度で目くじらを立てるつもりはないので気にはしないが、ちゃん付けされるのは違和感が拭えない。
宮本は苦労していると言わんばかりのため息をつきつつ、穏やかに見守っていた糸巻の方に視線を向けた。
「それで、今日は藤宮君にどうしてもらいますか?」
「ひとまずは中で覚えてもらう事を覚えてもらうつもりですよ。接客するにしてもまず中の勝手が分からないと上手く行かないでしょうし。総司くんが教えていたみたいですから、今日はまず覚える事を優先してもらおうかと」
「すみません、お手数をおかけします」
「いえいえ。即戦力になれる人間なんてそうはいませんし、初めてなら尚更です。急がなくても人手は足りていますから」
「人手が足りているかって言われたらちょっと疑問ですよオーナー。まあ、この喫茶店は極端に大きい訳ではないですから今の人数でも回せていたのはありますけど。……だから、藤宮君が入ってきてくれて助かるな」
にっ、と安心させるような笑みを浮かべて周の肩を叩いた宮本に釣られて笑うと、糸巻が微笑ましそうにこちらを眺めた。
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