183 お泊まりと提案
お泊まりをする、といっても、真昼が帰らないだけで生活はほとんど変わらない。
金曜日、真昼が泊まる日は、真昼が微妙に意識しているという所以外は至って普通だった。
いつも通り学校に行き授業を受けてスーパーに寄って帰宅。夕食を食べる、というところまでは同じだった。
ただ、食後から変わる。
「真昼、先に風呂入っておいで。俺は洗い物片付けておくから」
今日は、真昼が泊まる。
普段なら二人でゆったり談笑した後に帰るのだが、今日ばかりは先にお風呂に入ってもらうつもりだ。
理由は単純で、真昼は非常に手入れに時間がかかりそうなので早い内にお風呂に入っていた方が彼女にも都合が良さそうだからである。
お風呂、という単語に真昼が分かりやすく体を揺らすので彼女は彼女で意識しているのであろう。
「えっと、その」
「真昼は髪長いし洗ったり手入れするのに時間かかるだろ? 先入っておいた方がいいと思うけど」
「そ、そうですけど……ええと」
「何か不都合があったのか?」
何やら言い淀んでいる真昼に優しく聞こえるよう心がけつつ問うと、恥じらいに瞳が伏せられる。
「……そ、その、ですね。……志保子さんも、修斗さんも、一緒にお風呂、入っていた、でしょう」
「ま、まあそうだが」
「……た、他意はないのです。ないのです、けど、その……い、一緒に、お風呂、入りたい、です」
震える声でか細く呟いた恋人に、周は一瞬何を言われたか分からず硬直したまま真昼を凝視する。
(……一緒にって)
入浴は、当然衣服を着用せずにするものだ。
つまり、お互いに一糸纏わぬ姿を晒す、という事になる。
そんな事をされれば、周も流石に歯止めが効きそうにない。柔肌を堪能する自信があった。
いつにもまして真昼が積極的で戸惑いを隠せない周は、一気に燃えそうになっている頬をかきながら、視線を泳がせる。
「っい、いや、それはその、まずいのでは。裸になるし……」
「えと、その……み、水着、持ってきている、ので、平気です」
「……もしかして最初からこうするつもりで?」
「そ、それを言わせるのは意地悪です」
つまり、お泊まりの計画に一緒のお風呂も入っていたようだ。これは恐らく十中八九千歳の入れ知恵だろう。
ただ、真昼は嫌な事は嫌と断るので、真昼が望んでお願いしているという事でもある。
真昼は周の両親のように仲睦まじい夫婦に憧れているので、ナチュラルに一緒に入浴して寝る両親と同じような体験をしたいのかもしれない。
もちろん、その気持ちは嬉しいし信頼してくれていると分かって嬉しい。
それはそれとして、周の心臓と理性の負担が大きすぎた。
「えっと、それはその……多少体に触られる覚悟はおありで?」
「……背中の流しっこするなら、触る前提ですし」
「お、おう……」
「それに、私も周くんを触る自信があります。……一度、周くんの髪をがっつり手入れしてみたいな、と思っていましたし」
「……左様で」
何やら荷物が多いと思ったら、周用にヘアケア用品も持ってきていたらしい。
パックをさせたがったり髪の乾かし方に注意したりと周を磨こうという節を見せている真昼なので、発想自体は想像出来ないものでもない。
ただ、本当に一緒に入りたがるとは思ってもいなかった。
「……その、俺も水着を着て入れば平和的解決という事でよろしいでしょうか」
「は、はい」
「……いいんだな?」
「女に二言はありません」
それは男の台詞なのでは、と思ったものの、真昼は覚悟を決めて周に提案したようなので、それを無下にはしたくないと思った。
要するに、周が我慢すればいいだけの話なのだ。
周としても唯一の相手が見付かった今、 両親のようないつまでも仲のよい関係に憧れているので、手始めに風呂を共にするのも悪くないと思っている。周が欲求を飲み込んでしまえば、睦み合うのもよいものだろう。
夏休みも終わりもう着る事もあるまいと衣装ケースの奥にしまった水着の場所を思い出しながら、周は高鳴る胸を押さえつつ「分かった」と返して頷いた。





