224 両親の来店
「あらあら真昼ちゃん、とっても可愛い衣装ね」
シフトの時間になって早々に両親がやって来て、周は真昼と共に出迎えつつ引きつりかけた頬を無理矢理微笑みに変えた。
志保子はメイド服の真昼に分かりやすく瞳を輝かせており、衣装を熱心に観察したり実際に触れて確かめている。
真昼は最早慣れているのか苦笑を浮かべるに留めているが、規則としては拒絶しなければならない。幾ら知り合いといえど公の場で一度前例を作ると、勘違いをした人が同じ事を繰り返してしまうのだ。それは望むところではない。
真昼だと押しに負けて好き勝手触らせてしまうので、周はため息をついて腕で志保子を制する。
「お客様、うちのメイドに触れるのはご遠慮ください」
「まぁ。周専用メイドなのね」
「普通に考えて当店のメイドの意味だよ!」
自分の、という意味に取ろうとするので更に頬をひきつらせるものの、志保子が意に介した様子はない。
周も、取り繕っても無意味な事を悟って素で接する事にする。
「あらあら、お口が悪い店員さんねえ。……ちなみに触っちゃ駄目なのは独占欲?」
「ちげーよルールだよ。おさわりは厳禁だ、うちはそういうサービスはしてない。他の客に示しがつかないからやめてくれ」
「それが母親でも?」
「駄目。あとまだ母親ではない」
もう既に真昼の母親気分なのだろう。いや真昼の実の母親より母親らしいし、なんなら志保子の実の息子である周より余程可愛がられているのだが、それでもまだ関係性は息子の彼女だろう。
周としては、そんな事を突っ込むよりさっさと両親を席に案内したい。先程から数組居た先客がチラチラとこちらを見ている。クラスメイトまでこちらを見ているので、明らかに恥をさらしているのだ。
「いいじゃない、どっちにせよ変わらないわよ」
「だから……もういい。それはいいから、案内させてくれ」
「そうねえ、まだお客様居るものねえ。案内してもらおうかしら。よろしくね、店員さん」
にっこりと微笑んだ志保子に口許が震えたが、静かにしていた修斗が視線で「ごめんね」と謝ってくるので、周はこっそりとため息をつきつつ表情を客向けのものに切り替える。
「失礼いたしました。お席まで案内させていただきます」
周の取り繕いように笑いをこらえる志保子はスルーしつつ、空いている席まで二人を連れていく。真昼は接客に戻ったらしく、他のテーブルの注文を聞いていた。
何故親にこういった姿を見せなければならないのか、と羞恥にため息がこぼれてしまいそうだったが堪え、メニューを二人に見せる。
「こちら当店のメニューです。すべてセット商品になっておりますがご了承ください」
「あらそうなの。修斗さんはどうする?」
「そうだねえ、店員さんのおすすめは?」
「お客様がコーヒーをお好みならAセット、紅茶をお好みならCセットになります」
父親は志保子のようにからかいはしなかったが、ほほえましい眼差しを向けてくるのが辛い。クラスメイトに接客をするのは平気だが、身内だと気恥ずかしさがある。
志保子についてはにやにやしているので最早苛立ちの方が強いが。
「ちなみにメイドさんお持ち帰りは」
「当店はそういうサービスはしておりません」
「周は持ち帰る癖に」
「人聞きの悪い事を言うな。あれは帰宅」
思わず素で返したが志保子は気にした様子はない。向こうも向こうで明らかに個人的な話を持ちかけてきているので、もう今更だろう。
「……結局周の家に連れて帰っているのだから、お持ち帰りしてると思うのだけど」
「あくまで帰宅だから。つーか、あれがお持ち帰りなら今日は俺が持ち帰られるし」
「まあ!」
もしかしてお泊まり? とキラキラした眼差しを向けられて、周は余計な事を言ったとすぐに後悔した。
「……それについては後で言うから今口に出すな。本当に」
「お年頃だものねえ」
「常識的に考えてだよ。店内で言うな」
渋い顔を作れば流石に修斗が志保子を宥めだす。
「まあまあ志保子さん、また後にしておこうか」
「それもそうねえ。後でじっくり」
「じっくりはやめてくれ。とにかく注文は」
「じゃあAとC一つずつお願いしようかな。それでいいかな、志保子さん」
「ええ。どちらも楽しめるものね」
心底嬉しそうにしているのは、修斗が志保子の望みを言わずとも理解しているからだろう。
「かしこまりました。少々お待ちください」
なので、周は注文を取ったらさっさと二人の下を後にする。どうせこの後いちゃいちゃしだすのが分かりきっているのだ。
案の定後ろから仲睦まじげな会話が聞こえてくるのでそっとため息をこぼしつつ裏に注文を伝えにいけば、裏方のクラスメイトがじっとこちらを見てきた。
「AとC一つずつ。……なんだよ」
「あれ、藤宮のご両親?」
「……残念ながら」
「残念ながらって何だよ。……いやまあ、なんか、藤宮とお母さんは思い切りキャラ違うけどさ」
クラスメイトも志保子の明るさを見ていたのだろう。あれと比べられれば、当然似ていないだろう。
表の方でにこにこしながら会話をしている両親の席をちらりと見たクラスメイトは、今度は周の方を見る。
「……あー」
「何だよそのあーって」
「いや、似てるなあって。お父さんと」
「そうか? まあ、母さんよりは父さんの血が濃いと思うけど……」
「うんうんそうだなー」
何か他に言いたい事があるような相槌を打たれて瞳を細めるが、追求する前に「俺やる事あるからー」とそそくさとその場を離れていったクラスメイトに、周は何なんだと訝しみつつも持ち場に戻った。





