248 甘やかしたい
「……あ、あのですね、周くんは手加減が必要だと思います」
夕食後、甘やかし特盛の刑を執行していると、真昼が真っ赤な顔で周を見上げてくる。
ソファに一緒に座ってついでに真昼を撫でているだけなのだが、真昼はいたく恥ずかしがっていた。
別に性的な触れ方をした訳でもあらぬ場所を触れた訳でもないのに顔が茹だっているのは、真昼の顔を見ながら頭を撫でていたからか、腿の上に乗せてもたれかからせているからか。
「手加減って言われてもなあ。俺の何を聞いたのか教えてくれないとなあ」
「だ、だから周くんが心配するような昔話はされていません!」
「具体的には?」
「……周くんが小さい頃ブランコ漕ぎすぎて勢い余って飛んで泣いちゃった話とか志保子さんにほっぺちゅーしようとして勢い余って頭突きした話とか」
「アウト。情状酌量の余地はありませーん」
「そんなぁ……!」
小さい頃の周は母親のパッションにつられすぎて勢い余りすぎていたのでよくやらかしていたのだが、それを真昼に知られるのは何の罰だと思うくらいには恥ずかしい。特に、小さい頃の母親の頬にキスする話なんて男に持ち出すものではない。黒歴史そのものである。
今可愛がられている真昼より周の方が確実に恥ずかしい。
そもそも未遂だったのでノーカンであるが、あの志保子には頬擦り兼キスくらいされていそうなので、この辺をほじくると頭が痛くなりそうだった。
余計な事を聞きやがって、と言う代わりに真昼の脇腹に指を滑らせてソフトタッチでなぞると、びくりと震えた真昼が頬を引きつらせてこちらを見上げてくる。
もちろんやめてという懇願なのだろうが、お仕置きなのでやめるつもりはない。恐らく話は志保子から持ち出されただろうが、興味津々で聞いてるのは間違いないのだ。
くすぐりに弱すぎるので一応遠慮しつつくすぐると、真昼はいつもより高く跳ねた声で悲鳴を上げて周にしがみついてくる。逃げようとしないのは、バランスが崩れるからだろう。
「ひっ、……ふあっ、ご、ごめんなさっ」
「……他に聞いた事は?」
「こっ、今回はないですっ」
「今回は」
「こ、言葉の綾ですから……」
「……仮に全部言っていたとしても、これから聞く予定がありそうなんですよねお嬢さん。俺だけ黒歴史知られるのはずるくないですかねえ」
「だっ、だって、私の黒歴史とかそれ以前の問題ですし……」
これといって話す事がない、と付け足されて、周は真昼をくすぐるのをやめた。
嫌な事を思い出させてしまったかもしれない。真昼にとって幼少期は親の庇護も愛も受けていなかった時期なので、彼女にとって触れられたくなかった事だろう。
そういう話題に繋げてしまって申し訳ない、と眉を下げて真昼を窺うと、真昼は周が何を考えたのか見透かしたかのように小さく笑う。
「別にそこは気にしなくていいですよ? 今の私にとってそこまで重要な事ではありませんから。今現在満たされている、それでいいです」
「真昼……」
「それに、私子供の頃も大人しい方でしたから周くんみたいなやんちゃさんではなかったですし」
「やんちゃで悪かったな。……まあ、真昼がおてんばなのは想像つかないなあ」
からかうような言葉には頬を引っ張って仕返しつつ、小さな頃の真昼を想像する。
確かに、真昼がおてんばな姿など想像出来ない。小さい頃からいい子であろうとしていたらしい真昼は今よりもずっと大人しかっただろう。大人しい真昼などあっさりと想像ついてしまうので、おてんばな真昼も見てみたいものである。
(……真昼似の子供が出来たら見られるかな)
どちらの性質を継ごうが大人しめになりそうな気がしなくもないのだが、生まれてみるまでは分からないだろう。
大人しかろうがおてんばもしくはやんちゃであろうが、どれにせよ可愛い事には違いない。可愛げのない周に似るより是非とも真昼に似てほしいものである。
勝手に想像してほっこりしていると、周の胸に顔を埋めて頬ずりした。
「……小さい頃の私はあんまり可愛げなかったですよ? 本当に、褒められたくていい子にしてただけなので。年の割には出来る事が多かったですけど、結局可愛げのない子供って陰口叩かれましたし」
「誰に」
「その当時遊んでいた子供の母親にですかね。……周くん、顔、顔」
「だってさ」
子供に聞こえるような場所と声量で悪しざまに言う人が信じられないのでつい眉が思い切り寄ってしまって、真昼にうにうにとほぐされる。
特に子供は傷付きやすいというのに安易に悪感情を向けたその見知らぬ子持ちの女性には非常に物申したい事があるが、過去の事なのでどうしようもない。
真昼は引きずっている訳ではなくあっさりとした様子なのが幸いだが、傷となって残っていたらどうしてくれようかと思うくらいにはイラッとしていた。
「心配しなくても小雪さんが可愛いってべた褒めしてくれたので」
「小雪さんグッジョブ」
顔も知らない真昼の親代わりの女性に内心でサムズアップしておきつつ、真昼の頭を撫でて思い出を引き出しの奥から取り出している真昼を抱きしめる。
「周くんが思うより私は平気だったのですよ。見知らぬ他人から何か言われるより、実の親になにか言われる方が私には辛かったので」
「……真昼」
「湿っぽい話をしたい訳ではないのでここまでにしましょうか。一つ言えるのは、当時辛い事はありましたが、周くんとこうして知り合って結ばれたのは過去があったからです。その過去まで否定する事はないので、そんな顔しないでください」
心配性ですねえ、と笑った真昼の額に唇を寄せつつ改めて抱きしめ直すと、腕の中でもぞりと動きつつ頬を緩めた真昼が周に自ら口付ける。
「……それに、今は周くんに愛されてますので、平気ですよ?」
至近距離ではにかんでみせた真昼に、周は「可愛いやつめ」と呟いて、今日はもっと甘やかそうと心に決めてもう一度軽く口づけた。