197 文化祭と接客練習
樹の進行の下、サクサクと文化祭の準備が進んでいく。
文化祭も二年目ともあって慣れてきたというのもあるし、クラスの男女が明らかに私欲ありで一致団結しているというのが大きいだろう。
日々の授業日程もこなしつつ準備を進めていくので忙しくはあるのだが、周にしては珍しい事に、忙しさを感じないくらいに充実感を得ていた。
「おーいチラシに表記ミスあるぞ。まだ刷ってないから作り直ししといてくれ。流石に学校の住所間違えるのはアウトだぞ」
「テーブルクロス知らない? 買ってきたって聞いてたのにどこにもないんだけど!」
「原価がこれで採算少な目に設定しても金額がこれくらいになるから……」
それぞれ任された仕事をこなしているクラスメイト達の喧騒を感じつつ、周達もまた、自分の担当である接客係の指導を受けていた。
「……藤宮君、えーと、にこっ」
「……にこ」
「ひきつってるひきつってる」
喫茶店でバイトをしているクラスの女子、木戸彩香が接客の指導役なのだが、彼女は作り笑顔を浮かべる周に苦笑いを浮かべている。
周としては別に笑えなくはないのだが、彼女からすればぎこちないらしい。
「うーん。普段の笑顔でいいんだけどね。逆に意識しちゃってぎこちないっていうか、かたいというか。もっとリラックスリラックス」
「そう言われてもな。こう、接客をすると考えるとどうしても」
「お客さんはじゃがいもと思ってくれていいから」
「芋ねえ」
「周くんは卵の方が良さそうですね」
同じように接客の指導を受けていた真昼がくすりと笑ってからかうように付け足す。
周が卵好きなのは一年近く接してきてよく分かっているのだろう。ただ材料の卵に笑みを向ける訳でもないので、結局は変わらないのだが。
そういう問題じゃないんだよなあ、とは思ったが、真昼が楽しそうなので敢えて突っ込まず、頬を掻いておく。
「まあ周は無理に作るより自然体がいいって奴が多いだろうし、何とかリラックスさせる方向でいこうぜ」
「誰が自然体がいいって言ってるんだ」
「……クラスの女子? 椎名さんと一緒に居る所を眺めてた時の感想らしいけど」
「見られてるの何か嫌だな」
「見せ付けてるのでは?」
「ねえよ」
意図的にやってたまるか、と樹を睨むものの「自覚ないんだなこいつ」と呆れられたので、取り敢えず「うるせえ」とだけ返しておいた。
真昼はほんのりと頬を染めつつ控えめに微笑んでいる。照れたような眼差しがこちらを撫で、先程よりも頬を色づかせるので、どうやら彼女は彼女で自覚があったのかもしれない。真昼の性格的には結果的に気付いてしまった、が正しそうではあるが。
木戸を始めとした他の女子もうんうんと頷いている。
「椎名さんと過ごしてる時の藤宮くんならイチコロそうだけどね」
「何がだよ……」
「こう、オーラ的に」
「オーラ的に」
「たまにハッとしちゃうんだよねえ」
意味が分からないのだが、真昼は心当たりがあるのか恥じらいを隠そうとしている。
ただ、瞳はその羞恥に混じってほんのりと不安が揺れているように見えて、その変化に気付いたらしい木戸がへらりと笑って否定するように手を振った。
「椎名さん大丈夫大丈夫、私彼氏居るから。人の取ったりする趣味はないよ」
「そ、そこを心配していた訳では」
「隠さなくていいのよー。彼氏さんに注目が集まったら不安だもんね。でも私筋肉ムキムキマッチョじゃないと興味湧かないから。藤宮君は細すぎるから対象外だよ!」
「もやしと言われた気分」
一応筋肉はついてきたと思ったのだが、細すぎるという評価にちょっぴり絶望を覚えた。樹には前より筋肉がついたと褒められたのだが、それも褒める基準が低かったのかもしれない。
「……あ、周くんはもやしではないですよ。確かに色白ではあると思いますけど……その、……ぬ、脱いだら、割と……筋肉付いてますし」
「えっ脱いだらすごいの?」
「人聞きが悪いから! 真昼も誤解を招くような事を言わない」
「……でも、結構がっしりしてますし」
「いいから。後で恥ずかしくなるの多分真昼だから」
素肌を見て触る機会があった、という事を自分で口にしていると気付いて欲しい。
実際は水着でくっついていただけなので、疚しい事があった訳でもないが、聞きようによっては既に結ばれていると取られてもおかしくないだろう。ただ、真昼が周を紳士的だと洩らしているので、何もしてないという事も知られていそうだが。
周の指摘に大人しくなった真昼に安堵しつつ周りを見ればやはりというか生暖かい視線なので、思わず舌打ちをしてしまった。主に樹に向けて。
「え、何で俺に向かってその顔してるの」
「そのニヤニヤがムカついた」
「責任転嫁過ぎる。ほらのろけはいいから練習練習」
自分の事はさておき周に促してくる樹にはもう一度舌打ちをお見舞いしてやり、ムスっとした顔のまま木戸を見たら笑われた。
「まあ、藤宮くん達がお熱いのは分かったからいいんだけどね。藤宮くんはちゃんと笑顔で出迎えてくれたらそれでいいと思うよ。元々所作は綺麗だし、教えた通りに案内したら問題なしだと思う」
「所作が綺麗だとは思った事はないけどな」
荒いとは思わないが、綺麗だとも思っていないので、そう言われても首を傾げるのだが真昼は納得したように微笑んでいる。
「多分ご両親を見て育っているからだと思いますよ。お二人はお上品ですから」
「母さんが上品かどうかは頷きかねるけどまあ動作は汚くないよな」
「椎名さんは藤宮くんと家族ぐるみのお付き合いと」
「き、木戸さん……」
「ごめんごめん」
くすくすと笑う木戸に周は仏頂面を向けるのだが、更に笑みが濃くなるだけで結局真昼とセットで微笑ましく見られるばかりであった。
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