201 呼びたい人
周達が通う学校では文化祭と言えど開放しているわけではなく、親族や知人のみが参加可能、その上事前申請が必要になってくる。学生が申請した分チケットを配布し、そのチケットを使って入場するといった形だ。
勿論一人辺りの配布上限は設けられている。
これは近年物騒である事や以前校内で暴力沙汰を起こした一般客が居たための措置である。幾ら文化祭でも学生の安全が優先なため決められた事だ。
「私は誰も呼ぶ相手が居ないのですよね」
夕食後、学校で配られた申請用紙を眺めながら、真昼は何て事なさそうに呟く。
真昼は天使様と呼ばれて愛されているが、基本的に特定の友人を作らないようにしてきたらしい。中学時代でもそれは変わらなかったらしく、非常に親しい友人と言える存在は居なかったようだ。
友人を呼ばないなら両親となるが、父親はともかく母親はまず呼べなさそうだ。そもそも真昼は両親を呼びたがらないので、呼ぶ相手が居ない、という結論になったのだろう。
「わざわざ呼ぶ仲の相手が居ないから無縁のものです。仲いい人は学内に居ますからね、困りません」
「まあ俺も……いや言わなかったら母さん達がうるさいからな……」
「志保子さん達も参加なさるのですか?」
「去年黙ってたら後からめちゃくちゃ言われた」
バレた時の志保子の拗ね具合がひどかった。
周としては志保子の性格的に人前でもスキンシップしてくるのが見えていたので、高校生にもなって親と触れ合っているのが恥ずかしかったのだ。それに加えて、両親のいちゃつきを他人に見られたくなかった、というのもあるが。
今年は流石に覚えていたらしく『そろそろ文化祭よね』というメッセージが届いた。チケットの催促であろう。
「人前でいちゃつくなと念押しして呼ぶ」
「あ、あはは」
真昼も志保子達がナチュラルにいちゃついているのはよく分かっているので、苦笑いを浮かべている。
「まあ、だから呼ぶのは二人だけかな。地元から距離があるし、呼ぶほど仲いいやつは居ない」
「そうですか……」
かつてあった騒動の一端を知った真昼は、それ以上続けようとはしなかった。
周としては別にもう気にしていないし高校生になってから出来た友人達と良好な関係を築いているのでどうでもいいといった感じなのだが、やはり気にしてしまうらしい。
周としては、両親の問題がある真昼の方を気にしてしまう。
真昼の父親である朝陽は人柄的には問題がないが双方会うという考えはないらしいし、母親はまず会いたがらなそうだ。それは一度二人の会話を聞いただけの周でも分かる。文化祭なんて呼べたものではない。
かといって真昼の高校以前の生活なんて知らないので、口を出せないと思ったのだが――。
「……そういえば、真昼は誰も呼ばないって言ったけど、ハウスキーパーの人は?」
真昼は両親からネグレクトに等しい扱いを受けていたが、そんな彼女に愛情を注ぎ教育をした女性が居たという事を思い出した。
真昼の家事の手際のよさや料理の腕はそのハウスキーパーの人仕込みらしいし、真昼もその女性の事を話す時は優しい顔をしていた。ある種真昼にとって親代わりとなった人と言っても過言ではないだろう。
周の言葉に、真昼は目を丸くする。
「小雪さんの事、覚えてくださっていたのですね。少し話しただけだったと思うのですけど」
「そりゃ真昼の話だからな。その人は呼ばないのか?」
「……無理です」
いい提案だと思ったのだが、真昼の顔が少し寂しそうに、悲しそうに歪むものだから、失言だったと気付かされる。
「……ごめん」
ハウスキーパーの女性、小雪の身に何かあったのに軽々と呼べばいいなんて言ってしまった、と思って眉を下げた周だったが、何を想像したか気付いたらしい真昼がその思考を払うように慌てて手を振る。
「いえそうでなくて! 小雪さんは私が中学に入った頃にハウスキーパーを辞したのですけど……その、腰を悪くしてしまって」
「……あー」
「幾らお仕事とはいえ、一人で広い家の管理をさせましたし、無理させて申し訳なかったと思い出してしまって」
腰をやった、と聞いてそれは無理だな、と思った。
一度腰を悪くしてしまうと、治ったとしても再発しやすい。腰に爆弾を抱えて生活するようなものなので、仕事は出来なくなるだろうし無茶は出来なくなる。
「今は娘さん夫婦と一緒に暮らしているんです。来てもらおうにも体調が心配なんですよ。来客者向けの気軽な休憩場所もあまりありませんし、そもそも彼女の住まいからここは距離がありますし、流石にお呼び立てするには申し訳ないな、と」
「そっか。それは残念だな」
「ええ」
彼女がそのハウスキーパーの女性を慕っているのは、表情を見れば分かる。
彼女の生活能力だけでなく人格形成にも携わったであろうその人に周も会ってお礼を言いたかったが、体を悪くしているならどうしようもないだろう。
「俺も少し残念。折角真昼がお世話になった人なのに挨拶出来なくて。今度挨拶に行った方がいいかな」
「え、あ、挨拶ですか?」
「うん。真昼の親みたいなもんだろ?」
「……そう、ですね」
「なら挨拶は要るだろ」
実の父親には娘はもらうという宣言に等しい事を言ってあるし受け入れられているが、育ての親にも言っておくべきではないだろうか。
真昼から聞いた限り随分とお世話になったようだし職務の域を越えて可愛がってもらったようなので、そんな大恩ある人物に何の断りもなくもらっていくのは失礼のように思えた。
「まあ、それはもう少し先になって話が固まった時にでも考えようか。急に訪ねるのも失礼だし、機を見計らって手紙を出してから……真昼?」
「い、いえ、なんでもない、です」
「何でもなくない顔なんだけど」
「何でもないのです」
真昼のお気に入りのクッションを顔に押し付けられて視界を塞がれたので、周は仕方ないなと笑ってされるがままになっておいた。





