251 制服にお着替え
短め。
茅野とやり取りしながら歩けば、あっという間に職場である喫茶店に着いた。
周としてはこうして働くのは初めてで多少なりとも緊張していたのだが、茅野はそんな周の気持ちを知ってか知らないでか、躊躇なく周を伴って店内に入る。
どこか懐かしさを覚えるベルの音を背にしながら中に入ると、先日訪ねた時は見なかった大学生くらいの年齢に見える男性店員が出迎えてくれた。
「茅野君いらっしゃい。後ろの子は例の新人さん?」
「うん。同じシフトだからちょうどよかったんだ」
既に話は通っているらしく周の姿を見てにこやかな笑みを浮かべた男性店員に頷いた茅野は、そのまま周の背を押して奥に繋がる廊下に向かう。
ちらりと顔を傾けて後ろに視線を向けた茅野に釣られて後ろを見れば、入店しようとしている男性の姿が見えた。
「お客さん来てるから俺達先に着替えてくるね。ごめん宮本さん、挨拶はまた後でになりそう」
「りょーかい。新人君、また後でね」
緊張からぎこちない動きをしていた周に宮本と呼ばれた店員は茶目っ気たっぷりにウィンクを飛ばしてきたあと入店してきた客の方に向き直った。
挨拶し損なった周がぺこりと会釈したのは見えたのか宮本が後ろ手でひらりと手を振ったのを見て、二人は奥にある従業員用の更衣室に入った。
「ここ藤宮のロッカーね。鍵はこれ。制服はロッカーに入ってるからそれ着てね」
オーナーの糸巻に周の世話を任されているのか、予め預かっていたらしいロッカーの鍵を周に手渡してブレザーを脱ぐ茅野に倣うように周も職場の制服に着替えていく。
用意されていた制服は、事前にサイズを合わせていたので当たり前ではあるが周の体格にピッタリと合っていた。
今周が身に着けているのは、宮本も着ていた白シャツに黒のカマーベスト、同色のギャルソンエプロンとスラックス。
首元は黒のネクタイで締めており、文化祭の時に身に着けた給仕服よりカジュアルではあるものの品のある、如何にもウェイターといった服装だ。
更衣室にある全身鏡を確認して、見慣れない姿に戸惑いつつも茅野の方を見れば、茅野もきっちり制服を身に着けて堂々とした佇まいを見せている。
「……変じゃないか?」
「別に問題ないと思うけど。椎名さんが見たら喜びそうだな、と思う」
「ま、真昼には当分見せるつもりはないし……」
「椎名さんが残念がりそうな気がする」
「もうされてるけどそこは納得してもらったから」
早い内に仕事に慣れて迷惑をかけないようにするつもりではあるので、それまで待っていてもらうつもりだ。
小さく苦笑いをした周に、茅野も同じように笑った。
「そういう茅野は木戸に喜んでもらったのか?」
「彩香はどちらかといえば着込むより脱ぐ方が好きだから」
「ああ……」
納得したような表情を浮かべてしまって茅野は先程よりも渋さの混じった笑みを浮かべた後ため息をついた。
「……別に彩香は着飾る事に興味がない訳ではないんだけどさ。あのフェチが悪さをするだけで」
「まあ、確かに茅野の筋肉すごいよなあ。秘訣とかあるの?」
共に着替えていたので茅野も当然肌を見せていたが、服の上からは想像出来ないくらいに隆起した筋肉が見えた。ただ、無駄に太いという訳ではなく必要な分だけ鍛えられて無駄なものをなくし引き絞った、といった印象を抱かせるものだったので、周も思わず感心してしまう程だ。
「多分オレより彩香に聞いた方が必要以上に詳しく語ってくれると思うよ」
「ああ……それはそうだな……」
寧ろ語らせろという勢いで笑顔で語ってくれるのが何となく想像出来て、周としては若干引きつった笑いを浮かべてしまう。
「……藤宮も鍛えたいの?」
「いやまあ程よく鍛えた方が見栄えはいいし、多分真昼も喜ぶというか……お宅のお嬢さんが真昼に色々と教えてるから」
「ごめん。そこは本当にごめん」
「い、いやまあ俺も自己研鑽に励む理由にはなるので」
彼女が勢い余って筋肉の良さを布教している茅野は複雑そうな顔で謝ってくるので、周も肩をすくめて心配を否定するように手を振った。





