199 接客練習と天使の笑顔
「いらっしゃいませ」
「ウッ……」
お披露目が終わった所で実際に接客練習する事になったのだが、練習になっていなかった。
真昼のお仕事用スマイルによって男子達が使い物にならなくなっている。我こそはと志願して客役になった男子達がことごとく笑顔の前に砕け散っている。天使様スマイルは恐ろしいものである。
初撃に耐えた者も席に案内されて微笑みかけられると撃沈しているので、これは加減させないとまずいのではないかと周も頬がひきつり出していた。
「天使が恐ろしい……椎名さんを止めるんだ周」
「あの笑顔、全力じゃないぞまだ」
「何ィ、彼女にはまだ上があるのか……ッ」
「面白がってる場合じゃない。洒落にならんぞ、これ」
外野から見ている周からすれば、真昼の笑顔はまだまだ作り物めいている。愛想笑い、お仕事スマイルだからと言えばそうなのだが、真昼がもっと心を込めて微笑んだ場合割と真面目に男子達が機能しなくなる気がした。
女子ですら現状見とれている人が居るのだから、天使スマイルの効果は顕著だ。
「……接客練習にならないね」
様子を見ていた木戸も流石に苦笑いしている。
普段から側に居るので慣れているからか破壊力を甘く見ていたが、本来の真昼は人を魅了してやまない美貌と雰囲気を持っているのだ。こうなる事を予期しておくべきだった。
「多分接客自体には問題ないと思うけど……客を逆上せさせるのも困るよね」
「すまん」
「いやこれは藤宮くんも椎名さんも悪い訳じゃないし……」
そう言って遠い目をする木戸には非常に申し訳なかったが、周にもどうしようもなさがある。
「……冷たい飲み物多目に仕込んでおいた方がいいかもな」
「だね……キンキンに冷やそう」
真昼効果で大変教室内が熱気に包まれそうなので、空調にも気を付けてもらおうと二人の話し合いで決まった。
「しかし、抑え目にしてもらわないと困るなあ」
「そうだね、被害者が」
「いや、被害者ってのもあるけど……あんまりこっちとしては面白くないし」
こぼした本音に、木戸はキョトンとした眼差しを向けてくる。
「彼女が愛想笑いとはいえ他の男子に笑顔を振り撒くのは、面白くはない。狭量と言われればそれまでだけど」
「……私さ、藤宮くんの事大人っぽいなーって思ってたんだよね」
「はい?」
急に変わった話題に今度は周が目を丸くすれば、木戸がくすりと小さな笑みを浮かべて周を見上げた。
「物静かで落ち着いてて、他の男の子より大人びてるから正直ちょっと取っつきにくいなーって思ってたんだけど……今の藤宮くん見てると、なんか可愛いなって」
「それは貶してるのか」
「ううん褒め言葉褒め言葉。なんか年相応というか、やきもちやいてるの見て藤宮くんも男の子だし椎名さん大好きなんだなーってよく分かって微笑ましくなったというか、とにかくいいなと思った訳です。……惚れてはないから安心してね?」
「そこで何でそうなった」
「いや、椎名さんからの視線が」
こっち見てるねえ、とのほほんとした声に、真昼がこちらを見ている事に気付かされる。
彼女から向けられるのは疑いの視線という訳ではなく、ただほんのり不服そうな視線だ。浮気は疑われていない、と思う。
真昼が不特定多数に向ける微笑みに周が複雑な気持ちを抱くのと同じように、真昼は真昼で周が他の女の子と仲良さげにしているのがちょっぴり面白くないのだろう。
かといって真昼は木戸の事は人として好きらしいので、もどかしそうな視線だ。
「周も愛されてますなあ」
「藤宮くんも愛されてますなあ」
話を聞いていたらしい樹のからかいに乗っかるように木戸も楽しそうに笑いながら追従するので、周は一瞬眉を寄せつつも真昼に向けては穏やかな笑みを向けるのであった。
そうして一通り女子の接客練習が終わった所で、男子の番となった。
「私門脇君のお客さん役になりたい」
「あっずるい私も!」
「ちょっと勝手に決めちゃ駄目だから! それ言うなら私も!」
「いつの間に指名制になったんだ」
女子達が我先にと門脇の練習相手を志願していて、周は女子ってすごいなと遠目に見ながら感心していた。門脇は現在フリーなのもこの熱烈なアピールの一因だろう。
肝心の門脇は困ったような、疲れたような眼差しをしながらも微笑んでいる。モテる男は大変だな、とちょっと哀れになった。
「すごいねえ」
木戸は輪に加わらずのんびりと眺めている。
「木戸は……彼氏居るんだっけ」
「うん居るよー。他クラスだけどね。彼は幼馴染みなんだ。いい筋肉してるの」
「すげえ紹介で褒め言葉だな」
「あっ、好きなのは勿論筋肉だけじゃないよ? 不器用だけど優しくて穏やかな人なんだよ」
また藤宮くんと一緒に会う事があったら紹介するね、とにこにこ笑うので頷いておいた。
木戸は笑いながら軽い騒ぎになりつつある客役の奪い合いを収めるべくパンパンと強く掌を叩いて注目を集める。
「ハイハイ、門脇くんの練習相手は順番こね。名簿作ったげるから話し合いして順番決めてー。どうせ何回か練習あるから今の人数なら回せるし。これなら公平でしょ? というか赤澤くんはちゃんと仕切ってね、男の腕の見せ所だよ」
「いやこれ男が出張るもんじゃないしなあ。優太ならいけるかなと」
「門脇くんに任せないの! あとちーちゃんも面白がって傍観しない!」
「えーだって」
「だってじゃありません。とりあえず練習役志願者は端で順番決めて後で申告よろしくね。ほら他の男子達は空いてるし練習やるよ!」
本来仕切り役の樹より余程頼もしい木戸に苦笑していると、真昼が静かに近寄ってきてちょこんと隣に立つ。
「……私が周くんの最初のお客さんですからね」
「分かってるって。というか皆何で指名しようとしてるんだ」
「……皆さんが素敵に仕上がっているからでは?」
「まあ門脇とか爽やかーな執事だからな。あれこそ理想形の一つだろう」
瞳をキラキラとさせた女子達に群がられて困ったように微笑んでいる門脇は、執事服も着こなしており様になっている。
元々王子様とあだ名がつけられるくらいには美形なので、このような服も似合うのだ。余程のものでない限り似合わないという事はなさそうである。
キラキラエフェクトが出そうなくらいにイケメンオーラ的なものを発しているので、見ている周としては並んだ際に比較されそうでちょっと困ったりする。
「確かに、門脇さんは似合ってますけど……好みかと言えばそうではないですし」
「好み云々で言えば真昼はそりゃ俺になってくれないと困るというか……実際、俺がいいんだろ?」
「勿論」
きっぱりと言われては気恥ずかしさが滲むのだが、真昼は自然な表情で「周くんが一番です」と言うものだから、何も言えなくなる。
(……好かれてるって証拠なんだよなあ)
恥ずかしい反面嬉しくもあるので、口許が少しだけ緩むのは仕方ない事だろう。
照れ臭さを誤魔化すために白手袋に覆われた手で口許を覆えば、全部お見通しと言わんばかりに真昼は淑やかな笑みを浮かべた。
レビューいただきました、ありがとうございます!
次の話で200話ですね……!





