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196 採寸と男同士の内密な話

 結局のところ、文化祭における周のクラスの出し物は喫茶店に決まった。

 その時の男子の興奮度合いに、周はもう苦いものを堪えるような表情を浮かべるしか出来ない。真昼や千歳、その他にも見目整った女子の給仕を期待しているのであろう。


 決まってしまったものを覆そうという訳にもいかないので大人しく決定に従う周であったが、採寸時には微妙に反抗してしまった。


「いや俺は似合わないから」

「そんなの着てみないと分からないしなあ。ほら、諦めろ。せめてどのくらいの背丈とか肩幅か測らないと衣装借りてこられないから」

「藤宮ー諦めろー」

「門脇はもう諦念丸出しだな……」

「こうなる前提みたいなところあったからね」


 交渉担当いわく衣装は無事貸し出してもらえる算段がついたとの事なので、早めに数を確保したいという理由から接客担当の生徒の採寸タイムになった。……のだが、勝手に接客に回された事が不服でしかない。

 樹が「椎名さんと一緒の時間にしてもしもに備えないとダメだろ」と気を回しての事なのだが、先に言っておくべきであろう。


「つーかお前……前より太くなったか?」

「失礼だなおい。脂肪は増えてない。規則正しい生活を余儀なくされてるし」

「はは、奥さんがしっかり管理してるもんなあ」

「やかましい」


 真昼の事を奥さんと言われた事に羞恥を感じつつ言葉にトゲを乗せれば、樹には相変わらずのからかうような笑みを返される。


「まあ、太ったっつーか、前より筋肉ついた?」

「それはあるかもしれん。門脇式筋トレのお陰だな」

「何それ俺も知りたい」


 何故か食い気味な樹には門脇を促しておきつつ、ちらりと同じように採寸されている他の男子達を見る。

 彼らは彼らで何やら話し合っているのだが、それが非常にこそこそしたものなので気になったのだ。


 会話を聞き取ろうと耳をそばだてると、どうやら真昼について話しているのかやや興奮したような声が聞こえる。


「椎名さんのメイド姿……いい」

「今頃別教室で採寸してるんだろ? 採寸とかすごそう」

「なんたってでかいからな」

「いつも一緒に居る白河との起伏の差がまたよい」

「樹に聞かれると殺されるぞ」

「いや樹も慎ましいのは認めてるから……掌余るって言ってたし……」

「とにかく、椎名さん独り占め出来る藤宮妬ましい」


 人の彼女をどんな目で見ているんだ、とか恐らく聞かれると不味いのはこの男子より樹の方だ、とか内心で突っ込みつつ呆れも隠そうとせず彼らを見る。


「……お前らせめてもう少し聞こえないようにだな」

「げ、藤宮聞いてたのか」


 人の彼女の体つきをあまり妄想しないでほしいものだが、流石にそこで怒るのも大人気ないので堪えておく。それに、どんなに妄想したところで実際にお目にかかる機会が与えられるのは周だけなので、余裕があると言えた。


 樹も聞こえていたらしく苦笑している。千歳に聞こえたらまずい話だったが、公にする気は更々ないので内密な話という扱いになるだろう。


「いやだって……せざるを得ないだろ」

「あの天使様だぞ。いつもブレザーやベストで隠れてるけど、相当……おい藤宮、実際どうなんだよ」


 男子だけの空間だからこそ、下世話な話が飛び出るのかもしれない。

 何か期待をするような眼差しを向けられて、周は眉間に皺が生まれないように意識しつつ、肩を竦めてみせる。


「どうって言われてもな。見た通りとしか」

「はぐらかすなよ」

「いやどう言えと」

「こう、りんごとかメロンとかあるだろ」

「果物は個体差があるだろ」

「めんどくせえなお前!」

「めんどくせえのはお前だよ!」


 何故他人に彼女のサイズを言わなければならないのか。そもそも周も正確なサイズを把握している訳ではない。いや、カップ数は実家に帰った際不慮の事故で真昼の洗濯物を見てしまい知ってはいるが、それを口にする訳にもいかない。

 というか知ってどうするのか。


 やけに押してくるクラスメイトに引き気味になっている周に、彼らは熱意が冷めやらぬ状態で詰め寄ってくる。

 流石に助けてほしいので樹を見れば、笑って肩を竦めている。助ける気はなさそうである。


「とにかく、俺は知らん」

「嘘をつくんじゃない」

「ついてない」

「あー、お前ら。周の言ってる事は嘘じゃないからな」


 仕方なさそうに細やかに助けを出してくれた樹は、詰め寄る男子と周の視線を受けてにこやかに笑う。


「だって周はお泊まりでも椎名さんに手出ししないやつだからなあ。知る訳がないというか」


 樹の言葉に、教室が静まり返った。


「……藤宮、男じゃない説」

「だからあんなグラビア雑誌にも興味を示さなかったのか」

「ねえよ! 樹、お前も変な言い方をするな、俺は真昼の意思を尊重してしないだけだから!」

「人それをへたれと言う」

「あのなあ」

「いや普通……お泊まりって相手が受け入れる気でするものでは? 女の子も馬鹿じゃないんだからその可能性は考慮してるだろ」

「それがなあ、二人は昨今珍しい真面目且つ純粋で初心なカップルなのでそういう事は早いと思ってるらしい。ぴゅあっぴゅあだろ。むしろこれは見守らなきゃいけない天然記念物なんだ、余計な事を言ってくれるな」

「おい樹、お前はどっちの味方なんだ」

「俺はいつだってお前の味方だ」

「信用出来ねえ……!」


 樹の言葉のせいでこの場に居る男子が可哀想なものを見る眼差しや逆に生暖かい笑みを浮かべて微笑ましそうな眼差しを送ってくるようになったので、周は盛大に頬をひきつらせる。


「別に俺は純粋じゃないし出来るならそりゃしたいとは思うけど、真昼の将来とかを考えて控えているだけで……」

「そっかー」

「おいにやにやしてるんじゃねえ。……おい何だお前ら、見るんじゃねえ」


 非常に居たたまれなさを感じて噛みつけば、更に哀れみや微笑ましそうな視線が増えて、周は納得がいかずとりあえず元凶の樹の顔面に布メジャーを投げつけておいた。




「……あの、周くん。何故か男子の皆さんがとても生暖かい眼差しで見てくるのですけど、理由知りませんか?」

「知らん」


 女子達も採寸が終わって合流したのだが、男子達から奇妙な視線を受ける事が気になってこそこそと話しかけてくる。

 逆に周は女子達から生暖かい視線を受けるので、真昼の台詞をそっくりそのまま返したい。


「俺は俺で女子から変な視線もらってるんだけど……真昼、何か言ったか」

「い、いえ、周くんの名誉を損なうような事は何も」

「名誉を損なうような事以外は言ったんだな」

「ふ、普通に周くんと何話してるとか、どういう風に過ごしているとかですから安心してください」

「……具体的には?」

「……周くんが紳士的で素敵という事ですね」

「そっちもかよ!」

「そっちも?」

「いや何でもない」


 男らしくないと揶揄されているなんて言える訳がないので内心慌てつつも落ち着いた声で返して、 きょとんとした顔の真昼の頭をくしゃりと撫でる。


「……情報筒抜けにするのやめようか、こっちが恥ずかしい」

「そ、そうですね。私としては……皆さんから色々と教えてもらえるので助かりますけど」

「なあ、何吹き込まれてるか不安で仕方ないんだけど」


 千歳にもかなりの要らない知識を植え付けられているのに、他の女子からも変な事を教えられていそうで怖い。千歳もある程度セーブしてくれているとは思うのだが、出来れば何を吹き込まれたのか確認したいところである。


 帰ったらしっかり聞き出そうか、と悩みつつ髪を撫でていた手を頬に滑らせてもちもちの頬を軽くつねると、真昼からは「ひどいです」と咎めるようでからかうような声が飛んだ。


「……別に周くんに何か困った事が起きる訳ではないのですけど」

「現在進行形で女子からの眼差しに困ってる」

「そ、それは……致し方ない事です」

「致し方なくない気がする」

「おいお二人さん、いちゃつくのはいいけどそろそろ議題に入りたいから見せつけるのはやめてくれ」


 教壇の前に立ちつつ辺りを見ていた実行委員の樹が肩を竦める。

 いちゃついていたつもりはないのだが、この調子では何を言っても無駄そうである。


「まあそこの二人は置いておくとして、喫茶店の飲食メニュー決めような。ほんとは先に決めておくべきだったんだろうけど、衣装は早めに予約しとかないともしもがあるからな。あ、衣装借りてくる担当は先方にさっき測った採寸元に服のサイズと何着要るか計算して連絡しておいてくれよ。男子のはこっち。情報は悪用しないようになー」


 何だかんだ仕切るのは得意な樹はてきぱきと指示を出し、衣装を借りてくると何故かやる気に満ちていた女子に先程の採寸の結果を渡している。

 恐らく門脇のウェイター姿がメインなんだろうな、と苦笑した。


「とりあえずナマモノは不可。調理室を借りられる日程や時間にも限りがあるし日持ちの関係や衛生上の観点から基本提供するのは焼き菓子と飲み物になるがそこには異論ないな?」

「はーい」

「ちぃは異物混入しないようになー」

「失礼な」


 千歳はバレンタインの前科があるが、あくまでそれは身内間での話なので流石にそんな事はしないだろう。


「んで、飲み物だけどまあ喫茶店なのでコーヒー紅茶とジュースでいいんじゃないかな。飲食物で他に案があるなら出しとけよー、当たり前のものしかオレ提案出来ないからな」

「はいはーい。アイスとかは? クリームソーダしたい!」

「案としてはいいけど保存どうするかだな。調理室から市販品を盛り付けて運ぶ前提ならアリ、ただし冷凍庫を圧迫するからそこは生徒会と要相談かな。とりあえず候補として記しとくからあとで生徒会の人に提出するついでに聞いてみるわ」

「軽食とかは?」

「それも考慮に入れたけど作る手間と作り手の拘束時間を考えてあんま勧めない。出来てるものを提供するのと作るのとでは結構手間が違うからなー。あと軽食って言ってもしっかり加熱して作れそうなのがホットドッグとかホットサンドになる。特にホットドッグは他のクラスがやるらしいからシェア奪うのは流石に睨まれるぞ。ついでに手を伸ばしすぎると収拾つかなくなるし採算とれなくなるから強い希望がない限り却下なんだがみんなはどうだ」

「それなら仕方ないよねえ」


 さくさくと話を進めてまとめていく樹は本当に指揮に向いているなあとしみじみ感じていると、真昼も同じ事を思ったらしく「頼もしいですね」と小さく笑った。


「んじゃとりあえず候補はこんくらいでいいかな。これまとめて生徒会に提出して確認してもらう感じで。んで、その飲み物の確保なんだけど……珈琲は知り合いに珈琲豆卸してる店の人居るから交渉してみるわ。宣伝する代わりにお安く出来ないかって。折角だから味も話題に出来たらいいんだけど」

「ひゅー、頼もしい」

「惚れんなよ、男はノーサンキューだ」


 へらへら軽口叩いているがやる事をやっているので様になっているのが樹のすごいところである。

 とても真似出来ないような明るさと采配に感心しつつ、少しずつ決まりだした出し物を考えて、そっとため息をついた。


(去年はお化け屋敷の飾り付けこなすだけだったからなあ)


 今年は何故か接客をさせられる羽目になって面倒だと思う反面、学生らしい行事に参加しているという感慨深さも覚える。

 陰寄りの性質を持つ周としては文化祭なんて時間と労力の無駄だと思っていたが……側に真昼が居て、思い出を作っていくのも悪くないと思った。


「どうかしましたか?」

「いや、文化祭頑張らないとなって」

「ふふ、そうですね。その、周くんの接客楽しみにしてます」

「愛想悪いだけだぞ」


 からかうような言葉に突っ慳貪に返せば、楽しそうに真昼が微笑んだ。

レビューありがとうございます(lヮl)

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過去の話と本話で去年の出し物がハンドメイド販売からお化け屋敷に変わってる
[気になる点] 193話で去年の出し物がハンドメイドものを売るって感じで書いていたけど、この196話では去年やったのがお化け屋敷になっている点。まぁ、話の流れに関わるものでもないのでどっちでもいいって…
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