187 お風呂上がり
お風呂から上がると、真昼に先に着替えてリビングに行って欲しいと追い出された。
肌の手入れやら着替えやらに時間がかかるし見られたくない、だそうだ。
そう言われれば素直に従うしかなく、落ち着かない心身を鎮めながら着替えてリビングで待つ事になった。
……のはよかったが、真昼が帰ってきたのは三十分以上後の事だった。
授業内容の板書を写したノートを開きテレビの音をBGMに眺めていたが、あまりにも真昼が遅かったので声でもかけにいこうか、と顔をあげた瞬間に、真昼が廊下から現れた。
現れた真昼は、当たり前と言えば当たり前だが寝間着姿だった。
暦的には秋であるが暑さもまだ残り冷房が欠かせない季節なので、全体的に肌の露出が多くなってしまうのは、分かる。
真昼は別に極端な露出をしている訳ではない。露出度で言うなら先程の黒ビキニの方が圧倒的に上だろう。
ただ、大きな露出がないからこその色香を漂わせている。
「な、何ですか……? そんなに変です?」
凝視されて身じろぎをする真昼は、ワンピースタイプの寝間着、いわゆるネグリジェ姿だった。
ネグリジェ自体はお泊まりの時に見た事があるが、今回のはそれより布が少ない。といっても、半袖なのは変わらず膝がやや見える丈で少し短いのと、襟が大きく開かれてデコルテがよく見える、というだけであるが。
特に透けている訳でも、体のラインが浮き出ている訳でもない。
それなのに妙に色っぽさを感じるのは、湯上がり効果と無駄に露出しないからこその清楚な色気があるからだろう。
「……いや、似合ってるよ。可愛い」
「そ、そうですか? 選んだ甲斐があったです」
「俺のために選んだの?」
「その、周くんは……多分、こういうシンプルで可愛らしいものが好き、だと、思って」
流石に一年近く一緒に居れば服の好みも理解しているらしい。周は基本的に真昼が着れば何でも大概似合うし傾向を指示しない派だが、好みとしてはこういった清楚系の服が好きだ。
それを理解して極度な露出を控えた落ち着いたデザインのものを選んできたのだろう。
「そ、その、千歳さんの推しは、透けるものでしたし……あれは、その、恥ずかしいです」
「……そういうの持ってるんだな」
「そっ、それはその……先日千歳さんとお買い物に行った時に、押されて買ったというか」
どうやらテスト終わりのお出掛けの際に買ったらしい。お泊まりを見越していた、というよりあの頃からお泊まりをねだるつもりだったのだろう。
「あ、あれはまだ早いというか、その、無理です」
「……ふーん。じゃあ、いつか見せてくれるんだ?」
わざと意地悪に問い掛けてみれば、真昼はぽふっと顔を赤らめた後、俯いて小さく「……周くんが、見たいなら」と囁いて震えた。
流石にあまりいじめると暫く縮こまってしまうので「冗談だよ」と笑って肩を竦めると、真昼は俯いたままてててっと小走りで周の元までやってきて、隣に座る。
横を見れば、真っ赤な真昼が少しだけ瞳を潤ませてこちらを見ていた。
「……い、嫌という訳ではなくて、その、は、恥ずかしい、です」
「分かってるよ。だからそんな必死に言わなくてもいいから。泣かせてる気分になる」
「……泣いてはないです。恥ずかしいだけです」
「知ってる。……無理に体張らなくてもいいから」
見たいとは思うものの、真昼がぷるぷる震えて縮こまるのが見えているので、当分先でいい。真昼が見せたくなったら見せてもらえたらいい、というスタンスである。
よしよし、と頭を撫でて宥める周に、真昼は暫く周にされるがままだった。
「……そういえば、出てくるまでが長かったな」
顔の赤らみが収まってきたところで聞いてみると、真昼は顔を上げて微妙に眉を下げる。
「……その、お肌の手入れをしたり、髪を乾かしたりしてましたので」
「そっか。真昼は髪が長いもんなあ」
彼女の髪は腰よりも伸びているので、周の何倍も乾かすのに時間を要するだろう。その上でしっかり手入れをしているので、余計に時間がかかる筈だ。
「……そういう周くんは髪を乾かしてませんね」
「……勉強してたらつい」
「放置する事が傷む事に繋がるとあれほど。折角別々に使えるようにドライヤーも自分の持ってきていたのに……まったくもう」
呆れたようにため息をついた真昼は周が肩にかけていたタオルを髪に被せて、優しく水分を取っていく。といっても大分乾いていたので更に「ちゃんと髪は乾かすものです」という苦言を追加された。
お風呂から帰って来た時も持っていたバッグの中に入っていた何やら液体を取り出した真昼は、周の髪を一度ブラシで解いた。それからせっせと液体を手に馴染ませて、手で周の髪の内側や毛先に塗り込んでいる。
「元からさらさらだから余裕なのかもしれませんけど、ケアすればもっと綺麗になるのに勿体ない。……聞いてますか?」
「聞いてる聞いてる。真昼はえらいなあと」
「それは聞いてる内に入りませんっ、もう」
後ろに回りながら可愛らしく悪態をついた真昼がドライヤーで周の髪を乾かし出す。
熱すぎない熱風を感じながら、周は小さく笑う。
(……真昼にしてほしかったから待ってた、なんて言ったら怒るんだろうなあ)
面倒くさいというより、ただ真昼の手つきが心地いいのを知っていたから、こんな日くらい真昼にしてほしかった。
ただ、それを言うと真昼がまた可愛らしくぷりぷり怒ってしまいそうなので内心に留めておき、優しく手際よく乾かす真昼の手つきを瞳を閉じて堪能するのであった。
レビューありがとうございます(´ワ`*)





