162 特技と天然たらし
四人でやってきた祭りの会場は既に賑わっていた。
普段は人通りの少ない地区なのだが、今日はその印象を覆すかのように多くの人で溢れている。ここ一、二週間は近場で祭りが他になかった、というのも盛況具合の要因だろう。
ぱっと見た感じあまり浴衣姿の人も少なく、浴衣で歩くと非常に目立ちそうだ。目立つのは真昼の美少女加減のせいが大きいが。
「結構人居るねえ」
「そうだな。はぐれないようにしないとな」
「まひるんも周を離さないようにしないと駄目だよ?」
「……離れません」
ぴとりと寄り添いつつ繋いだ手をしっかりと握る真昼に、周も指を絡めるように握り返して、絶対に離すまいと誓う。
離したら確実に不埒な男子共がナンパに走る。走らずにはいられないだろう、こんなに可愛らしい女の子が居たなら。
ひゅーひゅー、なんてわざとらしく囃し立てる樹には「どうせお前も手を繋ぐだろ」という視線を送りつつ、祭り会場に並ぶ屋台とその道を眺める。
「真昼、何か見たいものある? 食べたいのとか」
「こういう場所初めてなので、あまり詳しくないです……」
「そっか。取り敢えず無難に何か食うか」
家族で出掛けた事なんてほぼない、という事を思い出して少し湿ったような気分になりつつも真昼を励ますように笑うと、真昼も小さく笑う。
「あ、私わたあめ食べたーい」
「あれ初っぱなから買ってもかさばるし放ってたら湿気るだろ……」
千歳は割と食べるので、すぐに平らげるなら問題はなさそうだ。ただ、初っぱなから甘いものを食べる前に腹ごしらえをする方がいい気がしなくもない。
周としては無難に焼きそばかたこ焼き辺りから攻めたいのだが、真昼が食べたいものを優先するつもりだ。
「……お祭って、どんなものがありますか?」
「ご飯なら焼きそばとかたこ焼き、イカ焼きにフランクフルト辺りかなあ。ご飯はこっちで食うだろうし、お腹にたまるものだと今挙げたもんかな」
「……歩きながら決めちゃ駄目ですか?」
「俺は別にいいよ。そういうのも祭りの醍醐味だからな」
何食べるか決めてからでもいいが、よさげなものを歩きながら見つけて買うというのも乙なものである。むしろそちらの方が祭りとしては楽しめているのかもしれない。
樹達はどうだ、と視線を送ると構わないといった旨の返事と頷きをもらったので、その路線でいこうと真昼を促して人混みの中に入るように歩き出した。
屋台を見ながら適当にぶらついたり買い食いしたりしていると、縁日お馴染みの射的屋が見えてくる。
縁日特有の屋台といったら射的屋というイメージがある周としては、折角なので遊びたいところなのだが、真昼が興味を示さないならスルーしようかなとも思っていた。
手を繋ぎながらきょろきょろと屋台を見回しては楽しそうに瞳をきらきらさせていた真昼は、周の視線の先を辿ってぱちりと瞬きを繰り返す。
「周くん、あれなんです?」
「ああ、射的。コルク銃で景品狙って落としたらもらえるーってゲームだな。やってみるか?」
何事も経験だよな、と思いつつ財布を取り出して揺らすと、真昼は微妙に困惑しつつも好奇心が勝ったのかこくりと小さく頷く。
よしきたと店主にお金を渡してコルク銃と五発分の弾を受け取って、真昼が撃てるように装着していく。店主に任せなくても自分で出来るようになっているのは、間違いなく両親達が祭りにも幾度となく連れていってくれたからだろう。
「ほら、出来たぞ。どれ狙う?」
「……あれ、可愛いなって」
真昼が指で示したのは、プラスチックのケースに入ったヘアピンだ。紫陽花の形をした飾りのついたそれは、今の真昼の着ている浴衣と意匠としては合いそうだし、デザイン的にも可愛らしい。
ただまあ、射的の経験がある周としては、ああいったものは割と落としにくいように調整されている事が多いので、初めての人が狙うにはおすすめしない。
が、真昼の自由意思を尊重したいのでそれは言わず、撃ち方や体勢を真昼に教えつつ真昼の腕に任せる事にした。
美少女がおもちゃに近いとはいえ銃を構えてる姿というのも中々によいものだとひっそりと思いつつ見守ると、真昼は実に真剣な表情で銃を構えて、引き金を引く。
軽い音がして、弾が飛んでいって……そのまま、後ろにある布に当たる。
「むむ、難しいですね」
「まあぶっちゃけ狙いをつけるだけで一苦労なんだよなあ、初めてだと」
景品との距離がそこまでないからと言って甘く見てはならない。
銃の威力や発射速度によって角度を調整しなくてはならないし、撃つ時はぶれないようにしなくてはならない。そもそも銃によって実は癖があったりするので、それを見極めないと景品に掠りもしなかったりする。
中々奥が深いんだよなあ、と両親に無駄に叩き込まれた技術と知識を思い返しつつ笑うと、真昼は笑われたと勘違いしたのか「今度こそ当てて見せます」と意気込んで周に教わった通りに弾を込めて撃っていた。
結局全弾外しているので、その勢い全てが嘆息に変わってしまうのだが。
店主に参加賞の棒状スナックを多目に渡された真昼がしょんぼりとしていた。
「外してしまいました」
「初めてだから仕方ないって」
「そうそう、誰だって初めてはそうなるよ。無念は周が晴らしてくれるし。よっ、周のかっこいいとこ見てみたーい」
「他人事だから気楽に言ってやがるな」
元々真昼が欲しがっているものは取れなかったら周もチャレンジする予定ではあったが、軽々と言ってもらっても取れなかった時に困る。
ただ、真昼も割と名残惜しいのか狙っていたヘアピンを見て、それから周を見上げた。
「……あれ、欲しいです」
「……そう言われると頑張らざるを得ないよなあ」
絶対に千歳におねだりの仕方仕込まれてる、といった可愛らしい上目遣いを披露してくれた真昼に「これは外せないなあ」と苦笑しつつ、周も同じように店主に代金を渡して銃と弾を受け取る。
流石に久し振りなので上手く行くかなあ、と銃の感覚を確かめつつ気負いはしないようにして構えて、トリガーを引く。
滑らかな動作で放たれたコルクの弾丸は、まっすぐにヘアピンのケースに向かって飛んでいき、端を掠めた。
ややケースが揺れはしたものの、倒れる事はない。
「あー惜しい」
「いや、いいよこれで。弾道のブレとか威力とか銃そのものの癖見るためだったから」
何も一発目から倒すという意気込みだった訳ではない。
試し撃ちのつもりで撃ったし、実際軽く掠めた程度だった。
ただ、触った感覚と撃った感覚、景品の当たった感覚から、この店の銃なら大丈夫だろう、という感じがあった。
銃のアレコレによっては落とせないものもあるので、今回のものは問題なさそうだと思う。狙いと当たりどころさえよければ大概のものは落とせるだろう。
勘が鈍っていない事に安心しつつ再度装填して、狙う。
真昼のためならこの店一番の大当たりである大きめの玩具でも何でも当ててみせようと思うが、欲しがっているのはヘアピンなのでそれに一点狙いする。
(懐かしいなあ)
小中学生の頃によく縁日に連れていってもらった、と昔の思い出を浮かべながら静かに引き金を引けば、今度はケースの真ん中からやや上側に当たった。
ど真ん中に当てても落とせるかどうか危うかったが、重心を揺らす事に集中して如何にバランスを崩させるかという事に気を付けて撃ったそれは、狙い通りケースを揺らして、倒れさせる。
見ていたらしい周囲の客から微かなどよめきが聞こえた。
これで外したら大恥だったよな、と思いつつ余った弾を適当に軽そうなお菓子に当ててついでに景品を回収すれば、店主がにこやかながらも微妙にひきつった顔をしていた。
(あんま取りすぎると営業妨害になるんだよなあ)
一度景品を取りすぎて出禁になりかけた志保子を思い出しながら「すみません」と肩を竦めて、獲得した景品を受け取る。
「これでいいんだよな?」
振り返って獲ったヘアピンのケースを掲げれば、真昼が恥ずかしそうに頷く。
「……あ、ありがとうございます。まさか本当に落とすとは……」
「何でさらっと取るかなあ」
「こういうのは得意だからな」
「わーイケメン。むかつく」
「なんでだよ……」
千歳から促してきたのに実際に取ったら文句を言われて理不尽さを体感した周である。
「まあ、周ってこういうの得意そうだよなあ。ゲーセンとかで銃撃つゲームとかもハイスコア出すし」
「こういう無駄なところにも教育に力が入ってたんだよなあ……人生が豊かになるぞって……」
「いやまあそのお陰で椎名さんが欲しがってたものゲット出来たんだからいいだろ」
「それもそうだ」
真昼の欲しがっていたものを得られたのは事実なので、両親に感謝している。
まあ特技と言い張れる程度には上手くなってるのかな、と笑いながら景品のヘアピンをケースから出して、真昼の前髪を軽く挟んでヘアピンで留める。
たまたまではあるが浴衣と意匠が似たようなもので統一感があり、雰囲気もよく合っていた。
「ん、可愛い。よく似合ってる」
シンプルながら可愛らしいデザインで使い勝手も良さそうだな、とよく似合っている真昼の顔を覗き込みながら笑えば、頬を薔薇色に染めた真昼が「ありがとうございます」と囁く。
これは照れたんだな、と察した時には樹に「周って椎名さん限定でたらしだよな」と訳の分からない感想を述べられたので、周は羞恥と歓喜を滲ませた真昼の頭を撫でて樹をスルーする事にした。
レビューいただきました、ありがとうございます(´ワ`*)
そして発売まであと四日……!(そわそわ)





