227 打ち上げ
片付けを終えた周達は、微妙に疲労を感じつつも打ち上げにやって来ていた。
カラオケの部屋を三つ予約しているとの事で、参加者を三グループに分けて部屋に入る事になった。ここは樹の気遣いで、比較的仲のよい顔触れが固まるようになっている。
周達のグループは分かりやすく普段話す人達だ。真昼を始め、樹や千歳、門脇、柊に九重、そして最近話すようになった木戸といった面子である。
門脇がこちらのグループに来た事で女子達が微妙に残念そうにしていたが、門脇に目もくれない彼氏持ちの女子達が同部屋という事で安心もしているらしい。ちなみにその別部屋になった他の女子達からは「椎名さんと思う存分いちゃついてね」とにまにましながら言われたので、周はしかめっ面を返しておいた。
「つー訳でお疲れ様ー」
ドリンクバーで注いできたサイダーの入ったコップを掲げて乾杯の音頭を取る樹にならって、同じ部屋に居る面々がコップを持ち上げる。
コップを合わせるのは距離的に厳しかったのであくまでポーズだけだが、全員で乾杯してから周もメロンソーダを口に運んだ。
この独特の味と香りがジャンクさを醸し出していて周としては割と好きなのだが、一口欲しがった真昼に飲ませたところ眉間に皺を寄せていたので真昼の口には合わなかったらしい。炭酸が苦手という要素が強いだろうが。
涙目の真昼は自分の烏龍茶を飲みつつ、周にぴとりと寄り添う。疲れているのもあるのだろうが、やはりこんな大人数でカラオケは不安なのだろう。
「いやほんとお疲れ様。今回の功労者は木戸だなほんと」
自分のサイダーを一気に飲み干した樹は、どっかりと椅子に座って機嫌よさそうに頷いている。
話題に上がった木戸はちびちびと水を飲みながら苦笑を滲ませた。
「私というかうちのオーナーだけどね。衣装貸してくれるの太っ腹というか……あんなに予備があった事に驚いてるけどね」
「また今度お礼に菓子折り持っていかないとなあ」
「いっくんが真面目なのめずらしー」
「ちぃさんやオレに失礼すぎませんかね。オレにだって真面目な時はあるさ」
「それ頻度は」
「……半年に一度かな?」
「駄目じゃん!」
聞いていた周囲がドッと沸くのを眺めながら、周はゆったりと息を吐く。
幾ら全員話す仲とはいえ、こうも大勢だとなんとなく言葉を口にしにくい。元々樹のように明るくもなければコミュニケーション能力が高い訳でもないので、話をふられない限りは特に会話に参加するつもりもない。
真昼は真昼で盛り上がっているのを穏やかな笑顔で見守っている。賑やかなのが得意ではないが嫌いでもないらしいので、こうして見守っているのが一番楽しいのかもしれない。
「……なんで周は他人事のように傍観してるんだよ。いちゃついてないでお前もくるの」
「分かった分かった、分かったから立ち上がんな。ここ狭いんだぞ」
一応ある程度の広さは確保してもらったが、八人も居れば動きにくいし狭さを感じる。あまりウロウロすると邪魔なので大人しくしていてほしいのが本音だ。
「まひるんもおいでー。いっくんからかおう」
「からかわなくてよろしい。……もしかして椎名さんカラオケ苦手?」
「い、いえ、苦手という訳では……」
もじもじと身を縮める真昼に、千歳は納得したように「ああ」と視線を上に向かわせつつ言葉を続ける。
「……んー。まひるんは単純に歌のレパートリーがないからあんまり歌いたくないだけだと思うよ。普段はピアノ曲か英語の勉強兼ねて歌詞付きの洋楽とかしか流さないって言ってたし」
「育ちが出てるぞ……流石椎名さんというか」
「周と一緒に何か聴かないの?」
「俺は基本的に部屋に音楽かけない派だから」
一応部屋に立派なコンポが置かれているが、最早飾りに近い。そもそも部屋に居るのは基本的に寝るか一人で勉強、精々読書する時くらいで、結構な時間リビングに居て真昼と話したり一緒に勉強しているのだ。
「まこちん達は?」
「僕はまあ普通に流行ってるのを聴くくらいだし……」
「俺は特にないが、祖母が琴を弾いてるのを聞く事はあるくらいだ」
「そっちはそっちで何かおかしいんだよなあ。……つーか、音楽と言えば優太」
急に話を変えた樹は、にこにこしていた門脇に不満をありありとのせた眼差しを送っている。
「ライブやってたの何で教えてくれなかったんだよ。教えてくれたらシフトずらしたのに」
どうやらこっそりと文化祭でライブをした事について文句があるらしく、ドリンクをこぼさない程度にテーブルをばしばしと叩いている。
テーブルを揺らされて迷惑そうにしている九重はあの場に居たらしく、小さく「騒ぐから呼ばなかったんだろうなあ」と呟いていた。
門脇は樹の文句ありそうな顔にも苦笑を浮かべるだけで、申し訳なさそうな顔を浮かべる気配はない。
「そうすると思ったから言わなかったんだよ。わざわざ見せたいとは思わないし」
「周達は見てるのになーずるいなー」
「いいだろ、樹はよく一緒にカラオケ行くんだから」
「いーや、晴れ舞台は見たかったな。仕方ないからここで単独ライブしてくれたら許そう」
「ええ……」
無茶ぶりに困ったように眉を下げた門脇と目が合う。
嫌な予感がしたので思い切り視線を逸らせば、向かい側で門脇がにこりと笑った気配がした。
「じゃあそこの藤宮も犠牲になってもらおうかな」
「何でだよ!?」
「何にせよカラオケなんだからみんなの前で歌うだろ? 一緒に歌っても変わらない変わらない」
「お、急にライブの参加者が増えたぞいいぞもっとやれ」
周が居ればノリノリで門脇が歌ってくれると踏んだ樹が囃し立ててくる。千歳や木戸も打ち上げでハイになっているのか、応援とからかいを半分ずつに歓声を上げる。
周としては、歌が上手い人間とデュエットするのは気乗りしないので、真昼に助けを求めて視線を移せば――。
「私、周くんが歌ってるの聞いた事がない気がします。折角の機会ですから……」
と、明らかに樹側についたので、周は肩を震わせて「樹と門脇後で覚えてろ」と呟き、やけくそのようにテーブルの上に転がっていたマイクに手を伸ばした。
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