205 つめたいメイドさん(客限定)
開店から一時間半経ったが、未だに客の勢いは衰える事を知らなかった。むしろ増えている。
時間経過によってどんどん来場者が増えているというのもあるが、列をなしているのがより人の好奇心を煽るらしい。
最初は生徒がほとんどであったが、徐々に一般来場者の姿が見えるようになった。
流石に生徒達のような熱気はないものの、基本的には見目整ったスタッフ達の姿にほぅと息を吐いている一般客の姿がちらほら見える。
中には話しかけて何とか交遊を持とうとする比較的若い一般客も見えたが、給仕スタッフにはすげなくあしらわれていた。
「お嬢さん可愛いね」
真昼も当然声をかけられているのだが、真昼は控えめな微笑みでお礼を言ってそのまま接客を続けている。
話を続けさせるつもりはないようで、続けて口説こうとしている男性の話をぶったぎって「ご注文はお決まりでしょうか?」と繰り返していた。
一律対応する事であなたはただの客だと突き付けているらしい。
「注文は決まっているんだけど、それより君が……」
「ご注文がお決まりでしたらお伺います」
「ええと、この後よかったら」
「申し訳ありませんがそのようなサービスは承っておりません。ご注文がお決まりでしたらお伺いします」
尚も言いすがろうとしていたが、真昼は笑顔でマニュアル通りの対応をしているし、周囲のスタッフが冷たい視線を向けていると気付いたらしく、その男性客は萎んだように大人しくなって注文を口にしていた。
そんな事が何回か起こると、流石に周も苦笑いが浮かぶ。
(……なんか俺だけじゃなくてみんな過保護な気がしてきた)
真昼に危害は加えさせまいというクラス中の意思を感じる。
確かに真昼はクラスからも愛されているのだが、ここまで気遣ってもらえるとは思わなかった。
「心配なのは分かるけど、一応俺達も気にしてるから気を張りすぎないようにね」
内心で驚いていたら、ちょうど少し手が空いたらしい門脇が苦笑しつつ近寄ってきた。
ちなみに彼も女性からよく声をかけられていたが、慣れているのかさらりとかわしている姿がよく見られた。
「人気者の彼女さんが居ると気が気じゃないってのは分かるし、藤宮も椎名さんを気にし続けられる訳じゃないからね。俺達がサポート出来る時はするよ」
「門脇……」
こういうところで門脇やクラスメイトの人柄のよさを実感して、胸にじわりと熱が染み渡ってくる。
「まあ、友達に嫌な思いをしてほしくないってのもあるけど……折角の癒しを邪魔してほしくないというか」
「癒し?」
「二人の甘酸っぱい空気と関係を邪魔すんなコラァ、がクラスの総意みたいだよ」
「ごめんちょっと意味が分からない」
何言ってるんだこいつ、という目を向けてしまったのは悪くないだろう。
彼から聞こえてくるとは思わないような言葉選びの意見を聞いてひきつった周に、意味が分からない台詞を吐いた門脇は相好を崩し面白そうに喉を鳴らしている。
「まあ、何だかんだ椎名さんは愛されている、でいいと思うけどね。二人セットで好意的に見られている、と言ってもいいと思う」
「それは観察されているというのと同じだよな」
「いやまあ、二人が普通にいちゃつくから目に入るというか」
「いちゃついてません」
「いやいやいや」
逆に何を言っているんだという目を向けられて、周は唇を引き結ぶ。
意図的にいちゃついた覚えはない。
覚えはないが、無意識に真昼に触れたりそういった雰囲気を醸し出す事が多いのかもしれない。
(……気を付けないと)
でないと、いつか無意識にやらかしてしまいそうだ。
周が押し黙ったのを見て門脇はくすくすと楽しそうに笑って「まあ、本人達が幸せならいいんじゃないかな」とのほほんとしているので、周は何だか恥ずかしくて唇を閉ざす力を先程よりも強くするのであった。
「周くん」
周が裏に一度入ると、たまたま裏に居た真昼はぱあっと瞳を輝かせながら近寄ってくる。
営業スマイルとは全く違う、周にだけ向けられる心からの笑顔にドキリとしつつ、周も真昼にだけ向ける笑みで出迎えた。
「疲れてない?」
「平気ですよ。みなさん気遣ってくれますし……カメラ向けた方に笑顔で威圧しに行くみなさんには驚きましたけど」
「あー。まあ、撮影禁止って書いてるし事前に言ってるのに無視したから仕方ない」
「みなさんこころなしかやる気満々で……」
「それはまあ」
何故か温かく見守られているから、とは言えずに言葉を濁した周に真昼は気付いた様子はなく、鈴を転がしたような笑い声を微かに上げる。
気付いていないのか、慣れているのか、分からないがとりあえず今は喫茶店の事に思考が割かれているらしい真昼はちらりと表の方を見た。
「思ったよりずっとお客様が入ってきますね」
「まあバンドワゴン効果ってやつじゃないのか。並んでると入りたくなる的なやつ」
「かもしれませんね。もちろん、それもあるでしょうけど」
そこで視線が周に移る。
「……目的の人が居たら、入ってしまうのだと思いますよ。お外の会話を聞いたらそういう声がありましたし」
「まあ生徒だと真昼目的の人が多そうではあるな……」
「……周くん、私この文化祭が終わったら周くんに色々とお話ししなければなりません」
「え、何を」
「色々、です」
何か不服を抱きつつも隠したようにほんのりと眉を寄せている真昼に、何か地雷を踏んだのかと焦りながら真昼の瞳を見つめれば、ぷいと逸らされた。
ただ、これは怒ってますよアピールではなく、恥ずかしさからくるもののようだ。ほんのりと頬が赤みを帯びている。
「……その格好はずるいです」
「ええ……そろそろ見慣れてくれ。練習で幾らでも見ただろ」
「他の人に向ける眼差しと私に向けるものが違いすぎて無理です」
「そりゃ一緒でも困るし……」
恋人に向けるものと、客に向けるものが同じな筈がないのだ。例えどんなに可愛らしい女性客がこようと、一律した対応になるだろう。
そもそも、この真昼の可愛らしさに勝てる人が見つかる気がしない。照れつつ拗ねている、周にだけ見せてくれるこの表情は誰よりも愛らしいと思っていた。
「周くんは分かってません。……今更周くんのよさに気付いたって、渡してあげません」
急に話を変えてきた真昼にいきなりどうしたと首を傾げるが、真昼はそれ以上話す事はなくただ八つ当たりのように一度胸をぽこりと叩いた。
「人前でいちゃつかないとは」
「違うわざとじゃない」
「そういうところだよ」





