21 友人の詮索
「ねえねえ周、プレゼントの相手とは上手くいった?」
買い物に付き合ってもらったから当然と言えば当然なのだが、翌日千歳のにやにや笑いと詮索に出迎えられた。
他クラスである千歳が放課後クラスにやってきた、のはいいのだが、相手にしたくない類いの笑みだったため今から即彼らと別れたい気分だった。
「断じてお前の想像しているような間柄でも展開でもなかった」
少なくとも、恋愛感情を抱いていた訳ではないしどうこうなりたいつもりで渡した訳ではない。
喜んでもらえた、というのには間違いないが、千歳が期待しているような展開ではまずなかった。
「いやでもさあ、お前が気にかけるって事自体珍しいんだよなあ。余程関わりのある知り合いって事だし。んで女。そりゃ勘繰られるわ」
「なんのやましい関係でもない」
樹も千歳の援護に回っているが、周はばっさり切るしかない。
真昼が喜んだのはよいが、こういった面倒があるからなるべく他人には相談したくなかったのだ。
彼らの好奇心の糧にされるのはごめんなので素っ気なく返すと、樹が少し考え込むように口許に手を当てる。
「……うーん。なあ周」
「何だよ」
「もしかして、贈った相手ってお隣さん?」
本当に、樹は勘がよく働く上に地頭はいいのが、こういう時に厄介だと思った。
「……どうしてそう思った」
「お前が関わる範囲で知り合い、世話になる範囲って言ったら隣人だろ。お前ここ地元じゃないし、女とつるむことないし。こないだおすそわけもらってたし、それで恩義感じたんじゃねえかなと」
「さあな」
「ふーん。……周、最近顔色すこぶるいいよなあ」
「あ、それ私も思った」
「おすそわけ、結構頻繁なんじゃないか。だから感謝として誕生日に贈り物したとか?」
本当に、的確に当てすぎていて周は頬がひきつらないように必死だった。
まるで現場を見ていたんじゃないかと思うくらいには言い当てていて、たまに樹が怖くなる。チャラいようでまめで思慮深い樹は実は割とモテるのだが、そういう部分は千歳だけに発揮していてほしい。
「憶測でよくそこまで勝手な事言えるな」
「事実が分からんから想像するしかないんだよなー。で、本当は?」
「さあな」
「ケチなやつめ」
「けーち」
「うるさい」
彼らが何といっても、口を割るつもりはない。
ぽろっと口に出したが最後、こっちが全部吐き出すまで追及をやめないだろう。樹はともかく、コイバナというのが大好きな生き物である現役女子高生は。
恋が一切なかろうが恋に繋げるという摩訶不思議な生き物が居るので、非常に厄介きわまりない。
まったく、とため息をつきながら帰り支度を済ませ、リュックを背負う。
戦略的撤退であり、彼らの胸焼け攻撃を回避するためでもある。
「じゃあな。お前らは人の事情に口突っ込んでないでいちゃいちゃしとけ」
「言われなくてもするけどな?」
「……いっくん、尾行して件の女性に会うところを……」
「それターゲットが居る前で言う事ではないし、お前が思っているような事は一切ないし、したところでエントランスで止まるぞ」
「ちぇっ」
可愛く唇を尖らせているが、目は割と本気だった。
冗談抜きで真面目にやりそうな千歳に戦慄を覚えながら、周は二人を置いて教室を足早に出るのだった。
「……危なかった」
「何がですか?」
家に帰って思わずこぼすと、不思議そうに真昼が問う。
夕食を作るのにもまだ早いという時間に買い出しをして周の家に来てしまったため、一緒に少しゆっくりしていたのだが、独り言を聞かれていたらしい。
ちなみに、今日の彼女はいつも通りだ。
昨日のあの笑顔は欠片も見えない。夢だったのではないかと思うくらいに、彼女はいつもの表情をたたえている。
それが普通であるし、むしろそうであってほしい。あんな表情をされると、こっちの心臓が痛くなりそうだった。
「いや、まあ、プレゼントについて樹達が勘ぐってたから」
樹達に相談したからな、と付け足してため息をつくと、樹の名前は覚えていたらしい真昼が「ああなるほど」と得心したように息を吐く。
「まあ、藤宮さんがまず買わなそうなものですからね」
「そういう意味じゃないんだがな」
周が女性にプレゼントを贈りたがっている、という事自体が彼らの周像では有り得ないらしく、非常に恋愛云々を疑っているのだろう。
実際は、別に双方甘いとか酸っぱいとか苦いとか、そういった恋に伴う感覚も感情も抱いていないのだ。
「こっちの話だ。ったく、変に邪推しやがって」
たしかに、真昼は可愛いしあの時は触りたいという欲求もあった。それは否定しない。
だが青少年なら誰でも起こりうるものだと思っているし、そもそも真昼がとんでもない美少女だと改めて実感してどきどきしただけで、これが恋愛感情な訳がない。
人として好ましいと思えど、彼女とどうこうなりたいなんて、大それた事は思っていないのだ。
ちらりと見れば、相変わらずの整った美貌。
しかし、昨夜のような動悸がするなんて事はない。自分は彼女を好きなんかではないと再確認して、そっとため息をつく。
見ていたなんて知られたら何を言われるか分からないのでスマホに視線を戻したら、ふとチャットアプリのアイコンに未読の数字が幾つか溜まっていた。
恐らく樹だろうとアプリを開いてみれば、新着欄に来ていた名前は周が想像していないものだった。
志保子という名前を見て、周は眉を寄せる。
周の数少ない女性の連絡先三人、その内の一人だ。
内訳は千歳、真昼、そして――母親。
なんなんだ、と彼女専用の会話画面を開くと、周が苦手としているハイテンションな文面で考査はどうだっただの生活に不自由はないかだのそういった事が書かれている。
千歳が苦手なのは、身内にも千歳に似た……というか千歳が年を重ねればこうなるんだろうなという人間がいるからだ。嫌いではないし憎めないが、実の母親でも性格は苦手というものがあったりする。
『お義父様から果物が届いたから周にもお裾分けするわね、送るから土曜の昼過ぎは家に居ること! 受け取り拒否とか不在とかは許さないわよー?』
「勝手に俺の予定決められてるし……」
別に土曜日は特に予定がないのでいいのだが、もう少し早めに連絡しておくべきではなかろうか。
「どうかしましたか?」
呟いた言葉が聞こえたらしく、真昼がいつもの表情でこちらを見る。
「ん、母さんが土曜の昼過ぎにじいさんのところで採れた果物送るだって。多分りんごとかかな」
「皮剥けるのですか」
「……ピーラーでいけるかな」
「そりゃ剥けますけど……厚めに剥いてしまいますから栄養分が少しもったいないですね」
うちの母親も言いそうな事だ、という感想は飲み込んでおく。
「いざとなったら丸かじりするから」
「ワイルドですね」
「めんどくさいからな」
「ずぼらですね」
相変わらず意見は率直な真昼には苦笑しか浮かばず、肩を竦めてやりすごす。
真昼は呆れたような様子を見せていたものの「まあ胃に入ってしまえばそう変わりないですからね」と納得の姿勢を見せた。
「そうだ、傷む前に全部食いきれるか分からんから椎名も要るか?」
「じゃあいただきます。果物って単価高いですからね」
なんだか所帯染みた事を言っているが、真昼らしいと言えば真昼らしいだろう。
「土曜日ですよね。でしたらお礼も兼ねて先に昼食でも作りますよ」
「いっつも俺が世話になってるんだけどな」
「別に、藤宮さんに作るのは嫌いではないので構いませんよ」
くす、と本当に小さく微笑んだ真昼。
それが昨日の事を思い出させてなんだか気まずく、周は微妙に目を逸らしながら 「……じゃあ頼む」と素っ気なく返すのだった。