178 昼食とご褒美について
「結局もらったんですか」
家に帰ったところで、真昼が微妙にややふて腐れた様子で声をかけてくる。
写真を撮られていた事自体は気にしてないらしいが周に見られるのは抵抗があるらしい真昼は、若干トゲのある眼差しを向けてきた。
「どうだろうな」
「……周くんのお蕎麦だけ先につゆにわさび多目に混ぜ込んでおきます。美味しさのあまり涙と鼻水を誘うくらいに入れます」
「ごめんって。もらってません」
お昼ご飯のざるそばを人質に取られては、はぐらかしはもう悪手なので大人しく白状する。
一応、写っている真昼が嫌がっているのだから無断でもらうのはやめておいたのだ。もちろん、許可がもらえたら千歳から流してもらうつもりではあるが。
周の言葉に露骨に安堵した真昼は「それならいいのです」と機嫌が幾分か戻った声で返し、調理のために髪を束ね始める。
「……そんなに嫌だった?」
「い、嫌というか……その、情けない顔をしていますし、恥ずかしいし……絶対可愛くない顔してます」
「真昼の顔に恥じるところなんてないし可愛いに決まってるんだけどな」
「そういう台詞をさらっと言える周くんはよくないと思います」
「何がよくないんだ?」
「心臓的に、です」
ぷいっと顔を逸らしつつ髪をお団子にまとめた真昼は、エプロンを身に付けて手を洗い始める。
周も薬味を盛り付けたり皿の準備程度の手伝いはするつもりなので隣で手を洗い始めるのだが、横目で見た真昼は頬がほんのりと赤らんでいた。
「……周くんは、自分が情けない姿をしている写真が赤澤さんから私に流されていたらどうするんですか」
「んー。ものによるけど、公共の場で見せられないような写真以外ならまあ許すかなあ。まあ、樹がそこまでひどいのを送るとは思えないしそもそも撮らない、そして俺はそんな姿をさらした覚えはない」
「……猫耳は許すのですか」
「カラオケで装着させられたやつだな。別にいいぞ」
男三人で行ったカラオケで何故か猫耳を所持していた樹に無理矢理付けられた時の写真だろう。樹も門脇も笑いをこらえていたのですぐに外したが、こっそり写真を残されていたらしい。
あっさりと受け入れた周に、真昼が居心地悪そうに俯く。
「……私の方こそ、周くんの許可なく写真をもらっていてごめんなさい」
「それは樹のせいだからなあ。どうせ急に送られてきたんだろ。樹には今度ハンバーガーでも奢ってもらうさ」
樹のフォルダにまだまだ写真が眠っていそうなのが怖いところであるが、ひどいものはないであろう。
出したての柔らかいタオルで手を拭いつつ、申し訳なさそうにしている真昼に笑いかける。
「ほら、気にしなくていいから。申し訳なさそうにするより、小鉢と薬味たっぷり用意してくれた方が嬉しいから」
「……わさびも?」
「それはほどほどで頼むぞ」
大真面目な顔で返せば、気が抜けたのか真昼は小さく笑って、周の二の腕に軽く額をぶつけて「……そういうところも好きです」と小さく囁いた。
「明日から三日間テストだけど、別に代わり映えしないよなあ」
そばを食べ終えた後、周は満足そうにお腹を擦りながら呟く。
周は勉強は好きな方であるし日頃からそれなりに努力しているため、テスト自体は全く心配していない。寧ろ友人の成績を心配するくらいである。
「まあ、そうですね。いつも通りにいつもの力を出せばよいだけの事ですので」
「千歳が聞いたら『そんなの優等生だから言えるんだよ』と拗ねそうだけどな」
「ふふ。千歳さんは今回苦手なところがあるみたいなので尚更ですね。今度みっちり教えておきます」
千歳が悲鳴をあげそうだな、と思ったものの内心に留めておき、テスト前日でも泰然としている真昼を眺める。
「そういえば、今回のご褒美はどうする?」
「え、ご褒美ですか?」
「一位取るのが当たり前になっててもさ、ご褒美は必要だろ。俺に出来る事があればなんでもするけど」
「以前は周くんへのご褒美で膝枕しましたね。でしたら、そういう周くんもご褒美は必要なのでは?」
「俺は真昼に喜んでもらう事がご褒美だから」
「……それは私もなのに、そう言うのはずるいです」
むぅ、とちょっぴり拗ねたような真昼が太腿をぺちぺちと叩くので、苦笑しつつその手を優しく握る。
「俺は真昼に何かしたいから、今回は俺にさせてくれ」
「う。……で、では、欲しいものが」
「欲しいもの?」
基本的に物欲の薄い真昼が、物が欲しい、それも周におねだりするのは珍しいなとカラメル色の瞳を覗き込むと、気恥ずかしそうに視線が逸れる。
「……その、周くんの部屋に、クッションあるでしょう」
「え、うん」
「それが欲しいです」
意外なものの要求に瞳をぱちくりと繰り返し瞬かせると、真昼は恥ずかしかったのか頬の赤らみも隠そうとせず体を身じろぎさせている。
「あれ、結構使い古してるけどいいのか」
「むしろ使い古しの方がいいというか……その……ですから、周くんの匂いが落ち着くので」
「……真昼ってもしかして匂いフェチ?」
「ふぇ、フェチとかそんな訳ではっ! 周くんが好きだから周くんの匂いが好きで側にあったら嬉しいだけですっ」
「お、おう」
なんだか恥ずかしい事を言われている気がした。
直接的に好きと言われるより余程恥ずかしく、頬をかきつつ部屋にあるクッションを思い出す。
そういえば、真昼は周の部屋に入ると大抵あのクッションを抱き締めている。何か抱えていると落ち着くからとばかり思っていたが、もしかしたら周のだからこそ抱き締めていたのかもしれない。
「……でも、クッションかあ」
「だ、駄目ですか」
「いや、そうじゃないけどさ。本体は要らないのかなって」
クッションの比ではない程香ると思うが、と呟くと、小さく唸り声が聞こえる。
「あ、周くんはお持ち帰り出来ないじゃないですか」
「まあそうだな。真昼はお持ち帰り出来るけど」
「……っ」
分かりやすく頬が色づいた真昼に、周も自分の頬が赤くなるのを感じつつ微かに笑う。
「お泊まりするって言ってたから、つい」
「そ、それは、その、あの、……したいです、けど。でもその、じゅ、準備というものが」
「別に無理強いするつもりはないよ。真昼がしたいって思う時に言ってくれたらいいし、したくないならそれでいいから」
恋人同士とはいえ、お泊まりともなれば意識もするし怖さだってあるだろう。何度か一緒のベッドで眠った事はあるが、誰にも邪魔される事のない自宅で、恋人の関係で、泊まるというのは初めてなのだから。
何もするつもりはないとはいえ、真昼がお泊まりという大きなイベントに動揺や興奮、恐怖を抱くのは仕方ないといえる。だからこそ、真昼が望んだ時にすればいいと思っていた。
「で、ほんとにクッションでいいのか?」
「え、……は、はい」
「じゃあそうするか。あとはケーキとかも買いたいなあ、普段頑張ってるからご褒美大事だし」
今望んでいない事をいつまでも話題にするのはよくないのであっさりと引き下がった周は、真昼が喜びそうなケーキをどこで買おうかとスマホで店を検索し出す。
真昼が隣で微妙におろおろしていたので取り敢えず頭を撫でてみると、何故か頭突きした後に「周くんのばか」と可愛らしく罵倒してくる真昼であった。





