217 呼び名はいつ変えたい?
二日目の準備を終えて下校し、明日の夕食の材料を買って帰ると、何故か真昼がメイド服姿で周を出迎えた。
「……なんでメイド服着てるの」
管理は貸し出されている本人がするので持ち帰っていてもおかしくないのだが、まさか身に付けているとは思わず、つい瞳が細くなってしまう。
自宅にメイドが居るというシュールな光景を見せられて固まっている、と言ってもいいだろう。
(先に帰るって言ってたから何か企んでるとは思ったけど)
普段なら一緒に帰宅するところを周に買い出しを任せてさくさく帰ってしまったので訝しんでいたのだが、まさかメイド服でお出迎えするとは思うまい。
学校で見たぶりの服装をした真昼は、周の帰宅にいつもの微笑みを浮かべている。
「洗うために持って帰ってきたのですけど……折角ですので。こんな機会、そうそう訪れませんから」
「まあメイド服なんて一生に一度着るか着ないかが普通だからな」
コスプレでもしない限り、普通はまず着用する事はないだろう。
ただ、まさか真昼が進んで身に付けるとは思っていなかったので、周としては困惑が強い。
とりあえず靴を脱いで手洗いと着替えを済ませてリビングに向かえば真昼が待っており、丁度周の分の紅茶を注いでいるところだった。部屋の内装に目を向けなければまさにメイドといった立ち振舞いで、非常に居心地が悪い。
「……ちなみにいつまでその格好で居るつもりなんだ」
「そうですね、ご飯が炊けるまで、ですかね? おかず自体はもう昨日の内にあらかた仕込んでいますから、冷蔵庫から出すだけのものと焼くだけのものですし」
「左様で」
「……嫌、でしたか?」
周が微妙に気乗りしなさそうな顔で対応していたのが気になったのだろう、しゅんとしょげたように眉を下げてこちらを窺ってくる。
「嫌とかではなくて、落ち着かないというか」
「そうですか? 私は周くんのお世話にもやる気が出ますけど」
「お世話って……いや確かに世話はされてるけども」
「あと、二人きりの時でないと、周くんは触ろうとしないでしょう?」
そう笑って控えめに隣に腰かけた真昼は、固まった周の肩にもたれ腕を絡めてくる。
触ろうとしない、というのはこの服のまま抱き締めたり手を繋いだりしない、というのだろう。
「メイドさんにおさわりは普通禁止だろ」
「……周くんはその、だ、旦那様ですので、平気です」
噛み噛みで詰まりながらも羞恥を含んだ声で呟いた真昼のあまりのいじらしさに抱き締めたくなったが堪え、代わりに絡んでいる腕の先の手を握る。
メイド服には大した興味はないが、真昼が可愛らしい服装をして可愛らしい仕草をしている、それだけで理性がぐらりと揺らぐのだ。
「……そういう事を言って、俺が無体を強いたらどうするんだよ」
「……それは無体でもないですし、強いてもいませんよ。私は、周くんに尽くしたいですから」
「いつも尽くしてもらってるよ」
「それじゃあ足りないです。私は周くんにたくさんのものをもらってますから……もっと周くんにあげたいです」
真昼からしてみれば、周はたくさんのものを真昼にあげたらしい。それが人との関わりや愛情、温もりといったものなのは想像がつく。
(……恩に着せたくてあげた訳じゃないし、俺があげたかったからあげただけなんだけどな)
真昼のため、というよりは周自身が強く思ったからあげたのであって、真昼が気にするようなものではない。それに、真昼の笑顔で報酬になっているのだから気にしないで欲しかった。
ただ、真昼はそれを言っても納得しないだろう。
「……俺としては、将来的に色々ともらう予定なので、今そんなにもらわなくていいです」
なので、今後たくさんもらう予定があると伝えると、真昼はぱちりとカラメル色の瞳を丸くして瞬かせ、それから何をもらわれるのか思い当たったらしく一気に沸騰した。
色づいた頬のままうろたえながらもこちらを見上げてくる彼女の姿に小さく笑って、絡んだ腕をほどきつつ可愛いメイドさんを膝の上に横抱きする。
更に頬を染めて視線をさまよわせる真昼に、先程までの積極性はどこにいったんだとひっそり肩を震わせつつ熱そうな頬に唇を寄せた。
「だから、真昼が俺の事を旦那様って呼ぶのは、もう少しお預けにしてくれた方がいいかな」
「はっ、はい……」
こくこくと勢いよく頷いてホワイトブリムをずらしにかかっている真昼に、周はこれ以上の言葉は要るまいと薄紅の唇に噛みついた。