241 道中の事
千歳達と分かれた周は、木戸に連れられるままに歩いていた。
どうやら電車を使う距離らしいが、樹や千歳の家よりは断然近い場所を示されたので、通勤するにも問題なさそうな距離である。
問題は、果たして採用されるかどうかなのだが……木戸に聞いてみると、ニコニコしながら「大丈夫大丈夫」と返された。
「叔母さんのお店は少人数でやってて最近お客さんの入りが増えてきたから、人手が足りなくて礼儀正しい子を募集してたんだよねぇ。そこに藤宮くんの申し出があってラッキー! って感じだよ。藤宮くんならその辺り大丈夫だろうし」
「礼儀正しいかは微妙な気もするが」
わざわざ無礼をするような真似はしないが、礼儀正しいと言われたら首を傾げてしまう。必要な礼儀は持ち合わせているつもりではあるのだが、それが理想的とはとても言い難い。
「藤宮くんはちゃんと人で態度使い分けられるでしょ。先生達にはすごく丁寧で折り目正しい優等生って感じで振る舞ってるし」
「あれは目上の人間だし……目を付けられるより目をかけてもらいたいっていうか、よく思ってもらえれば何かと得するからだけど」
勿論相手が年上で目上の人間なので敬意を持って接しているが、教員の覚えがいい方が成績やその先の進学にいいという不純な動機もある。それが全てではないもののやはり打算はあるので、本物の優等生という訳ではない。
そういう事を考えているあたり自分でも可愛げがないとは思っているので肩を竦めてみせると、木戸はへらっと軽い笑みを浮かべる。
「いいんじゃない? 大事なのはこの場合マナーとTPOを弁え相手を尊重しているか、って事だし。そこに個人の意思がどうあろうが、目に見えるのは結果だけだよ」
「……木戸はそういうタイプ?」
「意外? 私は結構割り切ってるタイプだよ。全ての事にメリットを求める事はないけど、ある程度は行動する事に何らかのメリットを見出すのはおかしくないと思ってるよ。いつも善意では行動してないし」
さらりと言っているが、結構にシビアな考えをしている木戸に軽く目を瞠る。ただ、それは呆れや敬遠といったものではなく、親近感のようなものだ。
「今回だってそうだよ。私にもメリットがあるから提案したよ。善意百パーセントじゃなかったりします」
それを正面切って言うあたり木戸の善性もよく分かるので、周はうっすら苦笑しながら「ちなみに今回のメリットは?」と聞いてみる。
「んー、そーちゃんにはもう少し仲の良い友達を増やして欲しいというか」
「茅野?」
「うん。こう、そーちゃんって結構大人しくてぼーっとしてるタイプであんまり他人に興味示さないんだよね。でも藤宮くんの事は割と印象いいみたいだったし、物静かなタイプの藤宮くんは相性いいかなー、なんて思ってですね。それで、丁度藤宮くんがバイト探してるのと叔母さんの人手問題を解決出来て尚且つそーちゃんが働いてるお店を紹介した訳です」
ごめんね結構私へのメリットが大きくて、としょげたように謝ってくる木戸に、首を振って笑う。
「いや、茅野が働いている事は初耳で驚いたけど、紹介してもらってる側だから。同級生が働いてるのは安心出来るしよかったよ」
「そう? よかったあ」
へにゃ、と緊張を一気に解いたようなふやけ方に、やはり木戸は結局いい人には違いないんだろうな、と確信する。
「つーか、それはいいけど、自分は彼氏居るのに叔母さんの所で働かなかったんだな」
「うっ、それはですねえ、叔母さんは私の事も大好きだけどそーちゃんと一緒に居るのが一番好きらしくて……一緒に居るとにこにこ見守ってくるから仕事にならないというか。小さい頃から二人揃って可愛がってもらったからなあ。あと、私も私でそーちゃん居たらそっち見ちゃうし、そーちゃんには『よだれ垂らしそうだからやめておきなよ』って言われちゃって」
「……っふ」
「わ、笑ったね? 私だって弁えるよ? 人様の前で涎なんて垂らしたりしません!」
うっすらと顔を赤らめて眉尻を持ち上げた木戸だったが、内容が内容なので全く迫力がなく、更に笑みを誘ってくるので、周はわざと隠さずに笑うのであった。
活動報告に色々と2巻の告知をしてますので宜しければどうぞ……(宣伝)