208 彼女の心配
「そういえば藤宮くんたちはご飯食べたの?」
真昼を宥めていると、ふと木戸が思い出したように呟く。
同じシフトなので交代の時間は同じだったのだが、木戸は彼氏が待ってるからとサクサク交代していったのである。シフトが同じクラスメイトも、こう早くは食事にありついていないだろう。
「いいやこれから。焼きそばでも買いに行こうかなって」
「あ、焼きそば? これおいしーよ、そーちゃんのクラスが作ってるの」
殆どそーちゃんが食べたけどね、と笑っている木戸に「いっぱいお食べと食わせたのは彩香だけどね」と茅野は小さく突っ込んでいる。
「そっかそっか、焼きそばをご所望なんだね。それならこれあげるね」
笑いながら真昼に手渡したのは、何やら焼きそば百円割引券と書かれたチケットだった。
「身内用の優待券だよー。そーちゃんも他に仲いい人にはあげていいよって言ってたし。……いいよね?」
「彩香が渡したいなら渡せばいいと思うけど。売れる事には変わりないし」
「やたっ」
にこにこ笑って二枚分きっちり手渡してきた木戸にありがたいやら申し訳ないやらで顔を見ると、また木戸の頬がへらりと緩む。
「あ、気にしなくていいよ? 私達は流石に焼きそばばっかりは飽きちゃうからもう使わないし。それに私、どちらかと言えば今フランクフルトの気分だからね」
今は炭水化物よりたんぱく質がいい、と笑っている木戸に脂質も多そうだと思ったが敢えて突っ込まず、素直に「恩に着る」と言ってありがたく使わせてもらう事にした。
「ありがとうございます木戸さん。お礼はいつかさせていただきます」
「なんのなんの。見返りとか目的じゃな……あっじゃあ椎名さん椎名さん」
「は、はい」
「藤宮くんの筋肉具合はいかほどで」
神妙な顔で何を言っているんだ、とつい呆れが浮かんでしまったのだが、聞かれた真昼はというとぱちりと瞬きを繰り返した後何故か慌て出した。
「だっ、駄目です、周くんは私のですっ」
「あら可愛い。いやいや私もそーちゃんのが一番だからね? 単純に気になっただけ」
「余所見するのか」
「そ、そんな事ないから! 信じてそーちゃん」
つられて木戸まであわあわと手を振るのだが、茅野が冗談半分だった事が分かったらしく分かりやすく頬を膨らませていた。
そーちゃんのばか、と木戸はほんのり甘い響きの声で呟いた後、未だにちょっぴり警戒している真昼ににこやかな笑みを向ける。
「違うからねー。よさそうな素材があるなら……こう、育てる手伝いとかしたいし……もったいないじゃん? 藤宮くんは上背あるし、スラッとしてるから、もっと筋肉つくと映えるなあと」
「……これ以上カッコよくなったら、困ります」
「あー。今日の藤宮くん堂に入ってたもんねえ。人気急上昇かもね」
うんうん、と訳知り顔で頷いた木戸に真昼はむぅと唇を尖らせている。
真昼が大分木戸と打ち解けている事を喜べばいいのか、あんまりなさそうなやきもちをやきはじめている事に突っ込めばいいのか。
真昼が心配するほどモテたりはしないだろう。そもそも格好を整えた程度で寄ってくるなら今までに寄ってくる機会はあったのだ。勿論懐に入れる事なんてあり得はしないが。
周より顔の造形がいい人間なんてそこらに居るし、真昼が思うほど自分は出来た人間ではない。
それでも心配そうな真昼には、周はそっと苦笑しつつ頭をわしゃりと撫でた。
「別に真昼にしか興味ないし、仮に好意を抱かれていたとしても、円満に付き合っているカップルに無理矢理割り込もうとしてくる時点でそいつに好意なんて抱かないから安心してくれ」
「……そうだとしても、面白くはないです」
「そりゃ俺も同じような気持ちだからなあ。まあ、真昼がそんなに心配しなくても大丈夫だって」
「……分かってない気がします……」
安心させようとしたのに何故か再び不服そうに眉を寄せた真昼に困惑すれば、木戸が「大変だねえ椎名さんも」とからかうように笑った。





