190 おはようございます
朝目覚めて腕の中で眠る真昼の姿を確認して、周は小さく息をこぼした。
なるべく揺らさないように顔の向きを変えてサイドテーブルに置いた時計を見れば、朝七時の文字が見える。
休みの日なので朝急いで起きる必要はないし午前はベッドでうだうだと過ごすつもりだったのだが、それをするには些か早く起きてしまった感が否めない。
ただ、安心しきっているのかぐっすりと眠っている真昼の寝顔を眺める時間が出来たと思えば、悪い気はしなかった。
静かに寝息を立てている真昼は、あどけなさが全面に押し出された寝顔をさらしている。
周の腕の中、という状況のせいなのか緩みきった表情で、実に気持ち良さそうに寝ているのだ。見ていて癒されるような可愛らしさと愛おしさを感じる。
(幸せだなあ)
自分しか味わう事の出来ない至福の一時を噛み締めつつ、柔らかく温かな体を抱き締め堪能する。
このまま二度寝してしまいたいくらいだ。
愛しい恋人の顔を眺めながら自然と緩む頬をそのままにしていると、もぞりと真昼が身じろぎする。
といっても目覚めた訳ではなさそうで、体勢を変えるように微妙に動いて、結局周の胸に戻ってくる。そんな真昼がやっぱり可愛くて、ひっそりと喉を鳴らした。
(これが毎日だったらなあ)
こうして周にとっての唯一と共に過ごせたなら、さぞ幸せな事だろう。
ただ、現状でずっと一緒に居ると理性の磨耗も尋常ではないので、たまにのお泊まりで済ませた方がいいのかもしれない。
毎日となると、流石に真昼をまるごと愛さない自信がない。
出来る事ならもっと触れ合いに慣れてから、仲を深めてから、真昼が望んでから、事に及びたい周としては、衝動だけで手出しはしたくなかった。
なのでぐっと堪えつつ、静かに指通りのいい髪を指で梳いていると、流石に触られる感覚で意識が浮上してきたのか、真昼がまた身じろぎをした後、顔を上げた。
閉じられていた瞳は、半分ほど目蓋が持ち上がってカラメル色の瞳を覗かせている。
しょぼしょぼとした目付きを隠そうともせず、ぼんやりとしたまま周の顔を見た真昼はへにゃりととろけた笑みを浮かべて、また周の胸に顔を埋めた。
確実に寝惚けているな、とひっそりと笑いつつ背中を撫でよしよしとあやすように触れる。
しばらく心地よさそうに擦り寄ってきていたが、段々と意識がはっきりしてきたのか、もう一度顔を上げて今度は先程よりも開いた目で周を見つめた。
「……おはよう、ございます」
「おはよう。気持ちよく眠れたみたいだな」
「……はい」
さっと頬を赤らめたのは、寝惚けながら周に甘えているのを覚えているからだろう。
周としては、可愛らしいし甘えてくれるのは嬉しいので何ら問題はなかったのだが、真昼からすれば油断しまくった姿を見せたのが恥ずかしいのかもしれない。
腕の中で縮こまっている真昼を宥めるように抱き締め直して額にキスを落とすと、余計に頬の赤らみが増す。
「……あ、周くん、最近恥ずかしげもなくしてきますね」
「二人きりだからな。……嫌だったか?」
「い、嫌だなんてそんな。ただ、寝起きには、刺激が強いというか……恥ずかしい、ですし、困ります……」
「じゃあ今度からやめておく」
「えっ、そ、それはその」
「困るんだろ」
「う……そ、そういう意味ではなくて」
「でも困るからやめてほしいんだろう?」
「やめてほしいとかではなくて……わ、分かっててからかってますよね」
「俺は真昼の嫌がる事や困る事はしたくないからなあ」
「もうっ。……し、してほしいです」
真っ赤な顔でぷるぷるしながら躊躇いがちに続けられた言葉に、周は笑って頭を撫でた。
「ごめんからかいすぎた。……つまり寝起きでなければいくらでもしていいと」
「そっ、そうじゃないですけど……そうです」
「どっちなんだよ」
真昼の言いたい事は分かっているのでからかうように笑って突っ込みつつ、額にもう一度唇を落とす。
周としては、全く恥ずかしくない訳ではないのだが、愛おしさの方が強いので実行に移してしまう。それに、真昼は不安になりやすいので愛情表現はしっかりした方がいいだろう。
ぷるぷる震える真昼が可愛いと思いながら抱き締めて撫でていると、真昼は恥ずかしさからベッドから抜け出そうとしていた。
もちろん、それを許す筈もなく、腕の中に閉じ込めてしまう。
「あの、朝ご飯の準備」
「もうちょっとここに居て」
「でも」
「……駄目?」
もう少し一緒に居たい、という意味を込めて真昼の顔を見つめると、頬がすぐに赤らんで視線が泳ぐ。
「っだ、だめじゃ、ないです、けど」
「ん」
言質を取ったので抱き締め直して優しく包み込むと、真昼は小さく唸りながら周の胸に顔を埋め直した。
「……ずるい」
「何が」
「色々です」
「じゃあ振りほどいてくれていいよ」
「そういう所がずるいのです」
出来ないと分かってる癖に、とすこし拗ねたような声で呟きながら額をぐりぐりと押し付けてくる真昼は、拗ねているよりはどこか甘えているようにも見える。
そんな真昼を甘やかすように優しく指に髪を通して丁寧に梳くと、真昼は心地よさそうに身を寄せて喉を鳴らしていた。
髪を触られるの案外好きだよなあ、と思いながら優しく優しく触れる周に、真昼はしばらく周にされるがままだった後、顔を上げる。
その表情は、柔らかく緩みつつも唇だけは小さく山を築こうとしていた。
「……周くんに駄目にされそうで困ります」
「俺の前で、俺にだけ駄目になってくれたら嬉しいけどな」
外ではいつも気を張っている真昼だ。
今は多少素の部分を見せるようにはなったが、それでも天使様として振る舞う事が抜けきっていない。そんな真昼を甘やかしてふやかしてとかしてぐずぐずにとろけさせたいと思うのは、仕方のない事だろう。
「……周くんも、ですよ」
「元々駄目人間だけどな。……それが、真昼が居ないと駄目になってるだけ」
「……それならいいです。私も、周くんが居ないと、駄目ですから」
「うん」
結局周は周で真昼に駄目にされているので、お互い様だろう。
今甘やかされモードに入っている真昼に微かに笑って、周はもうちょっとを少しでも長引かせるように真昼を包み込んで瞳を閉じた。
レビューありがとうございます(´ワ`*)





