176 夏休み明けの教室
九月に入ったものの、暑さはまだまだ退く気配を見せていない。朝とはいえ熱気があるし、日差しも眩しい。
ただ、涼しい顔をして隣を歩く真昼を見ていると、暑さが少し和らいだような気がした。
繋いだ手は周のものよりひんやりとしていて、握っていると心地よい。
「暑いなあ」
「暦の上では秋でも、やっぱりまだまだ気候的には涼しくなるのは遠そうですね」
ぱたぱた、と余っている手で顔を扇いで見せる真昼は、言葉とは裏腹に涼やかな顔のままだ。周は髪が黒く日光で熱くなって暑い思いをしているので、微妙に顔が歪んでいる。
「んー……暑いのあんまり好きじゃないんだよなあ」
「そうなのですか」
「寒い方が得意。それに、汗臭いのは真昼も嫌だろ」
「……別に、周くんの匂いなら」
「俺が嫌なんだ。気を付けないとなあ」
どうせならいい匂い、とまではいかないまでも不快な臭いは漂わせたくないので、普段から気を付けているのだ。人と接するなら、尚更。
学校に着いたらでボディペーパーで汗を拭き取って無香料の制汗剤を使おう、と心に決めていると、真昼が二の腕に鼻を寄せる。
「……周くん本来の香りがしていい匂いですよ」
「……それはどうも。真昼は相変わらずいい匂いしてる」
「そ、それはその、身だしなみもありますけど、周くんに嫌な顔させたくないですから」
「俺もそういう気持ちなのでご理解くださいな」
結局お互い同じ事を考えていたので小さく笑い、暑いが爽やかさも感じさせる空気を感じながら真昼に合わせてゆったりとした足並みで学校に向かった。
「……朝っぱらからオレ達を灼熱に誘うつもりなの?」
「何がだ」
教室の席についた周が真昼と会話していたら、何故か樹が引きつった顔で声をかけてきた。
ちなみに教室は冷房がついているので涼しい。各教室は冷暖房を完備しているので、外気温に悩まされる事がないのだ。
「こう、さあ……見せ付けるようにいちゃいちゃしてるとさあ」
「見せ付けるってあのなあ。そもそも普通の会話をしていただろ」
「そうだなあ会話内容は至って真面目な学生のものだったが、こう、雰囲気とか態度とか眼差しがだな」
教室についてクラスメイトに挨拶をした後、休暇明けのテストに向けての復習を二人でしていたのだが、その様子がいちゃついているように見えたらしい。
周としては真面目にテスト対策に励んでいただけなので、いちゃついていると言われてもしっくりこないのだ。
「お前、そろそろ椎名さんが絡むと無自覚に甘くなるのやめろよ。少なくとも公共の場では」
「今回のは別になにもしてない。出題範囲の確認と暗記科目のクイズやってただけだろ」
「……これだから周は」
「意味が分からん」
何を言っているんだこいつは、という眼差しを向けると、何故か同じような眼差しを返される。
「周りを見てみろ」
言われた通りに周囲に視線を向けると、男子から殺意のこもった眼差しを向けられた。女子からは微笑ましそうな、そしてどこか羨ましげな視線。
おしゃべりに興じていた門脇や柊、九重からも苦笑しながら生暖かい笑みを向けられて、周の頬がややひきつる。
「最近の周達は目の毒なんだよ分かるか」
「……お前と千歳もそんなもんだったからな」
「失礼な。俺達は堂々と意図的にいちゃついてるんだ。周達みたいに滲み出る夫婦感とは訳が違うんだ」
「それもどうかと思うぞ」
今までのいちゃつきは意図的なものだったらしいので、そっちの方が問題がありそうなものだが、クラス全体での意見はこちらの方が問題らしい。
真昼は樹の言葉にほんのりと頬を染めて居心地悪そうにしているので、彼女は自覚があったのかもしれない。それなら先に言ってほしかったものである。
「とにかく、ほんと気を付けろよ……夏祭りの時みたいなのを振り撒いてると大変な事になるぞ」
「大変な事になるってあのなあ」
「……私としても、周くんを見せるのがもったいないので」
小さな声で告げる真昼に「そんなにか?」と返して頭を撫でると、少しだけ唇を尖らせた真昼が「そういうところが駄目です」と拗ねたように駄目だしするのであった。





