179 テスト後の自由
テスト期間はあっという間に終わった。
元々テストに向けて勉強を欠かした事のない周と真昼は余裕を持って取り組めたし、何ら躓く事なくテストを終えた。
魔のテスト期間を乗り越え屍になっている千歳はというと、最終日のテストが終わった瞬間に「自由だー!」と叫んで両手を挙げ喜んでいる。
「いやー、疲れましたなー! 二人のお陰で無事乗りきれたよ!」
「乗りきったかどうかは結果が出てからだけどな」
「無粋な事を言わないでよー、解放感に満ち溢れてるんだからさー! まひるんまひるん、お疲れ様会としてカフェでお茶しに行こー!」
「私は構いませんよ。えっと周くん、」
「俺は樹と遊びに行くから大丈夫だぞ。二人で楽しんでこい。遅くなるようなら連絡寄越してくれ、迎えに行くから」
一夜漬けでへとへとな姿を見せていた千歳が明るい顔を取り戻しているのだから、引き留める程空気が読めない訳でもない。
恋人といえどお互いの時間は大切にするべきだし友達付き合いに一々口出しする程狭量でもないので、真昼は真昼の時間を楽しむべきだろう。
あっさり頷いた周に真昼は安堵したようで、遠慮がちながら微笑んで「じゃあ御言葉に甘えて」と千歳と遊びに行く事を決めていた。
そのまま笑顔の千歳に手を引かれて教室を出ていった真昼の背を眺める周に、樹が笑って背中を叩く。
「いつから俺と遊ぶ事になってたんだ」
「今から」
本当は約束していた訳ではないが真昼に気兼ねなく楽しんできてもらいたかったので、ああいう事を言った。樹もその意図を察していたからこそ黙っていたのだろう。
「はいはい。まあ、どうせ家に帰っても誰も居ないし別にいいけどな」
「まあそれに俺はお前にハンバーガーを奢ってもらうつもりだから」
「なんでだよ」
「カラオケの猫耳」
「バレたか。椎名さんも素直に言っちゃったんだなあ」
悪びれもせず笑った樹の背中を少し強めに叩き「別にいいけど一言くらい先に言え」と咎めておく。
怒っているというよりはいつの間に流出したんだという驚愕の気持ちの方が強い。真昼が喜んでいるなら別にあの程度いいかと思うくらいには、真昼の事を猫可愛がりしていた。
「今度からそうするわ。次はどんなのがいいかな」
「反省してねえ」
まだまだスマホのフォルダに周の写真があるらしい樹がにやっと笑うので、周は微妙に眉を寄せつつも責める事はせず軽く一睨みで済ませておいた。
真昼達がカフェでお茶をしているであろう頃、周は樹と共にハンバーガーショップにやってきていた。
高校生が駄弁るのによく使うタイプのファストフード店であり、周と樹の他にも同校の生徒や他校の制服を着た学生の姿がある。
注文して出来上がったものを持って席についた周は、軽く周りを見て肩を竦める。
「結構居るなあ」
「だな。うちだけじゃなくてあっちの学校もテスト終わりらしいなー。昨日他校のダチとやり取りしてたら言ってた」
「まあ休暇明けのテストは大体どこもやるからなあ。明るい顔してるな」
「当初から余裕綽々だった君らがおかしいんすよ周くんや。……ま、それはさておき、冷めない内に食うか」
樹の微妙に呆れたような眼差しを向けられたが、諦めているのか彼はさっさと流して頼んだポテトをつまんでいる。
周も樹に倣って奢りのハンバーガーの包装をといてかぶりついた。
食べなれた味ではあるが、ここ一年近く真昼の料理に舌鼓をうっていて舌が研ぎ澄まされているのか、ちょっと物足りなさを覚える。もちろんジャンキーなものもそれはそれでよいものだが、やはり真昼の料理が一番だな、と痛感した。
「……周が要求した割には椎名さんの料理が恋しいって顔してるんだけど」
「そういう訳では……まああるが、別に美味しいとは思ってるよ。一番がいるだけで。奢ってもらえたのはありがたいと思ってるし」
「はいはい。ほんと二人は仲睦まじいというか……はよ結婚しろ」
「時が来たらな。まだ十六だし年齢的に無理」
「マジレスされた。つーかそうだよなー、やっぱそうだよなー。もう椎名さんからもそんな雰囲気漂ってるもんなー」
「うるせえ。悪いのかよ」
「いや、なんかホッとしたというか。近くに結婚前提にお付き合いしてる人が居るって勇気付けられる」
樹は樹で千歳との結婚を考慮してのお付き合いをしているので、そういった点でも彼にとって周は同志なのだろう。
違うところと言えば両親に認められているか否かなので、樹もいつかは父親に認められて千歳と揉め事なく結婚出来たらいいなと思っている。
「……ちなみに現状どうなってんだそっち」
「変わんないかなー。一応真面目にして文句言わせない程度の成績にしつつ主張は続けてくよ。これは俺にしかどうにも出来ないから仕方ないさ。そっちこそ、進展はどうなんだよ」
実家に一緒に行ったんだろ、とにまにま笑われながら軽く靴先で蹴られたので、周も同じように蹴り返しつつオレンジジュースをすする。
「別に、これといっては」
「夏何してたんだよ……恋人が四六時中一緒に居るのに何もしないのはへたれすぎだろ」
「俺達は俺達のスピードがあるんだよ」
「なので、キスは出来たけどそれ以上はまだ、と。なんつーかピュアっピュアなお付き合いしてんねえ」
呆れというよりは微笑ましそうな生暖かい声だったので、微妙に苛ついてもう一度足を蹴る。
「……お泊まりくらいは誘ってるし。まだしないけど」
「むしろまだしてなかったのか。実家に挨拶させておいてお泊まりはまだってある意味すごいな」
「うるせえ。……別にさ、何かしたいとかそういうつもりじゃないんだけどさあ……一緒に寝たいだけというか」
そういう事を望まないと言えば嘘になるが、それよりも一緒のブランケットにくるまって穏やかに眠りにつくという心地よさの方を求めている。
真昼は添い寝が好きらしいので、単純に添い寝をしたら喜んでくれそうというのもある。
「恋人としてそれもそれでどうかと思うんだけどな。案外椎名さんはお泊まりしたいんじゃないか?」
「話を持ち出したら慌ててたから、まだまだだろ」
「手出しなんかする筈ないのになあ。ちょっと怯えられただけでへたれるやつだぞ、拒絶の色がちょっと見えた瞬間尻込みするに決まってるんだけどな」
「うるせえ」
へたれへたれと言われては面白くないが、実際他人から見れば奥手のへたれだという自覚があるので、否定は出来ない。
「……ま、お前が押さないならそれでもいいんじゃないかな。どうせ椎名さんがちぃのアドバイスで頑張るだろうし」
「おいお前の彼女なんとかしろ。確実に俺の真昼に余計な知識を植え付けてる気がする」
「必要な事しか言ってなさそうだとは思うけどなあ。奥手同士だと進まないししゃーない」
今頃何かアドバイスしてるかもなあ、と笑った樹に、周は眉をよせて今ここに居ない千歳に「変な知識を植え付けるなよ」と念じるのであった。





