194 ささやかな不満
「……藤宮、割と機嫌悪い?」
放課後、たまたま部活が休みで一緒に遊ぶ事になった門脇に指摘されて、初めて周は自分の感情が分かりやすく顔に出ていた事に気付いた。
「……そんなに顔に出てた?」
「ううん、いつも通りに近いと思うよ。ただ、何となく雰囲気とか微妙な変化でそう思っただけ」
駅併設の書店で参考書を買って出たところでそう言われて、周は思わず自分の頬に触れる。いつもより強張っている気がするし眉尻もほんのり吊り上がっていた。
一応あまり表に出さないようにとは考えていたのだが、制御しきれていなくて微妙に恥ずかしさと情けなさが滲んで、ため息がこぼれた。
「そりゃあ、まあな。いい気分ではない。彼女が見世物にされるのは面白くないし出来る事なら独占したいよ」
当たり前ではあるが、最愛の彼女が不特定多数の人間の視線に晒されるのは、嬉しい訳がない。好奇だけならともかく欲の混じったものがぶつけられるなら、尚更。
「でも、真昼が極端に嫌がってる訳じゃないし、クラスの決定に異議を唱えて自分の彼女だけ特別扱いを要求するのは大人気ないしフェアではないから黙らざるを得ないだろう。同調圧力ってものもあるし、真昼が売り上げに貢献するのは分かってる。ただ、そのリターンに対してこっちのリスクが大きいのが不満なんだよ」
「ごめんね」
「門脇が悪い訳じゃないよ。もっと明確に提案の利点を述べられなかった俺が悪いし」
門脇が謝る必要は微塵もない。かといって提案したクラスの男子を責める訳にもいかないので、焦燥に近い靄が胸に鎮座しているのだ。
こればかりは決まったのだから仕方ない、とため息を大きくついた周に、門脇も困ったような笑みを浮かべる。
「俺は展示発表に入れたんだよねえ。現実的に一番ノーリスクハイリターンでよかった。それに、俺は多分接客に回されるからさ……」
「あー」
学校一の美少女と名高い真昼が接客をさせられるのだ、当然同じように女子から人気の高い門脇も接客に回されるだろう。
本人としては裏方を希望しているらしいが、恐らくそれが通る事はない。類稀なる美貌の持ち主はこういった時に不利益を被るのだ。
「……男子もメイド服じゃないよね?」
「流石にそれはないと信じたいというか。……女子がメイド服なら男子は執事っぽく合わせてくるんじゃないのか。衣装に都合がつけば、だけど」
「あーそれね、なんか……クラスの子達が知り合いにそういった喫茶店の経営してる人が居るって……男女それぞれ用意出来るかも、って」
「ひえっ」
メイド服は阻止したいと思っている周としては最悪の情報である。
衣装の都合がつくなら、真昼は確実にメイド服を着て給仕する事になるだろう。
幸いと言えばいいのか、男子は男子の衣装を用意してもらえるらしいので、性別逆転の惨事にはならないだろう。
「ほんとこういうところはクラスが一致団結しているというかなんというか。……しかし、仮に男子も仮装して接客するなら、大変だよなあ門脇は」
女子の人気は門脇に集中するであろう。かなり苦労しそうである。
「何他人事みたいに。藤宮も駆り出されると思うけど」
「え」
「料理出来るの?」
「……出来ません」
それを言われると、言葉が詰まってしまう。
「それに、近い位置で椎名さんの様子見てないと不安でしょ。変なのに目をつけられても困るからね」
「まあ、それはそうだけど……俺が着るのは誰得なんだ?」
真昼に不埒な者の手が伸びないように監視するという事を考えれば、接客の方がいいだろう。
真昼が着るなら周も恥を忍んでそういった服装をするのは構わないが、執事服など周が着ても仕方ない気がしてならない。
「それは椎名さん得というやつだろうね。喜びそうだよ」
「それはまあ」
「あと、藤宮もイメチェンしてから視線向けられるようになってるだろ」
「いや俺それは知らないんだけど」
「まあ椎名さんにしか目を向けてないからね、君」
それを言われると気恥ずかしい。
確かに真昼の事を気にしているので他の女子生徒からの視線なんて気にしないし、そもそもそういった眼差しで見られるなんて全く思っていなかったので根本的に意識していなかった。
まさかと門脇を見るが、門脇は「自覚ないんだよねえ」と肩を竦めているので、嘘をついている訳ではなさそうである。
「藤宮もたまには視線に気づいた方がいいよ。まあ、クラス内だと最早微笑ましいものを見るような眼差しを向けられるだけだから害はないと思うけど」
「それはそれで嫌なんだけど」
「諦めなよ、藤宮が椎名さんといちゃいちゃするのが悪い」
「……露骨にはしてませんー」
「あはは」
にこにこと笑う門脇は信じている様子がないので、周は微妙に頬をひきつらせた。
「まあ、いいじゃないか。嫌がらせされるより余程健全だよ? 俺としては、昔の白河さんみたいになってほしくないし」
「……恋敵のあれか」
少ししんみりした声で告げられた言葉に、周も眉を下げる。
本人には言わないが親友と言って差し支えない樹とその彼女である千歳は、付き合うまでに紆余曲折があり困難を乗り越えて交際を始めたと聞いている。
今では想像がつかないが、樹と出会った当初の千歳は樹に塩対応だったらしいし、オブラートを知らない物言いと冷めた性格の少女だったようだ。
陸上選手として優秀であったが、樹との事で部の先輩との争いが起きてやめざるを得なかった、とか。
才能を妬んだ部活の先輩が嫌がらせをするのも分かりたくはないがしかねないというのも分かる。自分が好きな男がその妬んでいる少女に言い寄っていて、その少女が邪険に扱っていたら嫌がらせをエスカレートさせたのも、心情としては分からなくはない。実行に移してはならないものであるが。
「そう。結局いざこざがあって陸上やめちゃったしね。ああいう嫌がらせ、俺はすごく嫌いだから……藤宮達が認められててほっとしてるよ」
そういった荒れ具合を見守ってきた門脇だからこそ、余計に周と真昼の仲を心配していたのだろう。
「……おう」
「だから文化祭でもいつもみたいに仲睦まじいところを見せ付けておいてね。誰も取る気がなくなるくらいに」
「俺は見せ付けてるつもりはないですー」
「はは、冗談を」
「冗談じゃねえよ」
む、と眉を寄せて門脇を見るが、門脇は少し安堵したように、そして茶化すように笑っていたので、周はふんと鼻を鳴らすだけに留めておいた。
レビューいただきました、ありがとうございます(´ワ`*)
以前ご報告しましたが5000万PVと50万文字達成したので、記念として周達に質問のコーナーをやろうかなと思ってます。
活動報告の方に詳しく書いてますが、何か気になる事があったら活動報告に書き込んでいただけると答えられるものは回答します。
なんか気になる事があったら書き込んでいただけると盛り上がって嬉しいです(私が)
あとは何か記念に活動報告にお隣の天使様の短編でも上げようかなと思ってるのでそちらは出来上がるのをのんびり待っていただけたら嬉しいです。





