209 両親の居場所
木戸と茅野からありがたく割引券をもらって二人と分かれた周と真昼は、早速焼きそばを購入して裏庭の方で食べる事にした。
設けられた休憩所には空きがないし備品が置いてある控え室に長居する訳にもいかないので、消去法で空いていそうな裏庭の方に来たのだ。
裏庭の奥までは部外者が入れないようになっているので、学生は少し居るが座る場所はある、といった感じである。
真昼が座る場所にはタオルを敷いておきつつ木陰にあるベンチに腰かけ、それから盛大に背もたれにもたれた。
「なんつーか、賑やかすぎて落ち着かないんだよなあ」
「ふふ、周くんは静かな環境の方が好きですもんね」
「あと真昼がじろじろ見られるのが嫌だ。減る」
「減るものでもないですけど……」
「俺の精神がすり減る」
どうしようもないので我慢はしているが、面白くはない。制服を着ているからメイド時よりは視線も落ち着いているが、やはり美人はよく目立つ。
まあ真昼が諦めているし慣れているそうなのであまりとやかく言えないので、こうして小さく愚痴をこぼす程度だ。
真昼もそれが分かっているのか困ったように苦笑してよしよしと頭を撫でてくるので、周はそれを受け入れつつそっとため息をつく。
「明日は更に人来るんだろうなあ、評判もそうだし、俺達は午後からだからな」
「まあ明日耐えればおしまいですから。……そういえば志保子さん達は?」
周達の給仕服姿を見に来ると意気込んでいた志保子達の姿が見えない事を不思議に思ったらしい真昼に、周は頬をかいて肩をすくめる。
「明日くるだとよ。んで休みとってるから二日くらい滞在するんだと」
「本当ですか!」
「何でそんな嬉しそうなんだ」
「今度修斗さんに母の味を教えてもらうという約束をしていましたので、その機会が早くやって来たなって」
「男なのに母の味とは……いやまあどちらかといえば父さんの味の方が馴染みあるからなあ」
志保子と修斗は夕飯を決められた日時で分担して作っているので、どちらの味も周には馴染み深い。ただ、志保子の料理はTHE・男所帯の料理、といった味付けと量と料理チョイスなので、お袋の味には違いないが、あまりお袋の味といった風を感じないのだ。
修斗の方が料理上手であり繊細でありながらほっとする味なので、我が家の味というなら修斗のものだろう。
ただ、真昼自体ならう必要のないくらいに料理上手なのだが……藤宮家の味付けを覚える、という点が重要らしく、何やら意気込んでいた。
「別に真昼の味で満足してるぞ?」
「それはそれ、これはこれ、です。食べたくなった時に作ってあげたいので」
「左様で。……俺としては、真昼の味がうちの味だから、無理に覚えなくてもいいけど」
「……油断したらそういう事を言うっ」
いずれは、というより既に胃袋を掴まれて毎日美味しいご飯を食べさせてもらっているので、真昼の味が我が家の味なのは疑う事はない。藤宮家とはまた違った、二人の味という事だ。
真昼は周の言葉に季節外れの桜色を頬に咲かせ、持ってきていた使いきりのおしぼりを頬にべしべし当ててくる事で地味に周にも同じ色を付けようとしていた。
膝に載せているやきそばが落ちそうなのでやきそばを移動させつつ、宥めるようにわしゃわしゃと頭を撫でた。
午前中にしていた三つ編みのせいでややゆるやかなウェーブを描く髪を更に空気を含ませてみれば、真昼の頬まで膨らみかけている。
「……周くんって、やっぱり撫でたら誤魔化せるって思ってませんか」
「思ってはないけど、喜ぶと思ってる」
「そういう所も駄目です」
ツン、と冷やかを装いながらも頬の赤らみで台無しな真昼にひっそりと笑って、今度は髪を整えるように撫でた。
(ガラル地方への旅行からふらふら帰ってきました)
【お知らせ】
『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』が「このライトノベルがすごい!2020」文庫部門新作第6位、文庫部門総合第10位にランクインしました。
皆様応援ありがとうございます(*´꒳`*)
今後ともお隣の天使様を応援していただけたら嬉しいです!