228 カラオケ中のお話
打ち上げという事で全員ハイなのか、結局周は周囲の面々からあれやこれやと歌わされて、リクエストが終わる頃にはぐったりとしていた。
一緒に歌っていた門脇は平然としているので、基礎体力の違いだろう。
「お疲れ様です。お上手でしたよ」
穏やかに微笑んで周の帰還を迎えた真昼もいつもより瞳の輝きが増しているので、彼女もハイになっているのだろう。
「……真昼もノリノリだったな」
「だ、だって。……周くんが歌ってる姿、かっこよかったですし」
「それはどうも。じゃあ次は真昼の番だな」
「え?」
「千歳ー、真昼貸すから次は真昼と一緒に歌ってくれ」
大層ご機嫌な彼女様を生贄に差し出すべく千歳に声をかけておく。
千歳は周の声かけに不審そうな目だったが、周の言葉ににんまりと笑って「任されたー」と上機嫌な返事をよこした。
「えっ、ちょっ」
「真昼が楽しんだなら俺も真昼の歌聞いて楽しみたいなー」
「そっそれは」
「千歳の選曲なら多分真昼も分かるやつだろうし問題ない問題ない」
「も、問題あるのでは……ち、千歳さんんん」
「ほらほらまひるんも腹くくって。どちらにせよみんな歌って盛り上がってくんだから」
乗り気になった千歳が真昼の手を引いていくのを、周は手を振って見送る。真昼から恨みがましげな視線が投げられるが、周も通った道なので諦めて欲しいものである。
これも経験、としみじみ頷きつつマイクを渡されてテンパっている真昼を眺めて満足げに瞳を細めていると、側に居た門脇が苦笑しつつフライドポテトを摘まむ。
「あとで椎名さんに仕返しされない?」
「精々ぽこぽこ叩かれるだけだから」
仕返しといっても可愛らしい仕返しなので、それなら進んで受けて反応を見たいくらいである。
気にしないといった態度の周に門脇は肩を竦めて、それからおろおろとしながらも歌い始めた真昼を眩しそうに眺めた。
真昼は水泳以外は大概何でも出来るので、歌唱もその例に漏れず上手い。しっとりとした邦楽という選曲がよかったのか、澄んだ声が紡ぐ歌は非常に心地がよく、皆雑談を止めて聞き入っている。
夜に子守唄でも歌わせれば直ぐに睡魔を差し向けてきそうな歌声に、周も頬を緩めた。
千歳は千歳で真昼に合わせた柔らかい声音で歌っているが、こちらも上手い。むしろ歌い慣れている分、真昼よりも歌詞や音楽に合わせた抑揚があり、技量的には千歳の方が上だろう。
表情は実にご満悦そうなので、恐らくこの曲が終わっても真昼を離さない気がする。
(まあ、何だかんだ真昼も楽しんでるみたいだからいいんだけどさ)
見捨てられて不満げだった表情も、今は恥じらいを含みつつも楽しそうに柔らかく緩んでいる。こうして大所帯でカラオケなんて経験がなかったらしい真昼は現状を大いに満喫しているようなので、周としても満足だ。
「……そういえば、二人ってこの後帰るんだっけ?」
穏やかな気持ちでマイクを握る真昼を眺めていると、隣に寄ってきた門脇が周にだけ聞こえる小さな声で問いかけてくる。
「おう。まあ、両親が来てるからな。真昼が夕飯の準備も粗方済ませて登校してきたらしいし」
「いやぁ、なんというか最早同居してるみたいだよねほんと」
「うるさい」
睡眠と身支度、風呂の際は自宅に戻るだけで、ほぼ真昼は周の家に居る。それが当たり前になっていてなんら違和感がないのは、それだけ真昼が周の生活に入り込んでいるからだろう。
「じゃあこのカラオケが終わったら二人は抜けるって事だね、了解。他の子達が残念がるかもしれないけど仕方ないね」
「まあ真昼が居ないと残念がるやつは居るだろうよ」
「あはは。自分の事は考慮してないねえほんと」
苦笑しながらうりうりと肩を小突いてくる門脇に、自分は真昼や門脇のような存在ではないという主張を込めてわき腹をつつき返しておく。
最近になって打ち解けてきたクラスメイト達ではあるが、二人のような人気がある訳でもないし、惜しがられたとしてもあくまで真昼とのセットだからだろう。何故かクラスメイトから生暖かく見守られているので、そちらが原因な気がする。
「まあ、ご家族の方も来てるから仕方ないね。遠くからわざわざ訪ねてくれるって家族思いだよね」
「……まあ、こっちを気遣ってくれてるのは確かだ」
「素敵なご両親だね。椎名さんとも仲良さそうだし、よかったじゃないか」
「むしろ息子の俺より大事にしているくらいだからな」
「あはは。でも、それは藤宮の事が大切だからこそだと思うけどな」
そう笑った門脇に周は軽く瞠目し、それから何だか少し気恥ずかしさを覚えながら「それは知ってる」と小さくこぼす。
照れた周に門脇は「いい両親じゃないか」とまた笑って周を軽く小突き直した。