200 天使様キラー
門脇の練習相手枠を争う騒動が落ち着いた頃、周達も接客練習となった。周の練習相手が真昼なのは言うまでもない。
「いらっしゃいませ。席までご案内いたします」
客役として教室に入ってきた真昼に自然な笑顔を心がけて向けると、彼女は何故か固まった。
いつも真昼に家で見せるものではなくあくまで対見知らぬ客用の笑顔であったのだが、真昼は非常に視線を泳がせている。
「お客様、どうかなさいましたか?」
「いっ、いえ、何でもありません」
首をブンブンと振るので編んだ長髪が鞭のようにしなって揺れている。あくまで店員と客の距離で接しているのでぶつからないが、いつもの距離なら当たっていたかもしれない。
そんな事を考えられるくらいには余裕があった事にほっとしつつ真昼を席まで案内する。ちなみに入る前にある受付で人数を確認しているため、店内に入って席がない、といった事態にはならないようになっていた。
「こちらにお掛けになってお待ち下さい」
席を引いて微笑みかければ真昼がビクビクしながら席に着く。
恐らく羞恥と緊張によるものであろうが、恥ずかしいのは彼女に接客用のスマイルを送っているこちらである。何故真昼が恥ずかしがっているのか分からない。
とりあえず練習なので真昼の反応は敢えてスルーしつつオススメのメニューを告げてメモに注文の品を書き、室内にカーテンで仕切って隠してある簡易厨房の方に向かった。
「……何というか、伏兵というか」
「意味が分からないんだけど」
注文をとったあとも接客練習は続き、退店まで見守ってようやく終わった。
真昼相手に練習を終えて指導役の木戸のところに向かうと、しみじみとした様子で頷かれた。ちなみに真昼は終始落ち着かない様子だったので、こちらはこちらで何か粗相をしたのかと不安になる。
「あ、対応とか動作に問題はなかったよ」
「真昼があんな風になってるけど?」
「あれは藤宮くんがカッコよかったからでは? すごく様になってたよ。うちの喫茶店でバイトする? 店長喜ぶよー」
「個人的に金が必要になった時に考えるわ」
今はそういうつもりはないと暗に言えば残念そうに木戸は笑って、それから千歳にファイルで扇がれてる真昼をちらりと見る。
「椎名さんも文化祭、大変そうだなー」
「まあ真昼目当ての客が多いからな」
「そうじゃないんだなーこれが」
「つまりどういう事なんだ」
「彼氏も彼氏で人目を惹きそうだから気が気じゃなくなるんではないかな、と。いつもああいう風に笑顔浮かべてたらモテると思うけどな」
ぷに、とボールペンのノックカバーで頬をつついてくるので、軽く指で払う。
「俺としては、モテるとかはないと思ってるんだけど」
「ねえ知ってる藤宮くん。確かに人はまず外見で判断する生き物だけど、その外見って顔のつくりだけじゃないんだよ。清潔感もそうだし、雰囲気とか動作、表情も案外見てるものです。こういうのも何だけど、容貌だけなら藤宮くんより整ってる人はそりゃ居るけど……それだけで好感度が決まるとは思わないよ」
「まあ、言いたい事は分かるし俺も思う」
周が最初真昼と関わるようになった時、別に好感度は高くなかった。綺麗な少女だ、という認識はあったが、好意はなかった。異性に大した興味がなかった、というのも大きいが。
「なら藤宮くんがモテるのも頷いてください。君の笑顔は素敵なのです」
「いやそれ頷いたら自惚れ野郎だから」
「あはは。でも、笑ってた方がいいのはほんとだよー。私の彼氏には敵わないけどね!」
「さりげなくのろけられた俺の気持ちを答えてください」
「そこまで言われる彼氏に会ってみたくなったに一票」
「む。……まあそれはあるかもしれない」
素直で明るく、且つ世話焼きで人懐っこいと短い期間接しただけの周でも分かる木戸がそこまで惚れ込んでいる彼氏というのも気になるところだ。分かっているのはいい人でいい体をしている、という事くらいだ。
「まあそれはおいおいね。とりあえず、接客は合格です。花丸あげちゃう」
合格の証ですと言わんばかりにエプロンから花丸が描かれたシールを取り出した木戸は、それを周に手渡す。
ちなみに側で様子を見ていた樹はおでこに『不可』というシールが貼られている。貼られているというよりは木戸からもらって自ら貼ったのだが。
ちなみに樹の不可はへらへらしていたからという理由である。笑いかたが下品にならないように、という注意をもらっていた。
「とりあえず私は他の子の接客を見るので、藤宮くんは椎名さんのところに行ってあげたら?」
「……そうするよ」
「熱烈な愛の言葉も……」
「それはしません」
誰が衆目の中するか、と視線で不満を訴えれば、いつもの朗らかな笑顔で流される。
ほんのりとした毒気も抜かれてしまったので、周は何とも言えないむず痒さを感じて頬をかきつつ真昼のところに足を向けた。
「真昼」
「う、あ、周くん……」
「あ、まひるんの逆上せた原因さんだ」
千歳が言う逆上せた、というのは真昼の頬が熱を持っている事を言っているのだろう。接客中も白い頬が色付いていた。
赤らんだ頬にほんのりと潤んだ瞳のメイドが椅子に体を預けつつこちらを見上げてくるので、非常に心臓に悪い。
「周はねえ、まひるんキラーという特性があるんだからあんまりいじめちゃダメだよ?」
「なんだよその特性……」
「まひるんのみに発動する特攻性能?」
「……今の周くんの対象は私だけじゃないと思いますけど」
ぼそりと呟いた真昼に苦笑しつつ隣に座ると、真昼がふるりと体を揺らした。
「そんなにカッコよかった?」
「……はい」
「そりゃ彼氏冥利に尽きるな。……まあ、真昼以外に目を向けるつもりがない事だけは理解してくれ」
「そ、それは分かってますけど……やっぱり複雑というか」
もじもじと居たたまれなさそうに体を縮めている真昼を宥めるように撫でてやれば、真昼は顔を更に赤らめた。
「……まひるん特攻というか、広域殲滅能力というか。まひるんを照れさせる事によって相乗効果で被害を産み出していくというか」
「何か言ったか」
「いえなんでもー」
変な事を言い出した千歳に鋭い視線を送れば、素知らぬ顔で目を逸らされた。
この話で200話となります。
長い間お付き合いいただきありがとうございます、まだまだ二人のいちゃいちゃは続いていきますのでこれからも見届けていただければ幸いです!
(ФωФ)<真昼のウェディングドレス姿見たい……





