185 お風呂と洗いっこ
お昼に更新してるのでまだお昼の更新分を読んでいない方は前話からどうぞ。
トリートメントまできっちり終えた所で、真昼は微妙に躊躇いの気配を見せつつボディーソープと書かれたボトルを取り出す。
「……その、えっと……お体の方、も」
真昼が何を言いたいのか分かった周も、体が強張るのを感じていた。
「……えっと、その、ま、前は、ご自分でして欲しいというか……せ、背中だけ」
「そ、そうしてくれると、助かる」
流石に前まで洗ってもらうと大変な事になりそうなので、真昼の言葉にすぐに頷く。背中を流す事そのものを拒否しないのは、真昼から背中を流したいと言い出したからだろう。
恥ずかしげに頷いたのを鏡越しに見て、周はとりあえず俯く。
真昼は後ろでネットでせっせとボディーソープを泡立てているらしく、布が擦れる音がしている。
吐息の音と泡立てる音だけが響く浴室というのは、非常に気まずく居たたまれない、というのを痛感した。
「……その、では、失礼します……」
泡立て終わったのか、おずおずといった口調で囁いて、そっと背中にふわふわもっちりとした感触が訪れる。
もちろんきめ細かく泡立てたソープだとは分かっているのだが、こうした場所で、水着姿で接近しているので、果実が当たったのではないかと一瞬考えてしまうのは男のサガだろう。
優しく背中に広げられる泡の感覚は、なんとなくくすぐったい。
真昼の手つきが丁寧なのもあるが、慎重に泡を塗っているために、焦れったさを感じるのだろう。
自分で洗う時はここまで丁重にはしないので、中々慣れない。
「……周くんって、背中案外大きいですよね」
背中全体に泡が広がりある程度汚れを落とした辺りで、小さな呟きが聞こえた。
「案外って。……真昼に比べたら、そりゃ大きいと思うけど」
「周くんだからこそ、大きく感じるというか……この背中を頼りにしてきたなって」
ぺたり、と掌が肩甲骨辺りに押し当てられたのを感じる。
「覚えていますか、足を挫いた時に背負ってもらったの」
「ん、覚えてる覚えてる。猫を助けて怪我した時のやつだな」
「……あの時、本当に嬉しかったんですよ。顔には出しませんでしたけど」
「途方に暮れてたもんなあ」
「……周くんはいつも見付けてくれるなあって、今なら思います。私をいつも見付けてくれます」
するりと、背中に置かれた掌が滑り、平たい胸に回る。
そのまま互いの体の距離を零にした真昼は、周にくっついたまま、肩に唇を乗せた。
泡とは比較にならないほど柔らかく質量のあるものの存在を背に感じながら、周はそっと息をこぼす。
「真昼が望むなら幾らでも背負ってやるし、支えてやるよ。そもそも、目を離さないって約束してるんだから、居なくなったりなんかさせないよ」
「……うん」
「でもまあ、今はちょっと背負うのは格好的に厳しいので離れていただけるとありがたいです」
暗に当たっていると言うと、一度大きく体が跳ねたが、離れる気配がない。
「……背負わなくても、寄り添って欲しいです。負担を全部押し付けたりなんてしません。……一緒に歩いていくのですから」
「……そうだな」
「あと、これは周くんが喜ぶって」
「千歳ぇ!」
絶対あいつの入れ知恵だ、と思わず唸った周だったが、真昼が「ち、千歳さんはアドバイスしてくれただけですし私が望んだので」と腕をぎゅうっと周の体に改めて回してくるので、一度顔をしかめるのをやめる。
代わりに、真昼の腕を一度引き剥がした。
体ごと振り返ればショックを受けたように瞳を見開いているので、周はそのまま真昼を正面から抱き締めた。
「え、あ、あの」
「……千歳に抱き付くようにアドバイスされたんだよな」
「そ、そうです」
「なら付け足し。……男的には正面からしてくれた方がよいです」
これくらい許される、と自分に言い聞かせながら泡で滑りのよい柔らかい肢体を抱き締めつつ耳元で優しく囁けば、あっという間に体から力が抜けてへにょりと膝から崩れた。
顔を真っ赤にした真昼に、周は先ほどまで真昼が使っていたネットを手にとって、抱き締めながらソープを泡立てていく。
「あ、あの、周く……」
「流しっこ、だったよな」
「……っそ、それは」
「じゃあ俺も真昼を洗う権利があると思うんですけどどうですかね」
わざと低い声で問いかけると、真昼がびくびくしながら涙目で「そうですけどっ」と反応してくれたので、周は羞恥を表に出さないように飲み込みつつ「じゃあいいだろ」と笑う。
今日は非常に真昼が積極的で優位に立っているのだ。周もされっぱなしという訳にはいかない。
嫌なら逃げるだろうと分かっているので、周はゆっくりと真昼の背中に泡を伸ばしていく。
やはり、自分の背中より華奢であり、肌は滑らかで瑞々しい。背中まできっちり手入れしてるのだと思うと脱帽である。
「や……く、くすぐった、」
「……真昼は全身弱い気がしてならない」
耳が弱いのは知っているが、背中まで弱いとは思わなかった。というより皮膚の薄いところ全部弱そうである。首筋も触るとびくびくしているので、恐らく刺激に弱いのだろう。
ただ背中や精々腰に泡越しに触れているだけなのに、真昼はきゅっと唇を結んで震えたかと思えば涙目で睨んできた。
「……ひ、ひどいです」
「真昼が流しっこと言わなければ俺はしてなかったんだけどな」
「だ、だって……」
「だって?」
「志保子さん達や千歳さん達はそうしてるって……」
「子持ちや経験済みカップルと一緒にしてはいけません。……まあ、もう遅いけど」
真昼が誘ってきて真昼がしてきたので、周は同じように返しているだけだ。
少しはされる側の気持ちを理解しろ、といった感じで丁寧に背中を洗っている周に、真昼はもう抵抗をやめて真っ赤な顔で大人しく周に体を預けるのであった。





