219 手芸部の筋肉フェチ
「藤宮くんのご両親ってすごく仲いいんだね。藤宮くんそっくり」
仲睦まじい事を全身で表しながら手芸部のハンドメイド商品を見ている両親の姿に、売り子をしていた木戸がくすくすと小さな笑い声をあげた。
大してクラスメイトの所属部を知らなかった周だが、どうやら木戸は手芸部に所属していたようで、今の時間帯の売り子当番らしい。
「てっきり俺は木戸はどっかの運動部のマネージャーやってるのかと……」
両親から微妙に距離をとっていた周は、お手製らしいエプロンをまとった木戸を眺める。
筋肉フェチで筋肉大好きと公言する彼女の事だから、てっきり運動部のマネージャー辺りをやっているかと思ったのだ。男子が居て筋肉を見る機会を得ようとするのだとばかり思っていたが、手芸部は意外だった。
「まあ合法的に男子の筋肉を拝めるからね。でも生憎と私はソロ活動してるので。それに、そーちゃんが拗ねちゃうし」
「茅野が?」
「そういう肉体的に鍛えてる職業の人をテレビや写真で見るのは何とも思わないけど、こう、学生を見てにたにたするのはやめてと」
「それは嫉妬というより木戸の外聞を気にした結果な気がする」
筋肉に見とれうっとりしてよだれを垂らしそうな可愛い女子姿を、他人に見せたいとは思わないだろう。それも自分の彼女なら尚更。
ただ、周の評価に不服らしい木戸はぷっくり頬を膨らませている。
「失礼な。私だってにまにまする相手くらい選ぶからね」
生半可な筋肉じゃにやけませんー、とにやける事自体は否定していない木戸は、腰に手を当てて胸を張った。
「まあ、手芸部に入ってるのは、頼むから女の子らしくしてくれと父さんからの懇願というか……。まあ、大きな要因が、そーちゃんの服を手ずから作れておまけに採寸まで直々にさせてもらえるからというか」
「うわ筋金入りだ……」
「ひ、引かないでよぅ。し、椎名さんもほら、藤宮くんが脱いで採寸させてくれるなら直々に手作りしてくれると思うし」
「俺の真昼に特殊性癖を植え付けないでくれ」
むしろ真昼は恥ずかしがって周の裸を見たがらないので、脱いでもらいたがるなんて事はまずない。木戸のような筋肉フェチにしてもらっても困る。
何故か残念そうな木戸を呆れも隠さずに眺めていると、両親と商品を見ていた真昼がこちらにやってきて不思議そうに首を傾げる。
「話し込んでましたけど、何の話をしているのです?」
「え、椎名さんは藤宮くんが脱いだらよろこぶって」
「んな訳ないだろ。なあ真昼」
「そっ、そんな事……ない、と、思います」
「なんで弱々しい否定になってるんだ」
真っ赤な顔で勢いよく否定するかと思いきや、微妙にためらいのある否定だったので、周的には驚きを隠せない。
「え、私が椎名さんに筋肉のよさを説いたから?」
「余計な事をしないでくれ。真昼に変な知識をつけなくてよろしい」
「あくまでよさを語っただけだし、人体の美しさを変な知識と呼ばないでほしいの。努力して肉体を鍛えて磨きあげた成果を変な知識と言うのは筋肉に対して失礼だと思う」
「あっはいすみません」
思いの外真面目な顔で説教されたので、反射的に謝ってしまった。
「……いやそれでも真昼が目覚めてしまったら、どうしてくれるんだ」
「脱げばいいんじゃないの?」
「脱がない」
オーバーヒートする事が目に見えているので、脱ぎはしない。一緒に風呂に入った時はなんとか堪えていたが、普通に脱いだら恐らく暫く目を合わせてくれなくなるに違いない。
誰も彼もが裸を見たがる訳じゃない、と半目で木戸を見やるも、本人は悪びれた様子はなくにこにこと「椎名さんも見たがってるのにねえ」と呟いている。
ちなみに真昼が赤い顔でブンブンと首を振っているので、それは木戸の筋肉フェチ仲間を増やしたいが故の妄想だろう。
ぷしゅう、と湯気を立てそうな真昼は、唇を震わせながら「そんなはしたない事ほんのちょっとしか思ってません」と呟いている。
いやちょっとは思っているのか、と突っ込んだら真昼は暫くお口をファスナーで閉ざしてしまうので、聞かなかった事にしておいた。恐らく真昼的には恋人への興味から来ているのだろう。木戸のようなフェティシズムからくるものではないと信じたい。
「あらあら楽しそうにお話ししてるわね」
真っ赤な真昼をどう宥めようかと考えていたら、どうやら気に入ったものをお買い上げしたらしく鞄にしまいながらゆったりとした笑顔を浮かべた志保子と修斗が近寄ってきた。
木戸はぱちりと瞬きをした後、居住まいを正して恐らく外行きの笑顔を浮かべる。先程の筋肉談義の笑みを微塵も感じさせない。
「あ、藤宮くんのご両親ですね。初めまして、藤宮くんと椎名さんのクラスメイトの木戸彩香と申します」
「これはご丁寧にどうも。私は藤宮修斗。こちらは家内の志保子です」
修斗が名乗り志保子を紹介すると、木戸は笑顔でぺこりと頭を下げている。猫を被る気満々なので不覚にも笑ってしまった。
「何の話をしていたんだい?」
「……木戸の趣味嗜好の話」
修斗からこちらに質問がきたので、目を逸らしながらマイルドに返すと志保子が興味を持ったように瞬く。
「あらどんな趣味を持ってるの?」
「そうですね、人間観察……でしょうか? それと、努力をする人を見るのが好きだし応援しています」
人間観察なので嘘はついていない。努力をする人を応援する、も筋肉についてなので嘘ではない。正確なものではないが。
「ちなみにうちの周は木戸さんから見てどう? 頑張ってる?」
「そうですね……頑張っていると思います。ただ、私は話すようになって間もないので、まだまだ藤宮くんは未知数というか……」
確実に周の筋肉の話をしている気がするが、両親の前で突っ込む気はない。余計な話に飛び火したらたまったものでもない。
真昼もそれが分かっているのか、黙っている。ただ会話をして気を取られている両親の隙をついて、周のお腹をこっそりぺたりと触っているあたり木戸に毒されている気がした。
その手を引き剥がしつつ「それは家でやってくれ」と咎めておくと、人前で何をしているか自覚したらしい真昼がさっと顔を赤くする。
「私としては、椎名さんと一緒に居る藤宮くんは幸せそうですし頑張ってますので、それを近くで眺めていたいなと思ってます」
「あら、二人ともちゃんと学校でも仲良くしてる?」
「はい、とっても。見ているこちらが当てられるくらいには」
「おい木戸、頼むから変な事は」
「やだなあ、変な事じゃないし事実だもん。二人はお似合いのカップルだなって常々思ってるんだよ?」
筋肉のよさを変な知識扱いした事の仕返しなのか、にまにまといたずらっぽい笑顔を浮かべて誉めちぎる木戸に両親が嬉しそうに笑うので、周はこの場から今すぐ離脱したくなった。
先程の真昼くらいに顔が赤い事を自覚している周は、このやろうと木戸を睨むが、木戸はどこ吹く風だ。
「クラスのみなさんからも認められているようでよかったよ」
「うるせえ」
修斗が本当に穏やかな笑顔で喜ぶので、周は居たたまれなさに口を歪めてそっぽを向いた。