25 鍵のゆくえ
土曜日の母親襲来で、周と真昼の互いの呼び方は変わったものの、それ以外には特に変わった事はなかった。
急に仲良くなる訳でもない。ただ、呼び方が少しフランクになって、多少真昼の態度が軟化した、くらいだろうか。
「……あの、周くん」
日曜日の夕方、いつもより早くやってきた彼女は微妙に気まずそうというか、困った風な顔でやってきた。
招き入れたのはよいものの、よく分からない態度に周は困惑していた。
名前を呼ぶ事に抵抗があるのかと思ったが、名前を呼ぶ時には躊躇なく呼んでいたので、また別の要素があるのだろう。
とりあえず互いにソファーに座って、真昼の様子を見ていたら、スカートのポケットからハンカチを取り出した。
いきなりなんなのかと思えば、丁寧に隅を合わせて畳んでいたハンカチを開いて、包まれていた鈍く光を反射する鍵を見せる。
見覚えがあるのは、つい昨日彼女に手渡したままのものだったからだろう。
「……鍵、お返しします。結局あの時出られなかったですし。その、忘れてて返しそびれていて……申し訳ないな、と」
「なるほど」
どうやらそのまま鍵をもって帰っていた事が居心地悪かったらしい。
妙な様子の真昼に得心した周は、ハンカチに載っている鍵を見つめる。
よく考えてみれば、真昼はほぼ確実に毎日夕ご飯をこの家で作っている。その度に周が玄関に出ているのだが、寄り道をして家に居なかったり手が離せなくて少し待たせてしまう事があった。
今の季節玄関の前で突っ立たせているのは、女性にはきついのではないだろうか。
女性が体を冷やすのは大敵だと聞くし、周としてもしばらく自分が棒立ちになると考えたらあまり嬉しくはない。
ほぼ毎日ここに来るのだから、彼女が鍵を持っていた方が周としても楽なのではないだろうか。
「別にそのまま持っててもいいけどな」
「え?」
「関わりがなくなる時に返してくれたらいいよ」
まあ言ってしまえば渡したからにはしばらくはお世話になるという事なのだが、真昼は鍵を受け取らなかった周を不安げに見ている。
「で、でも」
「というか一々玄関に出向くのめんどくさいし」
「本音漏れてますよ」
「お前、悪用したりしないだろ」
「それはそうですけど……」
一応一ヶ月以上、ご飯をおすそわけしてもらったりここで作ってもらったりして、真昼の人柄は理解しているつもりだ。
彼女は、まず常識的で良識的、悪事なんて出来っこない性格だ。
この鍵を得たところで、誰かに渡したり周が居ない間になにかするという事はほぼ確実にないだろう。信用してもいい相手だ。
「お前だって毎回インターホン鳴らして待つの面倒だろ」
「そうだとしても、あなたには警戒というものが足りない気がします」
「お前を信用して渡してるつもりなんだが」
その一言に目を丸くした真昼は、なんとも言えなそうに眉尻を下げた。
戸惑いと、他によく分からない何かが表情に浮かんでいる。
まあこちらとしては手間を省くために渡したままにしたいだけで、彼女が嫌だというのなら素直に引き下がるつもりだった。
真昼はというと、しばらくじっと周と鍵を交互に見て――そっと、ため息をついた。
「……分かりました。お借りします」
「ん」
「……周くんって、大物なのか無頓着なのか分かりません」
まったく、と呆れつつほんのりトゲのある声で刺してくる真昼に、周は苦笑するしかない。
「俺らしいだろ」
「そういう事を自分で言うものではありません」
ツン、とそっけない声で注意されて、余計に周の笑みが深まる。
こういった他愛もないやりとりをしてくれるくらいには、周に慣れてきたらしい。
そもそも名前呼びを許してくれるのだから、慣れていなくてはおかしいのだが。
仕方ない人ですね、と言わんばかりの呆れを多分に含んだ眼差しで見られるものの、冷たいというよりはほんのりと温かみがあるものだ。
周のおちゃらけが冗談と分かっているのだろう。
「では遠慮なく使わせていただきますけど、家に何かされても知りませんからね」
「何かって?」
「……いつの間にかお掃除してびっくりとか」
「そりゃありがたいな」
「冷蔵庫に作り置き沢山放り込んで冷蔵庫圧迫するとか」
「朝ご飯が幸せになって晩ご飯の品目が増えるな」
真昼のいたずらが平和すぎて、というかむしろありがたすぎてこちらとしてはウェルカムなのだが、あっさり流された真昼としては微妙に不服そうだ。
脅しにならない脅ししか出来ないのは真昼の善性が如実に現れているので、微笑ましいものである。
「何か馬鹿にしてませんか」
「してないが」
流石に笑っていると拗ねそうなので、拗ねた姿も見てみたかったものの、周は笑いを引っ込めて真昼を見守った。
ちょっとした息抜き回





