195 かわいいわがまま
「周くん、いらっしゃい」
家に帰って着替えてリビングに向かうと、既に帰宅していた真昼が微笑みながら手で叩いていた。自らの太腿を。
訳が分からず思わず真昼の顔を凝視すれば、穏やかな笑みのままぽんぽん、と腿をもう一度叩く。
どうやらここにこいと言われているらしいが、周が真昼にするならまだ分かるものの周が真昼に座る訳にはいかない。
困惑のまま彼女を見つめていると、微笑みが苦笑に変わる。
「ご機嫌斜めな気がしたのですけど」
どうやら真昼にも見抜かれていたらしい。いや、門脇が見抜いているなら真昼も見抜いているのは当然なのだが。
一応彼女の前では隠したかったので、見抜かれた気まずさに頬をかけば、やっぱりと言わんばかりに真昼はおかしそうに笑う。
「周くんの事ですから、無理に拒否はしないけど内心で嫌がってるだろうな、と。違いましたか?」
「……当たってるけどさあ」
「ですので、ご機嫌とりをしようかと」
「それ本人の目の前で言う?」
「ふふ。嫌ですか?」
「……返事は分かっているのに聞くのは誰に似たのかね」
「周くんですね」
そう言われても反論も出来ず、唇をモゾモゾと動かすだけに留まる。
くすりと微笑んだ真昼は、もう一度腿を叩いた。
落ち着いたボルドーのスカートに覆われた柔らかそうな腿の誘惑に、周は躊躇いつつも真昼から少し離れたところに腰かけ、横になりつつそっと腿に頭に乗せる。
真昼を見上げるように顔を向ければ、真昼の微笑みが降ってきた。
続いて、白く細い指が周の黒髪に滑り込む。
「……周くんは、私を気遣って嫌がっているのです?」
「それもある、し……単純に俺が他のやつらに見せたくなかっただけ」
「やきもちです?」
「やきもちっつーか、独占欲っつーか。……ほんとは、嫌だった」
大人気ないわがままだと分かっているので心情の吐露に微妙に気恥ずかしさを覚えてしまい、真昼のお腹の方に顔を向ける。
真昼はそんな周に小さく笑ったような吐息を落として、宥めるように、あやすように、優しく指で髪を梳いた。
「まあ、私も好き好んで人前で給仕服を着たい訳ではないのですけど、決定は決定ですからねえ」
「……ん」
「でも、最初に約束はしていただきましたから」
「……何の?」
「最初に見せるのは周くんがいいです、って」
思わず顔の向きを戻して真昼を見上げれば悪戯っぽさの滲むはにかみが浮かんでいた。
「最初に私を見てもらうのは周くんですし、その、……出迎えるお客様は沢山くるかもしれませんが、旦那様、は、一人だけ、というか」
最後は恥ずかしくなってきたのか途切れ途切れで躊躇いまじりのものだったが、確かに言った真昼に、周の頬も自然と熱を持つ。
それでも彼女から視線を逸らさずに見つめれば、とうとう耐えきれなくなったのか側にあったクッションを顔面に押し付けられた。
息が出来るように優しく、ではあったが視界を閉ざしたいのはよく伝わってくる。そんな真昼に、周は胸の奥で渦巻いていたもやは消えなかったが、別のもの……こそばゆさとたとえるのが近い感覚を新たに抱いた。
そこから涌き出るものは、愛おしさ、というものなのだろう。
「……なら、我慢する」
「……はい」
相変わらずクッションで顔を覆って見せようとしない真昼だったが、浮かべている表情は想像出来たので、周は小さく笑って横を向き、真昼のお腹に顔を埋めた。
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