229 帰宅と出迎え
カラオケを終え樹達と分かれた周と真昼は、微妙に疲労を訴えている体を動かして帰宅した。
許可はしてあったので、既に修斗と志保子は周の家についており、周と真昼を笑顔で出迎えた。
「お帰りなさい。よかったの? 友達との打ち上げは」
「多分遅くなるから。俺が居るとはいえ、真昼をそんな時間までうろうろさせたくないし、夕食の用意してきたみたいだから」
一人暮らしの自宅なのに母親に出迎えられるというのは違和感があるが、昔実家では当たり前だったので、懐かしさも覚える。
真昼は何故か慣れたように受け入れているが、夏休みの時のお陰かもしれない。志保子の姿に嬉しそうに頬を緩めているので、これだけで両親が来てくれた甲斐があった気がした。
穏やかな表情で志保子と会話する真昼の横をすり抜けて、周は自室に戻って着替えを済ませる。真昼は先に着替えてから周の家を訪れたので、周が玄関先から中に入るといつものように靴を脱いで志保子についていくようにリビングに向かった。
特に着替えを選ぶつもりはなかったので適当にクローゼットから見繕って着替えてからリビングに向かうと、真昼の姿はなく、キッチンの方で亜麻色が揺れている。
「そういや母さん達は晩御飯どうするんだ」
「私達は外で食べてきたわよ。流石に急だったもの。真昼ちゃんにも伝えてるわ」
「本当はホテルでも取って水入らずにしてあげたかったんだけどね」
「お気遣いどーも。別に俺今日真昼の家に泊まるし」
一応真昼の家に泊まるという周的にはある意味文化祭よりも大イベントが待ち構えているし、普段から二人なので水入らずといってもいつもの事だ。
泊まり、という言葉に志保子が瞳をキラリと輝かせる。
「そうそう、昼言ってたけど今日お泊まりなの?」
「……そういう事になってるから、母さん達はうちで好きに寝てくれ」
「あらあら。うふふ」
「……なんだよそのニヤニヤは」
「いえ、これは真昼ちゃんが期待するのかと思って」
「そんなのはないし、しない。あと息子の交際事情を詮索するな」
泊まりだからといって真昼に何かするなら真昼はもっと緊張するだろう。現状、表には出していないが周の方が緊張している。女の子の部屋に入るなんて経験はまずないし、それが恋人の部屋なら尚更だ。
そもそも親の前でそういう話をするはずがないので志保子の詮索を無視して修斗に視線を向けると、修斗は修斗でにこにこしながら周を見守っている。
修斗は周を注意や詮索する気は特にないらしく、ただ「仲良しでいいねえ」と実にのんびりとした感想を口にしていた。
「まあ、若いからって羽目を外さない程度にしなさい。それより、周は思ったよりお友達が出来ていたようでよかったよ」
「俺をなんだと思ってたんだ」
「ふふ、周は本当に信頼しないと打ち解けないからね。あの様子だと仲のいい子が結構居るみたいで安心したなあ」
両親にはちゃんと親しくしている人は居ると伝えていたのだが、こうして実際に見るまでは少し心配していたようだ。
「優太くんはあんまり周の話には出てこなかったけど、びっくりねえ。あんな男前でいい子が周のお友達なんて」
「それは自分でも不思議に思ってる。いいやつだからなあ」
「周くんがいい人だからだと思いますよ。類は友を呼ぶ、みたいな」
キッチンから話を聞いていたらしい真昼が、野菜を切る音を響かせながら声を上げる。
いい人、と言われるといまいちしっくり来ないが、波長が合ったのは確かだ。門脇自体は目立つ男だが、本人の性格的には目立つ事が好きではないし温厚で落ち着いた性格なので、静かな環境が好きな周とは相性がいいのかもしれない。
「それだと俺は樹とも類になるんだけど」
「友達想いなのは似ていると思いますよ。周くん、赤澤さんのご家庭の事も気にしてますし、改善に尽力しようとしていますから」
「まあ、そりゃあ、仲が悪いよりはいい方がいいだろ」
周は両親がおしどり夫婦と揶揄されるくらいには仲睦まじく過ごしているのを見てきたし、両親が子供を愛してくれているのも実感している。恐らく他の家庭よりは家族仲がいいのである。
これが当たり前で育ってきた身としては、押し付けたい訳ではないが樹の家族は何かしら和解して欲しいと思ってしまう。
真昼の両親のように取り返しがつかないものではないのだ、お互いに認め合えるなら和解も不可能ではないだろう。
「口は素直でなくても気遣ってるのはよく分かるって赤澤さんも言ってましたから」
「今度あいつにうるせえって言っておくわ」
「そういうところがまさに、って話ですね」
くすくすと笑い声が響いてくるので眉を寄せれば、周の表情を見たせいなのか真昼の言葉のせいなのか、両親も微かに笑って微笑ましそうにしてくるため、周はバツの悪さを覚えて全員から目をそらしてソファにどっかりと座る。
知らん振りをすれば更に笑い声が上がったので、周は「やってられない」とぼやいてバラエティー番組を映しているテレビに集中する事にした。