216 文化祭一日目終了
「何で出るって言わなかったんだよ」
出番が終わって壁際に居る周達に顔を見せにきた門脇に突っ込んでみると、門脇は歌うために開けていたネクタイを締めながら困ったように眉を下げて笑った。
「最初は出る予定とかじゃなかったんだけど、ボーカルの子が一週間前に部活で脚をやっちゃって……流石に怪我してるのに出るのは医者に止められたらしくて、俺が代打というか」
体を動かすようなパフォーマンスもあったので、たしかに怪我していたら不可能だったろう。
「そっか。脚を怪我したやつは大丈夫なのか?」
「うん。やっぱり出られなくて悔しそうにしてたから、申し訳なさはあったなあ。楽しんでくれたみたいではあるんだけど」
「まあ、それは仕方がないというか……。しかし、代打でよくあそこまで歌えたな。ばっちりだった」
「そうかな? よかった」
元々歌が飛び抜けて上手いのはカラオケで実感していたが、まさかああしてステージに立っても観客に気圧されず逆に圧倒して魅了するほどだとは思うまい。
女子達の歓声を聞きながら上手さに感心していたのだが、その様子も見られていたらしく門脇は気恥ずかしそうに頬をかいている。
「……こう、やっぱなんか恥ずかしいね。友達に見られていると照れ臭いというか」
「見ない方がよかったか?」
「ううん、そんな事はないよ。藤宮と椎名さんがいつも通りな顔で、ちょっと安心したし。見慣れている人が居ると安心するからね」
むしろそういう点では助かった、とはにかんだ門脇に、こっそりと様子を見ていた周囲の女子達がざわざわとさざめく。
相変わらずどこでも注目を浴びてるな、と内心で苦笑しつつ、照れと誇らしさが同居したような笑みを浮かべる門脇に「どういたしまして」と茶化すように笑っておいた。
真昼はただ穏やかな笑みで「お疲れ様です」と労い、あくまで周の付き添いだという姿勢をとる。
おそらく要らない嫉妬をもらわないようにするためだろう。真昼と周が付き合っているのは周知されているが、それでもあまり門脇と人前で馴れ馴れしくするのは、面倒な事によくない印象を抱かせるのだ。
「しかし惜しいな。折角なら樹達にも見せてやりたかった」
「えー、やめてほしいなあ。言わなかった事に不満言ったり茶化したりするだろうし」
「まあそれくらいは甘んじて受けとけ。内緒にしといたのが悪い」
「急遽決まったから仕方ないんだってば。不可抗力だよ」
やめてよ、と笑いながら言っているので、またあとでクラスに集合した時に言ってやろうと誓いつつ、頬を緩めて「やなこった」と軽く肩を叩いておいた。
「一日目、お疲れさまでしたー! いやはやほんと頑張ったな!」
ステージは閉場まで行われており、真昼、門脇の二人と一緒にステージを見てから、クラスに戻ってきた。
文化祭一日目の日程が終了し、クラスにはそれぞれ休憩やシフトをこなしたクラスメイトが集まっている。各々楽しんだのか、満ち足りた表情を浮かべていた。
実行委員の樹が労いの言葉を口にすると、クラスメイト達がそれぞれ喜びの声を上げている。
樹はある程度ざわめきが収まってから、咳払いして改めて注目を集める。
「んじゃ、これからは明日の準備も兼ねた軽い片付けをするぞ。会計班は売り上げの合計と注文数が合ってるかの確認してオレに報告なー。お金は規定の袋に入れてそれもオレに提出。オレはそれを運営に提出してくるから。裏方班は明日の準備、接客班はこの教室の清掃、終わったら裏方班の備品整理なー」
「はーい」
各々仕事を振り分けられ、素直に頷いて自分の役目につく。
周は清掃なので、サクサク終わらせようと腕捲りをしてバケツに水を汲みに行く。
一年前は掃除なんて不得手中の不得手であったが、真昼の指導と日々の積み重ねによって、得意ではないが平均的にこなせるようになった。正しくは綺麗なままを維持出来るようになった。
「……テキパキだねえ」
真昼と息を合わせながら掃除をしていた周に、木戸が感心したような声を上げる。
「いや、俺より真昼の方が手際いいから。俺の師匠みたいなもんだし。最初はほんと片付け出来なかったから」
「藤宮くんは几帳面なイメージだったから意外」
「家の外だったらしっかりしてたんですけどね、周くん」
汚れたテーブルクロスを畳んで撤去している真昼は話を聞いていたらしく、からかうような声音を向けてくる。
家の中ではだらしない、と暗に言われて周としては押し黙るしかない。文句が言えないくらいにその通りなのだが、あまりからかわれるのも趣味ではない。
「仕方ないだろ。一人暮らしの男なんてそんなもんだ」
「それでもひどいと思いますけど。私が足を踏み入れた時に足の踏み場がなかったんですから」
「……そんなもんだ」
「えー。一人暮らしじゃないけど、うちのそーちゃんは部屋綺麗だよ? 私が入るからってきっちり片付けてた。お陰でベッドの下とか何もないんだよね」
「流石にやめてやれ探すのは」
その辺りのものを彼女に探されるのは男子的には背筋が寒くなる案件なので、全国のカップルの彼女は隠しているものを暴かないでやってほしいところである。
周としては探られたところで何もないし痛くも痒くもないが、大半が隠し持っているので探られると困るだろう。
「あ、いや探そうとした訳じゃないんだけど、お約束あるのかなって気になって。ほら、漫画だとよくあるじゃない?」
「流石にそれは漫画の読みすぎだろ」
「だよねえ。そーちゃんも安直すぎって笑ってたし。……ちなみに藤宮くんは?」
「痛くない腹を探られても困る」
「あはは」
へらへらと笑う木戸に茅野も災難だったな……と同情していると、真昼がこてりと首を傾げた。
「何の話をしているのです?」
どうやら作業をしていて話を聞き取れていなかったらしい真昼が不思議そうにするのを見て、周は出来うる限り自然を装って目を逸らした。
「別に大した話じゃないから」
「んー、藤宮くんは椎名さんが居るから要らないって話なんじゃないかな」
「木戸」
変なことを言うな、とじわじわ奥から滲んでくる羞恥をこらえつつ悪戯っぽく笑う木戸を睨む。
その様子にますます笑みを濃くする木戸と対照的に更に不思議そうに瞳を瞬かせる真昼に、周は耐え兼ねて真昼の手を引いて木戸から引き剥がしておいた。
「結局なんだったのです?」
「何でもないですー」
「何でもなくない顔ですけど」
「いいの。何でもないから」