19 天使様のほしいもの
「そういやお前、何か欲しいものはあるか」
翌日、善は急げと夕食時に真昼に切り出してみた。
別に誕生日に贈り物を渡すのは、なにか他意があるという訳ではない。日頃から世話になっている彼女に礼も兼ねて渡しておいた方がいいだろう、という判断のもとプレゼントをする事に決めたのだ。
ただ、聞き方は間違いなくあやしかっただろう。
我ながら隠す気もひねりもない聞き方をしてしまったと後悔したが、真昼は訝るような目を向けてくる。
「いきなりなんですか」
「お前、あんま物欲なさそうだし好奇心で聞いてみた」
「また唐突な……」
自分でももう少し誤魔化しようがあっただろうと思ったが、もう口から出てしまったので取り消せない。
幸いと言っていいのか、誕生日の事については気付いた様子を見せなかった。
そもそも真昼にとっては周が自身の誕生日を知る筈がないので、意識の外にあるのかもしれない。
「そうですね、必要なもの。今欲しているのは」
「欲しているのは」
「砥石ですね」
「……砥石?」
思わず聞き返してしまったのは、周が全く予想していなかった返答だからである。
というより、恐らく女子高生に欲しいものを聞いてこんな答えが返ってくるなんて誰も想像できないだろう。
普通はコスメやらアクセサリーやらバッグあたりを欲しいというものだ。まさか金属を研磨するための道具を欲しがるなんて、周には予想も出来なかったのだ。
「そう、砥石。幾つか持ってますけど、もっと目の細かい仕上げ砥が欲しいんですよね」
「おい現役女子高生」
「私に一般的な女子高生を求めないでください」
それを言われると周も反論しにくい。
お世辞にも、真昼は一般的な女子高生とは言えない。
天使というあだ名がついている時点で相当なのだが、文武両道の才女、その上料理上手で家事も完璧。
だらしない周の世話をなんだかんだ焼いてくれる辺りどこの嫁だと思うほどに甲斐甲斐しい少女だ。口はあまりよろしくはないが。
(だからって砥石なんて想像つくかよ)
欲しいものが砥石の女子高生なんて真昼以外居ない気がする。
「……自分で買わないのか」
「別に買えなくはないですよ。ただ、あまり使用機会がないし、その上高いしで手を出さないだけです。元々欲しいものよりちょっと目が荒くても仕上げが出来るものは持ってますから、別にいいかなって」
さらりといくつか所持していると言っている辺り、末恐ろしい。
「……包丁研いでる女子高生とはこれ如何に」
「割と居ますよ」
「居たとしても俺の知り合いにはお前だけだし、砥石を欲しがるのもお前だけだ」
「レアという事でよかったですね」
「何が良いんだよ……」
レアすぎて彼女の嗜好や欲しいものが全く分からない。
当てがなくなり途方に暮れるしかない周に、真昼は不思議そうに首をかしげていた。
「なあ樹」
真昼の欲しいものの傾向が全く分からないので、苦肉の策で樹に参考に聞いてみる事にした。
千歳という彼女がおり女心も分かっているので、普通の女子が欲しがりそうなものは一通り把握しているだろうという予想だ。
果たして真昼を普通に当てはめていいのかは分からないが、女子が喜ぶものはいやがりはしないだろうという予想である。
「なんだ」
「樹は千歳にプレゼントとか何渡してるんだ」
一番は彼女に渡しているものを聞いてみるのがいいだろう、と聞いてみたのだが、きょとんとした眼差しを返される。
「え、お前誰か意中の女の子にプレゼント渡すの」
「俺がそんなことする柄だと思うか」
「思わん」
「だろう」
「じゃあ何で聞いたんだよ」
「知り合いが誕生日だから参考程度にな」
参考程度にどころかがっつりそれから選ぶつもりであるが、そこまで言うつもりはない。
「ふーん。そりゃ欲しがってるものをやるのが一番だな。つーか普段からそういうリサーチをしておくのが大事だし円満の秘訣なんだなこれが」
「別に彼女じゃねえっての」
真昼が彼女とか色々と身の危険を感じるし(主に周囲の殺気が)、そもそも恐れ多すぎる。
確かに側に居て気楽ではあるし、淡白な人間同士気が合いはするが、恋愛感情は全くない。
可愛いと思う事は当然あるが、どうこうしたいまでは発展しない、そんな感情だ。
「欲しいものなあ……もし分からなければ?」
「仲のよさによる。親しいならアクセサリーとかでもいいが、親しくないなら雑貨や消えものが無難だな。花とかは嬉しいがもらって困るのが結構多い」
「……詳しいな」
「まあそれなりに勉強したからな」
樹と千歳は最初から相思相愛という訳ではなく、中学生の頃からゆっくり距離を詰めてきたらしい。中学は別な周には分からないが、色々と乗り越えて交際に発展したらしく、今でものろけと共に聞かされる。
千歳にプレゼントを贈る時にも相当悩んだらしいので、彼の選んだチョイスが色々考えてのものだと分かる。
「あと、ハンドクリームはいやがられないな」
「ハンドクリーム?」
意外な選択肢に周が反芻すると、にやっと笑った樹が得意気に語る。
「どの年代でも比較的使うだろ。学生なら授業で教科書ノート触ってたりしたら乾燥するし、社会人なら打鍵や空調で乾燥しがち、主婦は家事で水仕事するから荒れやすいし。プレゼントとしては腐らないよ」
「ふーん。詳しすぎてドン引き」
「お前が聞いてきたんだろうが」
べし、と背中を叩かれたものの、本気ではないので互いに笑って流し合う。
(ハンドクリームか)
確かに、それならあっても困らないだろう。
晩ご飯後の食器洗いは周が自主的にしているものの、真昼も自宅でするであろうから手が荒れないとも限らない。
というより普段から手入れしてるからあんななめらかな手をしているのだろうし、荒れ予防の品を贈るのは悪くない筈だ。
「まあ、参考になった」
「あとはちぃに聞いてみろ。同性ならではの着眼点があるだろうし」
「……えー」
「いい加減慣れろ」
勿論嫌いではないが苦手なタイプの千歳に会いに行くのは微妙に気が引けるのでしぶれば、樹が愉快そうに笑いながら今度は優しく背中を叩いた。