156 天使様にとっての親
真昼がエントランスまで出迎えにくるというイベントがあった日の夜、周は隣に座る真昼を横目に見ながら、今日出会った男性の話をするべきか悩んでいた。
恐らく、ではあるが、彼は真昼の父親だろう。
真昼の母は一瞬見た限りではあまり真昼に似ていなかったので親子関係を疑うが、今日の男性は一目見ただけでも真昼の父親だと分かるくらいには似ていた。
端正で柔和な顔立ちや髪の色、瞳の色といい、真昼が男になって年を重ねたらああなるんだろうな、といった風貌をしていたのだ。流石にあの一致を他人だと流す事は出来ない。
ただ、これを真昼に言うかが悩ましい。
真昼が両親の事をよく思っていないのは知っているしそういう話題を避けがちなのも知っている。出来れば何もなかった事にしておきたい。
だからといって、もしまた今後彼がやって来て真昼が出会ってしまえば、ショックを受けるだろう。心の準備をさせておいた方がいいのではないか、とも思う。
「……どうかしましたか? さっきからこっち見てますけど」
どちらを選ぼうか悩んでいると、視線を感じたらしい真昼が実に不思議そうにこちらを見てくる。
「あー、いや、なんというか」
「何ですか、隠し事です?」
「……なんて言ったらいいのかなあ」
「言いたいなら言ってください。言いたくないなら聞きませんけど、言いたいなら何でも聞きますよ」
周の意思に任せる、というスタンスの真昼に、どうしたものかと十秒ほどたっぷり悩んで――ゆっくりと口を開く。
「……あのさ、さっき……っつーか、買い出しの時さ、ある男の人と会ったんだ」
「は、はあ、そうなんですか?」
何の話が分かっていなさそうな真昼がとりあえず頷いてみせるので、周は真昼の瞳をじっと見つめる。
今日会った男性とそっくり同じ色の、瞳を。
「その人は、俺たちのマンションの前で、じっとマンションを見ていた。……真昼とそっくりの目で」
「……え?」
「その人、真昼と同じ瞳の色に髪の色してたんだ。顔立ちも、真昼に似ていた」
暗に父親ではないのか、と恐る恐る問いかけてみると、真昼はショックを受けた……といった様子はなく、むしろ困惑しているようだった。
「は、はあ……私の父のような人が居た、という事ですか」
「多分、だけど」
多分、と言ったが、周の中であの男性はほぼ真昼の父親だと確信している。顔立ちや雰囲気がかなり真昼に似ているのだ。これで血の繋がりがないなんてあり得ない。
真昼は周の言葉にぱちりと瞬きを繰り返したあと、瞳を細めた。
おそらく、呆れの意味合いで。
「……人違いなんじゃないですか?」
「えっ」
「だって私の父親は、私になんて興味を示していませんし。籍を入れていないとはいえ愛人と子どもを作ってるそうですし、こっちの事なんてほとんど頭から抜けてると思いますよ。連絡を取る事もほとんどないですし、業務連絡程度です」
淡々とした声で告げる真昼の瞳は、呆れから徐々に冷えたものになっている。
「私に会いにくる理由がありませんし、会いにくるなら連絡でも寄越す筈です。そんな事今まで一度もありませんでしたけど」
きっぱりと言い切った真昼の顔を見て、周は真昼の手を握る。
「それに、今更何を言いにくるというのです? 十数年娘を放って他の女性とよろしくしている父親が、何の目的があって、わざわざ接触してくるというのでしょうか」
「真昼」
「仮に、今更見向きされたって……私は、あの人達を親だと認識出来ません。あの人達はただ血の繋がりがある人であって、育ててくれた親ではないです。私の育ての親は、小雪さんだけです」
トゲが無数に生えた声で抑揚なく呟く真昼が見ていられなくて、周は感情を消したような表情をした真昼を抱き締めた。
声に生えたトゲは、誰よりも真昼自身を傷付けていた。強がりといった風なものではないが、自分で自分の首を絞めていくような、そんな印象がある。
その証拠に、表情から感情が消えていても、どこか苦しそうにも見えてしまう。無表情の筈なのに、傷を負ったようなものを感じてしまった。
周に包まれた真昼は、ゆっくりと顔を上げて周を見る。
「……何ですか」
「……人肌恋しかったから」
「誰が」
「俺が、かな」
「……そうですか」
小さく呟いた真昼は、周に体を預けてそっと吐息をこぼす。
「……別に、私気にしてませんよ。私に関係ない人ですし」
「そっか」
「……私には、新しい実家がありますもん」
「うん、そうだな」
「……だから、平気です」
「ん」
周の実家を自分の実家のように思ってくれている事が嬉しくて、そして真昼自身の実家に対する思いを感じ取って、周はそっと彼女の頭を撫でた。
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