244 翌日の会話
「んで結局バイトが決まったと」
翌日の学校で樹に問われたので素直に頷けば、軽い感じで肩を竦められる。
「木戸の紹介だったから心配はしてなかったけど、決まったならよかったよ。まあ、周が何か言いたそうな所があるのは気になるけどな」
「まあ、うん。なんというか濃い人だったなと」
「お前が言うからには相当なんだろうな」
逆に気になるわー、と座った椅子を体重で傾けながら笑っている樹に周も苦笑はするが、今のところは伏せておくつもりだ。教えたらすぐに職場に来るだろう。
少なくとも周がバイトを始めても慣れるまで知り合いには職場に来ないようにしてもらうつもりだ。たとえ真昼であろうとそれは変わりない。
朝真昼にそう伝えたら盛大に拗ねられて、朝の時間が十分程真昼のご機嫌取り兼可愛がりタイムになってしまった。
そんな真昼は千歳のところで話をしている。千歳はなにやらこちらを見てニヤニヤしているが、反応して面白がらせるのも癪なので敢えてスルーしておいた。
「まあ、多少変わった人ではあると思うけど、問題なく働いていけそうだと思う。木戸も何かあれば遠慮なく茅野を頼れって言ってるし」
「あー木戸の彼氏さんね。例の隠れマッチョの」
「その認識を本人に聞かれたら複雑そうな顔をすると思うぞ……そのあと木戸をジト目で見そうではあるが」
こちらを責めるというよりはそういう認識を植え付けた木戸に矛先が向きそうである。
本人はあまり悪びれていなさそうなので、茅野を労いたいところだ。
「とにかく、知り合いが居るってだけで安心感があるし、オーナーの人に聞いた限りでは年齢層が高めでおおらかな人たちが常連みたいだから困った事もそんなないらしいぞ」
「ふーん、それならよかった。何にせよ、バイトが決まったのならめでたい事だ。次からは何かあったらオレに相談してくれよ」
「はいはい、頼りにしてますよ親友殿」
未だにちょっぴり根に持っているらしい樹の背中を叩いておくと、照れ隠しのように口をへの字にしたあと周が叩いた時よりも強い力で背中を叩き返された。
これも樹なりの友情のようなものなので咳き込みつつ笑って「このやろう」とやんわり頬に拳をぐにりと押し付ける。
引き締まった頬に微妙な攻撃をしかけつつちらりと真昼に視線を滑らせれば、真昼はむぅ、といったちょっぴり不満げな表情でこちらを見ている。
バイト先にくるのはお預け、という事が不服らしい。
ただ、理性的には分かっているらしくもあり、朝の甘えタイムでは真昼が我慢するという事で納得していたので、問題はないだろう。
周の視線を辿った樹が「相変わらず愛されてるなあ」と唐突な茶化しを入れたので周が眉を寄せれば、樹は周の拳を柔らかく払いながらへらりと笑う。
「そういや昨日椎名さんとちぃと周のお母さんが買い物行ったんだろ? ちぃが周の服を選んで楽しかったーって聞いてたけど、椎名さん何買ったの」
「……それ言わないといけないやつか」
「おう。俺の事を放っておいた親友殿よ」
「やっぱりまだ根に持っていやがる……だから、その。……猫のきぐるみパジャマだよ」
昨日真昼に渡された紙袋の中身を思い出して渋々口にすれば、樹が盛大に吹き出した。
「お、お前がきぐるみパジャマって……」
「うるせえ。代わりに真昼はうさぎを着るからいいんだよ」
この年齢と体格で明らかに可愛い系のきぐるみパジャマなんて恥ずかしいにも程があるのだが、真昼がキラキラした目で見つめてきては着ざるを得ない。
代わりに真昼も自分の分として淡いピンク色のうさぎをモチーフにしたきぐるみパジャマを買ってきたらしいので、お泊りの時に着てもらうつもりだ。
前のベビードールより余程健全な姿になるだろうから、周としても色々と耐久しやすくて助かりそうである。
「周のパジャマ姿を椎名さんに写真撮ってもらって送ってもらおう」
「おいこらやめろ」
「大丈夫多分可愛い可愛い」
「そのひくついた口元を隠してから言え馬鹿」
口元を震わせながら余計な決意をしている樹の肩をべしべし叩く周に、樹は反撃はせずただ体を震わせて笑いを堪えるだけ。
少し離れた位置では「ほんと仲良いよねー」「ですね」と頷きあっている千歳と真昼が居て、周は思い切り渋い顔をしながら樹に緩く攻撃するのであった。